Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene19

パシフィック・コースト・ハイウェイ

 サンフランシスコからロサンゼルスまで、太平洋沿いにつづくカリフォルニア州道1号線(CA-1)、別名パシフィック・コースト・ハイウェイを走る。サリナスを出発したのはお昼過ぎ。その日のうちにロスまで行くのは、無理ではないけれど、かなりの強行軍になる。途中の景色も楽しみたいので、ボブはロスに近いベンチュラのモーテルを予約している。
 最初に通過した街はモントレー(Monterey)、私のようなロック好きの人間にとっては、1967年6月にモントレー・ポップ・フェスティバルが開催されたところである。サマー・オブ・ラブの年、ジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスなど30組以上のミュージシャンが出演し、3日間にわたって開かれたコンサートの模様は、高校時代にNHKの「ヤング・ミュージック・ショー」で観たおぼえがある。お目当てはジミ・ヘン。ギターを燃やしたという「伝説」のステージが、ようやく実際に見られるということで放送時間を待った。「ワイルド・シング」を演奏する彼はかっこよかったが、期待した放火シーンは、オイルをかけられたギターがちょろちょろと火を上げる程度で、同じころに放送されたアントニオ猪木とモハメド・アリの試合のときのように、ぼくたちは「なんのこっちゃ」と拍子抜けしたのだった。



 モントレーはスタインベック原作の映画『エデンの東』の舞台になったところとしても有名だが、時間の都合で町並みを遠望しただけで通過する。もう一つ、モントレー周辺には野生のラッコが出没するスポットがある。運がよければクジラも見ることができるという。緯度は東京とそんなに変わらないが、沖合を流れる冷たいカリフォルニア海流に乗ってやって来るらしい。適当なヴィスタ・ポイントに車を停めて海に目を凝らす。潮の流れはかなり速く、海面から突き出した大きな岩に当たる波は白い飛沫となって飛び散っている。
 「あれ、そうじゃない」望遠レンズを付けたカメラのファインダーを覗いているボブが言った。
 「どこです」
 「ほら、あそこ」
 ボブが指差す岩の近くには海藻の塊が漂っている。その海藻に隠れるようにして浮かんでいる黒い物体、おお、たしかにラッコだ。お腹を上にした例のポーズ。細かい仕草や表情はわからないが、その愛らしい姿は遠目にもラッコ。紛れもなくラッコ。英語名はSea otterだから、海のカワウソ。ラッコは和名で、その起源はアイヌ語にも由来するとされる。とにかく見ることができてよかった。あとはボブの写真に期待しよう。

 モントレーを過ぎてしばらく走るとカーメル(Carmel-by-the-Sea)という小さな街がある。ここは一時期、クリント・イーストウッドが市長を務めていたことでも知られる。芸術家が多く住んでおり、美しいヨーロッパ風の通りにはギャラリーやカフェ、ショップなどが並ぶ、と観光案内には出ていたが、時間の関係でここも通過。さらに30分ほど走ってビッグサー(Big Sur)へ。スペイン人の入植者たちが18世紀に「大いなる南」と名付けたビッグサー。かつては陸の孤島と呼ばれたこの地域は、ヘンリー・ミラーやジャック・ケルアック、リチャード・ブローティガンら作家たちが愛した場所でもある。
 とりわけミラーは1944年から62年までここで暮らしており、彼の名を冠したヘンリー・ミラー記念図書館(Henry Miller Memorial Library)がある。サフォー教授も「ぜひ行ってごらん」と勧めてくれた。ところがHertzに別料金を払って付けてもらったナビがバカで、指定した場所へ連れて行ってくれない。何度も同じ道を行ったり来たりするけれど、それらしいものは見当たらない。
 「なんてバカなんだ」
 「スペインのナビはもっとバカだよ」
 「信じられない。想像もつかない。これ以上、バカなナビが存在するなんて」
 「存在するんだよ、スペインには」
 結局、道路沿いのギャラリーの人に聞いて、ようやくたどり着くことができた。サリナスのスタインベック・センターとは趣が異なり、いかにもボヘミアンたちの溜まり場といった感じの場所。丸太小屋の小さなショップには、この地にゆかりの作家、詩人たちの本などが置いてある。ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』(Trout Fishing in America)のペーパーバックを見つけたので、お土産に買っていく。$13.95。ブローティガンには『ビッグ・サーの南軍将軍(河出・藤本和子訳)』という作品もある。ここは短時間で切り上げて出発だ。

 片側一車線の道は対面通行でくねくね曲がっている。まさにロング・アンド・ワインディング・ロードだ。右側通行のアメリカではサンフランシスコからロスへ向けて南下するのがオススメ。変化に富んだ海岸線が果てしなくつづく。眼下には太平洋が広がり、前方の雄大な山々には霧か雲がかかっている。冷たい海水が強い日差しに温められて水蒸気になるのだろう。見所が多くて書ききれない。ここもボブの写真に雄弁に語ってもらおう。

 後日。帰国してから、ビーチ・ボーイズの曲にビッグサーについてうたったものがあったのを思い出した。『オランダ』という1973年のアルバムに入っている、「カリフォルニア・サーガ」(California Saga)なる3部構成の組曲。1曲目の「ビッグサー」は文字通りビッグサーの自然についてうたっている。つづく2曲目では、なんとロビンソン・ジェファーズの詩「The Beaks of Eagles」がそのまま朗読されているではないか。知らなかった。作者のアラン・ジャーディンの選択だろうか。朗読も彼によるものだ。
 調べてみると、ロビンソン・ジェファーズは1920年代にやって来て、詩をとおしてビッグサーの自然を広く全国に紹介した。それが後に多くの追随者を呼ぶことになったと言われている。荒々しくも美しい自然の景観がつづくビッグサー、そこは文学と音楽が不思議な出会いを果たす土地でもあった。



 次回へ続く…
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 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

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