Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene13

スティーブ・ジョブズ(2)

 ジョブズが残した言葉は、いまも不思議な魅力を湛えている。まず言葉と彼自身とのあいだに距離を感じさせない。本人が本気で、本心から言っていることが自然と伝わる。だから言葉が生きている。彼の伝記から幾つか引用してみよう。

 僕らはここで未来を創っているんだ。波の先端でサーフィンをするのはすごく気持ちがいいだろう? でも、波の後ろを犬かきでついて行くのはあまりおもしろくないはずだ。僕らと一緒に宇宙に衝撃を与えてみないかい?(プログラマーを引き抜くときの説得の言葉。)

 つまり僕は、貧乏という、お金の心配をする必要がないという意味ですてきな生活から、信じられないほどの金持ちという、これまたお金の心配をする必要のない生活へと移ったわけだ。(自分の人生を振り返って。)

 人類はいつも過去の成果の恩恵をこうむってきた、先達が開発したモノを活用してきた。人類の体験と知識という財産にお返しができるモノを生み出すのは、うっとりするほどすばらしいことなんだ。(マッキントッシュ発売にあたって。)



 どの言葉にも押し付けがましさがない。奇妙に明るく、楽観的で、それでいて力強い。きわめて有能なビジネス・センスをもちながら、不思議とジョブズにはお金の匂いがしない。金銭的なものにたいする執着を、あまり感じさせない。これもジョブズという人間の面白いところだ。
 いいものをつくることへの思いが、常に利益をあげることに優先していたのだろう。もちろん売れるに越したことはないけれど、それを最優先に考えることはなかった。売れるものではなく、みんなをあっと言わせるもの、感動させるものをつくりたかった。
 その一方で、デザインやパッケージへのこだわりは異常なほどだったらしい。「とにかく製品にたいする情熱、完璧な製品に仕上げる情熱が半端じゃありません」と社員の一人は証言している。興味深い逸話が残されている。マッキントッシュのデザインが完成したとき、ジョブズは開発チームを集めてお祝いをした。彼は45人のメンバー全員に署名を求めた。それらの署名は、ジョブズ自身のサインとともに、すべてのマッキントッシュの内側に彫り込まれた。
 「アーティストは作品に署名を入れるものだ」
 なるほど。パーソナル・コンピュータをつくることは、彼にとってはアートだったのだ。自分を表現する手段だった。ジョブズがビジネスにおいて提供するものは、彼自身の作品だった。だからいいものをつくりたかった。すばらしい製品を生み出したかった。ジョブズにとって、アップル社の製品を世に問うことは、自分自身を世に問うことに等しかった。
 こうしたアーティスティックなビジネス・スタイルが、きっと多くのユーザーにアピールするのだろう。アップル社の製品はクリエイティブな人々に訴える。クリエイティブでありたいと思っている人にも、自分はクリエイティブであると錯覚している人にも訴える。この世界で何を売るべきか、ジョブズは直感的に知っていたのだと思う。

 そこがユニクロとの決定的な違いだ。たしかにユニクロが提供する衣類は安価で品質がいい。だから売れるのだろうが、ユニクロの製品が客のクリエイティブな心をくすぐることはない。また柳井正が自分の作品として、シャツやパンツをつくっているとも思えない。もしそうなら、「自分はこんなお粗末な人間です」と言っているようなものだ。
 さらにジョブズは、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグなどのIT起業家たちとも違う気がする。たとえばビル・ゲイツが世界最大の慈善基金団体を創設したり、ザッカーバーグが莫大な自己資金を社会貢献活動に寄付したり、あるいはユニクロだって難民を雇用すると言ってみたり、社会的なポーズも含めて、そういうことに彼らはわりと熱心だ。一方、ジョブズが慈善活動や社会貢献に関心を示した形跡はない。彼のイメージとも合わない。
 初代のマッキントッシュにはじまり、1998年のiMac、2001年のiPod、さらには2007年のiPhoneに2010年のiPad。一つひとつの製品を生み出すことが、そのままジョブズにとっての表現だった。未来を発明すること以上に、やりたいことはなかった。だから慈善活動や社会貢献には興味を示さなかったのだろう。他の表現手段は必要なかったのだと思う。やりたいことは、すべてビジネスの場でやる。一つの製品に、すべてを表現する。
 アンセル・アダムスの写真が好きだったというジョブズ。ベーゼンドルファーのピアノや、バング&オルフセンのオーディオも好みだったらしい。いい趣味をしている。さらに子どものころから好きだったエレクトロニクス。学生時代にハマった菜食主義、禅、瞑想、スピリチュアリティ、LSD、ロック……60年代にサブカルチャーが追い求めた理想。それらがジョブズのなかで一つになって、未来を切り開くような斬新な製品を生み出していった。

 「いまは駅のホームでも電車のなかでも、みんなスマホをやっているでしょう。全人類が愛用する強力な麻薬を発明したようなものですよ。ビートルズやローリング・ストーンズがロックという、やっぱり若者が愛好する素敵なドラッグを発明したように」
「たしかに西海岸のドラッグ・カルチャーから出てきた人って気はするよね」
 「ISの人たちだって、スマホやタブレットは使っていると思うんです。ロックだって聴いているかもしれない。ラップは間違いなく聴いていると思うな。でも彼らが現代文学を読んでいるとは思えない」
 「連中はコーラン以外は読まないんじゃないの」
 「いや、コーランだって読んでないと思いますよ。指導者以外は。やっぱりスマホですよ。スマホにロック。負けてるじゃないか、文学は!」
 「勝ち負けの問題じゃないと思うけど」
 「いや、勝ち負けの問題です。ヒッピーあがりの青年が、現代の戦争のあり方を変えてしまったわけじゃないですか。すごいことですよ。ジョブズにできたことが、ぼくたちにできないはずがない」
 「ジョブズにできたことで、われわれにできるのは、ガンになることくらいじゃないの」
「なんですか師匠、その弱気な発言は。ジョブズみたいなことをやりましょうよ。師匠は写真で、ぼくは言葉で」
「わかった。とりあえず昼ごはんを食べに行こう。お腹が減っちゃったよ」


 次回へ続く…
 前回を見る

 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

小学館公式サイトへ
© Shogakukan Inc,2015 All right reserved.No reproduction or republication without written permission.
掲載の記事・写真・イラスト等のすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。