Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene11

シリコンバレー

 午前8時、例によって近くのスタバで朝食。コーヒーとベーグル。温かいベーグルにチーズクリームを塗って食べるのが、ボブのお気に入り。日本でもよくやっているらしい。私は自宅では、朝はヨーグルトと果物、豆乳、それにコーヒー。こちらに来てからは、毎日朝から炭水化物を食べている。遅い昼飯はサンドイッチとフライドポテト。明らかに普段よりは糖質の摂り過ぎだ。
 だいたいアメリカ人、ほとんどの人が太り過ぎと見た。『ギルバート・グレイプ』のおふくろさんみたいな人も何人か目撃した。そりゃ太るだろう。朝から糖質たっぷりのパンケーキとか食べているし、甘ったるいパフェみたいなものも大好きだし、ドラッグストアではチョコバーやアイスクリームをよく買っているし、コーラやファンタの類もしょっちゅう飲んでいる。
 「オー・ファット!」
 「What ?」
 「fat」
 「Take it easy. 友好的にいこうじゃないの」
 というわけで、アウトレットに寄っていくことになる。なぜ? ボブはアメリカに来るたびに、郊外のアウトレットで衣類や靴を調達している。ちゃんとしたメーカーの品物が日本よりもかなり安く買える。大柄なボブは、靴のサイズもでかい。日本ではなかなかフィットするものが見つからないらしい。きっと奥さんと娘さんへのお土産を選んだりもするのだろうな。そんなこともあって、アウトレットめぐりはボブのアメリカ滞在中のお楽しみの一つになっている。
 私たちが泊まっているギルロイのモーテルの近くには、巨大なアウトレットのショッピング・モールがある。着るものには無頓着な私も、名前くらいは知っているメーカーがたくさん店を出している。そこへ立ち寄っていくことになった。ボブは帰国後、ちょっと大きな仕事が入っている。屋外でのワイルドな撮影が2ヵ月ほどつづくらしい。そのときに必要なものを揃えたいと考えている。30分ほど見てまわったけれど、結局、ボブの気に入ったものはなく、私だけAbercrombie&Fitchのポロシャツを買った。約$30のお買い物。


 ギルロイからシリコンバレーまでは車で30分ほどだ。ところで「シリコンバレー」という町や自治体があるわけではない。一般的には、サンフランシスコ湾の南に延びる細長いエリアをさすことが多いようだ。私たちの車はギルロイから北へ向かってサンノゼ(San Jose)、サンタクララ(Santa Clara)、サンマテオ(San Mateo)、サンフランシスコ(San Francisco)と聖なる町を進む。途中にヒューレット&パッカードで有名なパロアルト(Palo Alto)がある。
 1950年代まで、このあたりはリンゴやアプリコットなどの果樹園が広がる長閑(のどか)な農業地帯だった。いつごろから「シリコンバレー」と呼ばれるようになったのかははっきりしない。名前の由来は、もちろん半導体の原料「シリコン」からきている。発端は、デヴィッド・パッカードと新婚の妻がパロアルトに入居した1938年にさかのぼる。その納屋にデイブの友人、ビル・ヒューレットが住み着く。二人はパッカード家のガレージを工房として、最初の製品であるオーディオ発振器をつくり上げる。IT企業の老舗として知られた「ヒューレット・パッカード」の歴史は、こうしてはじまった。
 有名なガレージを、私たちも訪れてみる。ここはシリコンバレーの観光スポットになっているらしく、やって来る人も多い。新婚のパッカード夫妻が住んだという家が、きれいな状態で保存されている。細い通路の奥には、有名なガレージも見ることができる。建物の前に、「シリコンバレー発祥の地(BIRTHPLACE OF SILICON VALLEY)」という看板が立っていて、合衆国内務省が管理していると書いてある。なるほど。これはもう正史と言っていいだろう。

 それにしてもガレージで起業というスタイルが面白い。なんといっても有名なのはスティーブ・ジョブズのガレージだが、グーグルを設立するサーゲイ・ブリンとラリー・ペイジも、やはりガレージで検索エンジンをつくりはじめる。1998年のことだ。ヒューレットやパッカードと同様、スタンフォード大学の学生さんだったから、成功した先輩たちの例に倣ったのかもしれない。
 いかにもアメリカ、いかにもカリフォルニアである。ガレージとカリフォルニアから、私が思い浮かべるのはビーチ・ボーイズだ。彼らもいわばガレージで起業したバンドだった。このあたりがキャバーンなどのクラブで修行を積んだビートルズと異なるところだ。それはそのまま両者の演奏力の差でもある。デビュー前の古い音源を聴いても、とにかくビートルズは上手い。一方のビーチ・ボーイズは、デビュー後もおぼつかない演奏をしている。そのためレコーディングには腕利きのスタジオ・ミュージシャンたちが呼ばれた。彼らがバック・トラックをつくり、その上にメンバーたちの歌とコーラスを乗せるという手法だ。いかにもアメリカらしいレコードづくりである。それにたいしてビートルズは……という話は、また別の機会に。

 ガレージで起業。いいなあ。きっとエレクトロニクスを使って、いろんなことを試すのが面白くてたまらなかったのだろう。ヒューレットとパッカードも、サーゲイ・ブリンとラリー・ペイジも、もちろんスティーブ・ジョブズも。ビーチ・ボーイズのリーダーであるブライアン・ウィルソンが、美しいメロディをつくったり、不思議な和音を考え出したり、いろんな楽器をブレンドさせたりするのが面白くてたまらなかったように。
 結果的に、これらのITの起業家たちは、世界有数のお金持ちになった。絶大な権力もついてきた。それは結果論として、たまたまそうなったというだけで、最初はビジネスのことはあまり考えていなかったのではないだろうか。少なくとも、お金儲けが一義的ではなかった気がする。何か面白いことをやろうと自宅のガレージを活用した。父親たちが大工仕事や車の修理なんかをするように。そうしたフットワークの軽さが、クリエイティブな製品を生み出し、未来を切り開いていった。
 出発点は、なんの変哲もないガレージだった。そこからはじまった。ロックな精神。自由であること。身軽であること。やりたいことをやる。面白いから寝食を忘れて打ち込む。さあ、いよいよスティーブ・ジョブズだ。


 次回へ続く…
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 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

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