Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene3

Texas Loosey’s

 現地時間の午後6時50分、ロサンジェルス国際空港。羽田を真夜中に飛び立った飛行機は、約10時間のフライトを経てロスに到着する。ターミナルを出たボブは勝手知った様子でどんどん歩いていく。私は重いスーツケースを引っ張って師匠のあとを追う。
 申し遅れたが、ボブは日本人である。7年ほど前に、約20年間住んだロスから引き揚げてきた。日本人である彼がなぜ「ボブ」と名乗っているかというと、別にロバートという叔父がいるわけでもなければ、髪型がおしゃれでかわいいボブ・ヘアであるから、というわけでももちろんない。師匠がボブ・ヘアだなんて(苦笑)、いくらなんでも気持ち悪過ぎる。じつは話すほどでもないたわいのない理由があるのだが、話すほどでもないので話さない。
 師匠が向かったのは、レンタカー会社が運行している無料バスの発着場だった。これに乗ると近くのパーキングまで連れて行ってくれる。私たちが利用したのはHertzだが、他にもAVISなどのレンタカー会社のバスがたくさん走っている。午後7時を過ぎても昼間のような明るさだ。人も車も混み合っている。
 空港という場所はどこも似たようなもので、ほとんどジェネリックな様相を呈している。アイデンティティを喪失した空港で売られているのが、高級ブランドの香水や時計やアクセサリーやバッグや服というのも面白い。国際空港で出国審査を済ませて搭乗ロビーへ向かうとき、刺激的な匂いの一撃に襲われる瞬間が好きだ。まるでマツモトキヨシのような気安さでシャネルが香っている。さあ、いまから外国へ行くんだと思う。

 Hertzで借りた新車のクライスラーは、とても乗り心地がいい。今夜の宿は、師匠がロスの近郊トーランスのモーテルを予約してくれている。途中、車をマンハッタン・ビーチへ向ける。日曜ということもあり、ビーチにはたくさんの人が出ている。車のラジオでは「父の日」のメッセージを紹介している。そうか、アメリカでは今日が父の日なんだ。日本では昨日だった。師匠は奥さんと娘さんと3人でお鮨を食べたそうだ。私のところも、妻と次男が空港まで見送りにきてくれた。最後の晩餐の気分で一緒に中華を食べた。海外へ出かける前は、なんとなく家族の絆を確認したくなるものらしい。
 チェックインを済ませ、それぞれの部屋に荷物を運び入れたあと、車で近くのレストランへ向かう。店の名はTexas Loosey’s。師匠がロスで暮らしていたころ、友人たちとゴルフをしたあとで、よく利用していた店らしい。その名のとおりコテコテの南部志向である。テンガロンハットをかぶったショートパンツのカウガールが注文をききにくる。いきなりな展開である。
 喉が渇いていたので、とりあえずバドワイザー・ライトで乾杯。美味い! バドワイザーなのに。
 「どうだね、アメリカの印象は」
 アメリカの印象ときたか。そういえばレーモン・ルーセルの小説に『アフリカの印象』っていうのがあったなあ、と時差ボケのせいもあって頭は支離滅裂なことを考えたがる。
 「なかなかフレンドリーじゃないですか。空港のスタッフも旅人にやさしい感じだし、入国審査はノー・ストレス。海外では稀なことです」
 「もっと殺伐としていると思った?」
 「日本で報道されるアメリカのニュースって、ろくなもんじゃないでしょう。国内では銃の乱射事件とかあって、海外では戦争ばかりしていて。でもなんか、みんな親切で愛想がいいですよね。余裕があるというか。やっぱりカリフォルニアだからかなあ、ビーチがあって頭の上には抜けるような青空が広がって。そういうところで暮らしていると、人間の善良な部分が出てきやすくなるんですかねえ」
 「文学をやっているわりに、きみは単純だねえ」
 言い忘れたけれど、師匠の本業はフォトグラファーである。今回の旅では私が文章を書いて、師匠が写真を撮る。それを一つのコンテンツにまとめて、どこかへ売り込もうという魂胆だ。とりあえず航空券やモーテル代など、経費は私たちのポケットマネーで賄っている。うまく回収できるといいのだが、足が出る可能性もある。師匠と私は、いつもそういう仕事なのか道楽なのかわからない旅をしている。

 やがて胸元もあらわなカウガールが注文した料理を持ってくる。鶏肉の手羽を素揚げにして、香辛料の効いたソースを絡めたもの。バッファロー・チキンとかバッファロー・ウィングとか呼ばれている。それに16/07/25(月) 10:48:48フライド・カラマリというイカの唐揚げ。「カラマリ」はイタリア語でイカのことだ。アボカドをたっぷり使ったサラダも含め、どれも美味しい。
 ビールのお代わりを注文する。いつまでもバドを飲んでいると、「ケッ、田舎者のジャップが」などと馬鹿にされてはいかんので、2杯目は地元のクラフト・ビールにする。美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んでいると、経費のことなどどうだってよくなる。私は57で、師匠も60を過ぎた。サラリーマンならそろそろ定年、第二の人生を考えようかという時期だ。私たちは旅をしながら人生を考えようとしている、なんちゃって。
 旅は日常のアウトサイドだ。普段、何気なくやっていること、当たり前だと思っていることを、外側から眺めてみる。するといろんなことに気がつく。たとえば車の運転。空港からちょっと走っただけで、こちらのドライバーのほうが日本よりもずっとマナーがいいと感じる。多くの車が「お先にどうぞ」という感じで道を譲ってくれる。とくに感心したのは歩行者優先が徹底していることだ。道路を横断している人がいると、どの車もぴたっと止まる。日本では横断歩道を渡っているところへ、平気で車が突っ込んできたりする。歩行者と接触しそうになりながら滑り抜けていく。自分たちはなんてカッコ悪いこと、無様なこと、恥ずかしいことをやっているんだろう、と旅のアウトサイダーは反省する。

 旅は私たちに、アウトサイダーとしての視点をもたらしてくれる。外側から自分を見て、そんな窮屈な生き方をしなくていいんだとか、つまらない人間関係で悩むことはないんだ、とか考える。旅は小説に似ている。小説の主人公たちも一種のアウトサイダーだ。ラスコーリニコフやムルソーのような人物だけではない。小説というのは、主人公たちの行動や思考をとおして物事を外側から見るための装置だ。彼らは社会や人間を、常識や秩序を、何よりも自分自身をアウトサイダーとして見ている。そんな主人公たちに寄り添って、読者である私たちもアウトサイダーの生を生きる。
 旅では一人ひとりがアウトサイダーになる。旅に出ている数日、あるいは数週間、私たちは一人の部外者として世界を見る。異邦人として自分たちが生きている国や社会を見る。さらにインサイダーとしての自分を、アウトサイダーとしての、もう一人の自分が検証する。批評的に眺めてみる。
 理屈としては、そんなことになるかもしれない。でもまあ、いまは冷たいビールと美味しい料理だ。ショートパンツのカウガールだ。
 「師匠、旅っていいですね!」
 「わかりやすい人だなあ、きみは」

 次回へ続く…
 前回を見る

 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

小学館公式サイトへ
© Shogakukan Inc,2015 All right reserved.No reproduction or republication without written permission.
掲載の記事・写真・イラスト等のすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。