Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene16

California as an Island

顔の広いボブは、あちこちに友達や知り合いがいる。なかにはあっと驚くような著名人もいるが、それをひけらかさないのがボブのいいところ。青色発光ダイオードの研究開発によって、2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二さんとも、以前から一緒に本を作ったりして親密な間柄だったらしい。
 その中村さんが、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の同僚たちと立ち上げたベンチャー企業、SORAAを訪問することになった。いつものようにスタバで朝食を済ませ、午前11時に現地でサフォーさんと待ち合わせ。彼は今日一日、私たちに付き合ってくれる。忙しい人なのにありがたい。
 さっそく社内を見学させてもらう。会社名の「SORAA」はすなわち「空」で、その名の通りより自然光に近いLEDを製造している。あいにく中村さんは留守だが、広報担当のスタッフが二人、懇切丁寧に製造過程を説明してくれる。青色LEDの材料は窒化ガリウム(GaN)という半導体である。SORAAで製造される、通称紫色LEDはGaN-on-GaNという特殊な技術を用いたもの。すなわち通常のLEDが基板としてサファイヤやシリコンを用いるのにたいし、紫色LEDの場合はGaNの基板の上にGaN層を堆積する。(このあたりの説明、間違っていたらゴメンなさい。)
 と、とにかくラボのなかには1台数億円という精密機械がずらりと並んでいる。モダンな社屋といい、お金がかかっている。きっと有力なベンチャー・キャピタルがついているのだろう。従業員は300人ほどで、主にGaN-on-GaNによる発光ダイオードの製造を行っている。それをマレーシアに送りチップにする。さらに中国で組み立て、香港から出荷しているという。まさにグローバル企業を絵に描いたような会社だ。
 中村修二さんについては、誤解も含めていろいろな評価があるようだが、単身アメリカに渡ってこれだけの会社を立ち上げ、世界に通用する新しい製品を生み出しているのは天晴れなことだと思う。



 お昼ごろスタンフォードに着く。ここからはサフォーさんの案内だ。考えてみればゴージャスな一日である。SORAAでは二人のスタッフが付きっきりでたっぷり1時間、会社のなかを見学しながら新製品につい説明してくれる。午後はサフォー教授が自らのホームグラウンドであるスタンフォード大学を案内してくれる。VIP並みのもてなしを受けながら、『裏ななつ星紀行』あらため『シニア・モーター・ドライブ』などという怪しげな紀行文を書いているのは、なんだか申し訳ないような気がしてくる。
 というわけでスタンフォード。1885年にリーランドとジェーンのスタンフォード夫妻によって設立された。ゴールドラッシュ時にニューヨークから移住してきたリーランド・スタンフォードは、雑貨商として事業を繁栄させ、さらに鉄道事業に投資して莫大な富を築いた。後にはカリフォルニア州知事にもなっている。ドナルド・トランプみたいな人だ。
 それにしても、ここは大学なのか? ヨーロッパあたりの庭園を思わせる広大な庭、美術館に博物館、お城をミックスしたような施設。日本の大学のイメージとは程遠い。こういうかっこいい大学なら、みんな学びたいと思うだろうな。ウィリアム・ヒューレット&デヴィッド・パッカードやビル・ゲイツやヤフーのジェリー・ヤンなどが研究施設(立派なビル)をポンと寄付している。しかもヒューレットさんとパッカードさんは、それぞれ1棟ずつだ。気前がいいというか、二人で一つでもいいような気もするが。そんなふうにして儲けたお金を社会に還元しているのだろう。
 この地域がシリコンバレーとしてIT産業の中心地へと成長するうえで、スタンフォード大学が果たした役割は大きい。たとえば工学部長が大学に工業団地を作り、学生のアイデアを商業化してくれる企業に提供する。こうした積極的な大学運営が、技術系企業の成長を支援することになる。冷戦時代に同大学が軍事産業の研究に貢献し、多くの技術者を輩出したという経緯はあるにせよ、スタンフォードの教授たちが起業の拠点を作ろうとしてきたことは間違いないだろう。

 サフォーさんが先生をしているデザイン・スクールも、そうした伝統を引き継いでいるように見える。このシステムが面白いのは、レギュラー・コースを終えた学生たちを、専攻分野などに関係なく受け入れていることだ。むしろ様々な学部学科を卒業した者が集まるから、斬新なアイデアも生まれるのだろう。ここにはアカデミックな堅苦しさはない。広いオープン・スペースに幾つものテーブルと椅子が雑然と置かれ、ホワイトボードに学生たちが思い思いのアイデアを書き込んでいる。きっとくつろいだ雰囲気のなか、活発なディスカッションが行われるのだろう。
 とにかく大学中が自由で開放的。どこも丸見えで無防備だ。セキュリティ・チェックなどはまったくない。この雰囲気はヨーロパの教会に似ている。パリでもローマでも、気が向いた教会に入っていって、ステンドグラスや聖像を自由に見学できる。ミサが行われている最中でも、静かにさえしていれば、後ろの席で説教や賛美歌を聞くことができる。日本でいえば神社やお寺みたいなものだろうか。とはいえ京都や奈良のお寺では拝観料を取られる。つまり関所がある。ちょっと嫌な感じだ。ヨーロッパの教会もスタンフォード大学もタダである。誰もが自由に出入りできる。この違いは大きい気がする。とくにクリエイティブなことをやろうとしている人たちの心と精神にたいして。

 学内のカフェテリアでサンドイッチの昼食。スタンフォード名物というわりには、無造作に冷蔵庫から取り出してナイフで二つに切られたサンドイッチは、冷たくて味もいまひとつ。このところずっと昼は美味しい手造りのサンドイッチやハンバーガーを食べてきたからね。冷たさと素っ気なさが身にしみる。
 午後はサフォーさんがオススメというDavid Rumsey Map Collectionという施設を見学する。文字通り、ラムジーさんが集めた古い地図が展示してある。サフォーさん、こういうのが好きなんだろうな。何度も来ているはずなのに、楽しそうに一枚一枚の地図を見ている。展示された地図のなかに、面白いものを見つけた。17世紀から18世紀にかけての古い地図だ。その地図では、カリフォルニアが島になっている。
 私は以前に天理図書館で閲覧させてもらったオルテリウス世界地図帳を思い出した。1595年にアントワープで出版された地図帳は、美しい彩色が施されて装丁も豪華なものだった。昔は地図といえば、王侯貴族の趣味だったらしい。この地図帳に描かれた日本には北海道がない。そしてお隣の韓国は「島」として描かれている。17〜18世紀のカリフォルニアも同じだ。いまだ地理的に正確に把握されておらず、大陸の一部とも半島とも認識されずに「島」だった。島としてのカリフォルニア。カリフォルニア島。
 ゴールドラッシュ以前から、未知なるがゆえの夢とともにカリフォルニアはあったのかもしれない。人々の夢、一攫千金の夢、新世界の夢。カリフォルニア・ドリーミング。そのような夢がイノベーションを促し、いま夢の先端を、アップルやヒューレット・パッカードやグーグルやフェイスブックや、そして午前中に見学させてもらったSORAAなどの企業が走っている。



 次回へ続く…
 前回を見る

 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

小学館公式サイトへ
© Shogakukan Inc,2015 All right reserved.No reproduction or republication without written permission.
掲載の記事・写真・イラスト等のすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。