Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene14

サンフランシスコ・ベイ・ブルース

 私たちはシリコンバレーの中心地、パロアルトまで来ている。ヒューレットパッカードの本社とガレージ、アップル本社とスティーブ・ジョブズのガレージも見た。つぎはスタンフォードへ向かうのが自然だ。ここからだと目と鼻の先の距離だし、ヒューレットとパッカードも、グーグルのサーゲイ・ブリンとラリー・ペイジも、スタンフォード大学の出身だ。またジョブズが2005年に同大学の卒業式で行った「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」のスピーチは、あまりにも有名だ。
 でもあいにく、この日はバラク・オバマがスタンフォードに来ているという。当然、大学周辺には厳重な警備が敷かれているだろう。渋滞などに巻き込まれるのも嫌だ。そこでスタンフォードは明日にして、残りの時間でサンフランシスコを見物することにする。とはいえシリコンバレーをあとにしたときには、すでに午後1時を過ぎていた。夕方にはサンマテオ(San Mateo)で、ボブの友人である未来学者のポール・サッフォーさんと会って一緒に食事をすることになっている。サンフランシスコで費やすことのできる時間は、半日足らずである。



 個人的には、いろいろと見てみたいところがある。まずはヒッピー文化発祥の地、ヘイト・アシュベリー。グレイトフル・デッドのメンバーが「HAIGHT」と「ASHBURY」が交差する道路標識の前で写っている写真に、高校生の私は憧れまくった。1966年に撮られたその写真には、左から髭を生やしていないジェリー・ガルシア、数年後には肝硬変で亡くなってしまうピッグペン、長髪にサングラスがかっこいいフィル・レッシュ、まだ澄まし顔の好青年であったボブ・ウィアー、それにドラマーのビル・クルーツマンが写っている。このグレイトフル・デッドをはじめ、ジェファーソン・エアプレインなど地元のバンドが常連として出演し、アレサ・フランクリンの『アレサ・ライブ・アット・フィルモア・ウェスト』の他、数多くの名ライブ盤を生んだフィルモア・オーディトリアム(およびフィルモア・ウェスト)にも行ってみたい。
 でも半日ではとてもまわりきれないし、ダウンタウンのほうへ入っていくと、出てこられなくなるおそれもある。どうせフィルモアは跡地しか残っていないし、ヘイト・アシュベリーも写真や映像でさんざん見ている。今回は車窓からサンフランシスコの街を眺めるという、旅行会社のツアー・スタイルで満足することにしよう。

 サンフランシスコの第一印象は街全体が傷んでいるということだ。車で走っていても、道がかなりデコボコだったり、横断歩道やセンターラインなどの表示が消えかけていたりする。古い街ということもあるだろう。加えて、インフラの整備が充分ではない気がする。地元に時価総額で世界1位とか2位の企業がありながら、自治体の予算はけっして潤沢ではないらしい。「タックスヘイブン」という言葉が頭に浮かぶ。IT関係の富裕層が急増する一方で、日々の暮らしもままならない低所得者層が増えているという話も聞く。ここでも極端な金持ちと貧困層という二極分化が進んでいるのだろう。いまや世界は東西でも南北でもなく、上下に引き裂かれようとしている。
 ちょっとモヤモヤした気持ちでゴールデン・ゲート・ブリッジ。橋を渡りきったところにあるヴィスタ・ポイントで、ボブが写真を撮ってくれる。サンフランシスコ湾には白波が立っている。とくに海が荒れているわけではない。いつもこんな感じなのだろう。湾の中央にアルカトラズ島が見える。クリント・イーストウッド主演の映画『アルカトラズからの脱出』は、テレビとDVDで何度か観た。島からサンフランシスコの街は、本当にすぐ近くだ。これなら泳いで渡れるぞ。でも潮流が早くて脱出は困難……というのが映画の背景である。実際に脱出を試みて、溺死したり行方不明になったりした囚人も過去にはいたらしい。
 天気が良くてドライブは快適だ。
 「お腹が減りましたね」
 「バークレーで昼ごはんにしよう」
 このところ昼食は午後3時というのが定着している。カリフォルニア大学(UC)バークレーのキャンパスを素早く見物。きれいなキャンパスをたくさんの人が歩いている。私たちと同じように観光客と見受けられる人たちも気ままに散策している。キャンパス内のラウンジでお茶を飲んだり、ショップで買い物をしたり。アメリカの大学で感心するのは、このオープンで自由な雰囲気だ。誰でもどうぞという感じで気持ちいい。ここをねぐらにしているホームレスもいるらしい。いいなあ、日本の大学もこうあってほしいものである。やたら警備員を配置して構内への出入りをうるさくチェックしているようでは、江戸時代の鎖国と変わらない。Universityの名が泣くぜ。

 大学の近くでようやくハンバーガーとコーヒーにありつく。このあたりの雰囲気はいかにも60年代、ヒッピー文化の名残を感じさせる。実際、ヒッピー風の人もたくさんいて、彼も彼女もいい歳になっている。60年代からずっとヒッピーをやっているんだろうな、と思うと感慨深いものがある。
 サンフランシスコがなぜヒッピー文化発祥の地となったのか。どうして愛と平和と自由(とセックス)を謳歌するカウンター・カルチャーの中心地になったのか。それは1906年に起こったサンフランシスコ大地震と関係があるのではないか、というのが私の憶測だ。
 地震などの大きな災害が起こると、みんなが自発的に助け合うことが知られている。誰に強制されるわけでもなく、困っている人に手を差し伸べる。見知らぬ人同士が友達になり、力を合わせ、家族のように惜しげなく物を分け合う。自然とそういうことがやれてしまう。こうして平時には考えられないような人と人のつながりが生まれる。


 金銭がほとんど、またはまったく役に立たない社会を想像してほしい。人々が互を救出して気にかけ合い、食料は無料で与えられ、生活はほとんど戸外のしかも公共の場で営まれ、人々の間に昔からあった格差や分裂は消え去り、個々の直面している運命がどんなに厳しいものであっても、みんなで分かち合うことではるかに楽になり、かつて不可能だと考えられていたことが、その良し悪しに関係なく、可能になるか、すでに実現していて、危機が差し迫っているせいでそれまでの不満や悩みなど吹っ飛んでしまっていて、人々が自分には価値があり、目的があり、世界の中心だと感じられる ― そんな社会。

(レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』高月園子訳 亜紀書房)


 祭りの三日間という言い方がある。たしかに一過性のものには違いない。だが、いざというとき瞬時につながり合う力、本能のようなものが、人間にはあるのかもしれない。自然災害のあとに、一瞬だけあらわれる人間の本性。みんなが助け合い、そのことに喜びを感じるという、もう一つの人間的自然。人はみな兄弟姉妹で、すべてが可能で、誰でも発言でき、互いに思いやりがあり、堅く団結している、といった災害ユートピア的な熱狂の余熱が、この街には残っているのかもしれない。


 次回へ続く…
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 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

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