Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene20

1449miles

 ヘルズエンジェルスみたいなこわもての男たちが、入口のところで客のボディチェックをしている。私たちの列には超ミニスカートの女たち(ただし若干太り気味)が、グレープフルーツみたいな胸を半分ほど露わにして、やっぱりボディチェックを受けている。いったいなんのチェックなのだ。たかが場末のナイトクラブに入るだけなのに。カメラやテープレコーダーが御法度というわけではなさそうだ。すると拳銃とかナイフとか、そういったヤバイものなのか。このボディコン・スーツに身をかためたねえちゃんたちが、そんな物騒なブツを持ち込むおそれがあるのだろうか。
 おい、ジョニー、いったいどういうつもりなんだ。無事に生還できるのか?
 「よし、いいぜ」
 あら、店のなかに通されてしまった。ただちに回れ右をして出たくなるが、すると挙動不審な者とみなされ、かえってヘルズエンジェルスに因縁をつけられるかもしれない。
 「おいにいさん、いま入ったばかりなのにもう出るのか? ちょっとこっちへ来てもらおうか」
 そういうことになるとイヤなので、とりあえず店のなかへ足を進める。ものすごい音量でラテンミュージックが流れている。たしかにラテンなのだけれど、ハバネラでもソンでもチャチャチャでもなく、雰囲気は限りなく演歌、郷愁を誘うと言えないこともないが、なんだかフェロモンむんむんの発情的なサウンドである。しかも音響は悪く、何より音量がとんでもなくでかい。



 テーブルに案内してくれた若いボーイふうのにいちゃんに、ジョニーは金を渡して3人分のビールを注文する。3人というのはジョニーとボブと私。ちなみにジョニーは日本人である。しかも福岡の出身という。そんなジョニーがICU、青学、ミズーリ、ヒューストンと流れ流れて、いまはオックスナード(Oxnard)という街の片隅にある「Ruby’s Night Club」というところに私たちを案内してくれている。ここはコテコテのメキシカンたちのコミュニティー、客はヒスパニック系ばかりで会話はスペイン語。人種が違い言葉は通じなくても、ドルさえあれば大丈夫。貨幣はもっとも普遍的、かつ効率的な相互信頼のツールだ。大統領の顔が印刷された、ただの紙切れなのに。貨幣の謎については、日本に帰ってからゆっくり考察することにしよう。
 ステージにバンドが登場し、演奏がはじまった。ギター、ベース、ドラムスにアコーディオンが加わるところがメキシカン。このアコーディオン奏者がヴォーカルも兼ねることが多い。客から渡されたメモにちらっと目を走らせて、つぎの曲をはじめる。どうやらリクエストに応えているらしい。広いフロアではダンスがはじまっている。踊りそのものはタンゴに似ている。もっとお下品な感じ。いや、タンゴという踊りそのものが、もともとエロティックなもので、発情した男と女が太腿を絡め合い、尻を撫で、乳房をまさぐり、「ええじゃないか、ええじゃないか」でそれはもう大変なものだが、ここで繰り広げられるダンスも、そのまま怪しい夜につながっていきそうな雰囲気である。
 う〜ん、愛らしいラッコが泳ぐ海から数キロのところに、こんな性の解放区があるとは。良い子が来るところではありません。私もボブも品行方正、普段は良い子を自認しているが、来てしまったものはしょうがない。ジョニーが悪い子なのである。よし、今夜はおれたちもワルになっちゃおう。絡み合う太腿である。揺れる乳房に、躍動する尻である。ワオーッ、この先は書けない。

 「いやあ、すごかったですねえ」
 「うん、すごかった」
 「男を漁る女たちって感じでしたね」
 「うん、そういう感じだった」
 「男1人に女5人くらいでしょうか、ここでしみったれては男がすたるとばかり、ビールでもなんでもバンバンおごってやるんだから、大変な散財ですよ。蓄財という言葉は、彼らの辞書にはなさそうですね」
 「資本主義もグローバリズムも、屁でもないって感じだよ」
 「すごいなあ。見事なもんだなあ。真似をしようとは思わないけど」
 「一瞬に生を燃焼させるって感じだね」
 「セミのような人生ですね」
 「それは称賛?」
 「もちろん」
 「あまり嬉しくない喩えかもしれない」

 そんなお喋りをしながら、途中のアウトレットでお買い物を楽しんだりして、のんびりとロスへ戻る。最初に泊まったトーランスのモーテルにチェックイン。ベッドの上で、ロスの本屋で見つけたウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』を開いてみる。もう30年近くも前に、黒丸尚さんのかっこいい翻訳を読んだときから、原書を読んでみたかった。ぱらぱらとめくってみると……アカン、とても歯が立たん。でも「Case fell into the prison of his own flesh.」なんてくだりは、やっぱりかっこいい。

 いまで言うところのシンギュラリティ後の世界を描いている。でもギブスンの小説には、なお人間の未知があり、未知なものにたいするためらいと好奇心と期待がある。昨今のサイエンス系の人たちが語るシンギュラリティは、どうも平板で面白くないな、とあらためて思った。お気楽な夢か、さもなければチープな慄(おのの)きで膨らみがないのだ。人間の未来は、そんなにつまらないものなのか?
 私たちの生はもっと遥かに色っぽいものだ。たとえば昨夜のナイトクラブ、発情したオスとメスが発するエネルギーを、コンピュータ・サイエンスはけっして制御できないだろう。いくらテクノロジーが進歩しても、人間の生は太腿や乳房や尻とともにある。そこから喜怒哀楽が生まれる。戦争と平和が繰り返される。多様な生の営みが創発される。
 翌朝、駐車場から聞こえてくるスペイン語で目が覚める。きっとメキシカンやヒスパニック系の人たちがたくさん泊まっているのだろう。ゴロゴロとスーツケースを転がす音。そうやって一人、また一人とモーテルをあとにしていく。ときどきクラクションの音がする。おちおち寝ていられない。
 今日の予定は完全にオフ、一日ロスでゆっくり過ごすことにしている。午前11時にモーテルをチェックアウト、近くのIn-N-Out Burger で朝昼兼用の食事。スターバックスでコーヒーを飲んで、ボブはアウトレットへ、私はモール内の本屋で時間をつぶす。午後はロス郊外のマンハッタン・ビーチで地元のクラフト・ビールを楽しむ。ビーチにはたくさんの人、サーファーもやって来ている。みんな幸せそうだ。空には雲が浮かんでいる。海にかかる雲は、どうしてこんなに美しいのだろう。
 午後6時半、Hertzに車を返して空港へ向かう。あとは飛行機が落ちないことを祈るだけだ。車を返すときにメーターを見たら5220マイルになっていた。出発したときは3771マイルだったから、この間の走行距離は1449マイルで、1.6を掛けると2638キロ。ウッヒャー! ボブ、ごめんね。ずっと運転させて。でも、また連れて行ってくださいね(^^♪
 謝謝。



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 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

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