Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene18

サリナスとスタインベック

 午前8時にギルロイのモーテルをチェックアウトしてサリナスへ向かう。午前中はスタインベック・センターを見学する予定である。午後はパシフィック・コースト・ハイウェイを南へ走ってベンチュラ(Ventura)という町まで行く。かなり長い行程なので、朝のスターバックスは省略だ。
 ジョン・スタインベックという作家に、とくに思い入れはない。フォークナーやヘミングウェイに比べて、なんとなくB級という感じがする。そこがいいのかもしれない。ところでスタインベックって、どんな顔だっけ? 思い浮かばない。『怒りの葡萄』のヘンリー・フォンダが邪魔をしている。『暗黒街の弾痕』『荒野の決闘』『十二人の怒れる男』と代表作はほとんど観ている。うまい役者だと思うけれど好きになれない。娘のジェーン・フォンダは嫌いだ。どうやら私が好きなのはピーター・フォンダだけらしい。『イージー・ライダー』という映画が好きと言ったほうがいいかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、1時間ほどでサリナスへ到着する。さっそく町の中心部にあるセンターへ行ってみると、オープンは10時からだという。せっかく早めに出てきたけれど仕方がない。開館まで町を歩いてみることにする。カリフォルニアはずっと好天がつづいている。まさにアルバート・ハモンドの歌のとおり、It never rains in Southern Californiaだ。明るいメインストリートで蚤の市をやっていた。地元でとれた野菜を山盛りにして商っている。いかにも趣味の日曜大工で作りましたといった感じの小鳥の巣箱がたくさん並べてあるのも、一応売り物らしい。思い思いの露店が道路の両側に並んでいて楽しい。



 いかにもコテコテのメキシカンフードを売っている屋台がある。ちょうどいい。今朝は何も食べずに出てきたので、ここで朝ごはんにしよう。タコスも美味しそうだけれど、本日はブリトーでいってみる。注文すると寡黙なメキシカンのおっちゃんが、鉄板の上で手早く作ってくれる。なんだか夜店の焼きそば屋さんみたいだ。ひき肉と野菜を炒め、さらに豆やライス、ソースを加えて炒める。食欲をそそる匂いがあたりに立ち込める。それらをパイ生地のような薄い皮に包んで出来上がり。大きいので二つに切ってもらう。近くの店でコーヒーも調達してくる。
 「美味い!」日本でもよく食べているというボブが言った。「これまで食べたブリトーのなかでいちばん美味い」
 そうなのか。私ははじめて食べる。「ブリトー」といえば、「フライング・ブリトー・ブラザーズ」の名前が頭に浮かぶ。バーズを脱退したグラム・パーソンズとクリス・ヒルマンが1970年前後に組んでいたカントリー・ロックのバンドだ。それはともかく、サリナスのブリトーは美味しかった。
 さらに歩いていくうちに小さなギャラリーを見つけた。時間があるので入ってみる。ボブは街の写真を撮ってくるという。店のなかでは元気のいいおばさんが数人と、おとなしそうなおじさんが一人、忙しそうに展覧会の準備をしている。
 「ちょっと見せてもらってもいいですか」
 「どうぞ。奥のほうにもあるわよ」


 壁に掛かっている絵は額に入っているが、それ以外のものはカンバスのまま、床に無造作に並べられている。ざっと見ていくが、これといったものはない。値段も数十ドルのものが多い。セミプロといった感じの人たちの作品なのかもしれない。そんななかで一枚の絵が目にとまった。銅版によるエッチングに淡い彩色が施された作品には、「Prelude to Summer」というタイトルが付いている。値段も100ドルほどだ。どうしようかな。一度は歩き去ったけれど、後ろ髪を引かれるようにして戻ってきた。思案して、やっぱりやめとこうかな。別の絵を見ているあいだも気持ちはうつろだ。「Prelude to Summer」が頭から離れない。買わないと後悔しそうだ。捨てられた子猫を家に連れて帰る気分で購入を決意。ボブが店に戻ってきた。そろそろセンターが開くので、クッション材で包んでもらっているあいだ、先にスタインベックを見てくることにする。
 街のほぼ中央に位置するナショナル・スタインベック・センターは、「国立」というだけあって建物からして立派だ。おお、そうだった。スタインベック。写真を見れば何度も見た顔だ。館内の展示は彼の作品とあわせて、サリナスの土地と歴史を紹介するといった趣のもので、なかなか充実している。『怒りの葡萄』、『二十日鼠と人間』、『エデンの東』と映画化されたヒット作品が多いのが強みだ。それらの映像を流しながら、映画のなかに出てくる車や部屋、当時の服などが立体的に展示されている。また作家の生涯を描いたドキュメンタリーも面白かった。
 ミュージアム・ストアではスタインベックの著作はもちろん、バッグや帽子などのグッズも販売している。ブック・コーナーでRobinson Jeffersのアンソロジーを見つけた。サフォー教授が「とてもいい詩人だよ」と言って、手帳にメモしてくれた人だ。日本ではほとんど知られていないと思う。ぱらぱらとめくってみると、カリフォルニアの自然を題材にした詩が多いようだ。どれくらい読めるかわからないけれど、お土産に買っていくことにする。

 1時間ほどして、絵を取りにギャラリーに戻ると、店のおばちゃんが待ち構えていたように声をかけてきた。ちょうど作者が店に来ているという。ええっ! なんという偶然。Nice to meet you.
 「お会いできて嬉しいわ」
 作風からバージニア・ウルフみたいな人を想像していたら、肝っ玉母さんみたいなおばさんだ。キャサリン・テイラーさんと紹介される。
 「絵を買ってくれたのね」
 「ひと目で気に入っちゃったんです」
 「ワンダフル!」
 わあ〜、いきなりハグだ。嬉しいような、嬉しくないような、でもやっぱり嬉しい。ボブが写真を撮ってくれる。
 「もっと寄り添って」
 うひゃ〜、お尻がでかくて圧迫される。
 「ほんと、偶然ね」お店のおばちゃんも嬉しそうだ。
 「なんか縁があったんでしょうね」とキャサリン。
 ほんと、不思議な縁だな。スタインベックのドキュメンタリーの最後の言葉は「It was a journey.」だった。彼の人生も、私たちの人生も旅である。旅のなかで一枚の絵と出会う。絵の作者と出会う。そんなふうにして人や物と出会う。様々な出会いが、私たちの人生を豊かにしてくれる。
 「いい買い物だったじゃない」
 「まさか作者に会えるとは」
 「つぎはどんな出会いが待っているかな」
 「さしあたりラッコやクジラに出会いたいですね」
 絵も買った。ブリトーも食べた。スタインベックの顔も脳裏に焼き付けた。さあ、出発だ!



 次回へ続く…
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 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

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