Senir Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中"
文:片山恭一
写真・Driver:小平 尚典  AD:東 裕治

Senior Motor Drive

'Singularity'

"ただいまカリフォルニアを走行中" 文:片山恭一

写真・Driver:小平尚典  AD:東裕治

Scene4

マンザナー強制収容所(1)

 砂のなかには恐竜の化石が埋まっている。本当に埋まっているのかどうか知らない。埋まっていそうな気がする。あたりを徹底的に掘りまくれば、きっと1体くらいは出てくるだろう。恐竜たちの化石の上をフリーウェイはつづいている。私たちのクライスラーは快調に走りつづける。
 朝食はトーランスのモーテルの近くでとった。夫婦がやっている小さな店、全粒パンをトーストしてベーコンと卵を挟んだサンドイッチは美味しかった。やたら目につくスターバックスで、スモール・サイズなのに日本のラージ・サイズくらいあるコーヒーも飲んだ。1ガロン$2.95のガソリンをいれて準備OK、出発だ!
 車のオーディオからはZZトップが流れている。右手はデス・ヴァレー。ときおり岩塩の採掘場らしきものが現れる。遠目にも広大である。クレーンで豪快に採っている。ボブはさかんに写真を撮っている。時速70マイルで車を運転しながら。ときどきハンドル操作が怪しくなる。車はバウンドし、スウィングし、路肩へ転げ落ちそうになる。  「ボブ、お手柔らかにたのむよ」
 「スウィングしなけりゃ意味がない」
 どうやら高温と高速のために頭がおかしくなっているらしい。
 「霊柩車がカープールを走っていました。見たところ乗っているのは運転手が1人だけです。パトカーはサイレンを鳴らして停止を命じました。運転していた男が答えて言うには、後ろにもう1人乗っているんですがねえ。この場合、運転者は罰金を払わなくてはいけないでしょうか」
 「それって、クイズなんですか」
 カープール(carpool)というのは「相乗り」のこと。アメリカのフリーウェイにはしばしば、この「カープール・レーン」が設けられていて、「CARPOOLS ONLY」という看板の下に「2 OR MORE PERSONS  PER VEHICLE」などと説明してある。要するに渋滞緩和のためのルールで、いかにもアメリカらしい合理主義的な発想だ。

 さて問題は、霊柩車が積んでいるご遺体は「2人目」とみなされるかどうか。
 「たしか裁判になったはずだよ」
 「判決は?」
 「どうだったかな」
 見つかるとかなり高額な罰金を払わされるらしい。私たちが走っているハイウェイでは「$341」となっている。ちょっとお隣の車線を走って3万5千円は馬鹿らしい、ということでほとんどの車がルールを守っている。右側の四車線は渋滞しているのに、左端のカープール・レーンだけはすいすい車が流れている、という光景を何度か目にした。それだけ1人で運転している車が多いということでもある。
 「助手席に乗せる人形まで売られているよ」
 「カモフラージュのために?」
 「女性が1人で車を運転するときに乗せておくこともある」
 防犯上の措置というわけだ。日本では普通はそこまでは考えない。ちなみにアメリカのレンタカーは、外見からはそれとわからないようになっている。旅行者ということで狙われやすいからだそうだ。日本の場合はナンバー表示が「わ」なので、ひと目でレンタカーとわかってしまう。平和そうに見えるけれど、この国なりのシリアスな事情があるのだろう。
 ロスを出て3時間。車は395号線を北へ向かって走っている。気温は今日も午前中から100度を超えている。周囲を見まわしても、町はおろか小屋ひとつない。こんなところに放置されたら、冗談ではなく命が危うい。

 ローン・パイン という小さな町を過ぎて、しばらく行くと目的地が見えてきた。マンザナー強制収容所。いまは「Manzanar National Historic Site」という施設を国立公園局が管理保存している。なるほど、「史跡」か。考え過ぎかもしれないが、私は「Historic Site」というネーミングに、何か残酷なものを感じてしまう。ここは本来「収容所(internment camp)」だったところだ。当時は「Manzanar War Relocation Center」と呼ばれていた。それが70年のうちに「史跡」になってしまった。なんだかフラットで、冷ややかな感じ。「史跡」という言葉からは、人々のうめき声も悲痛な叫びも聞こえてこない。罪もない人たちに困難な境遇を強いた国家の姿も見えてこない。
 些細な点にこだわるのは、バラク・オバマの広島でのスピーチのことが頭にあるせいかもしれない。私たちが日本を出る少し前(2016年5月27日)に、オバマ大統領が来日して現職のアメリカ大統領としてはじめて広島を訪れた。この訪問を多くの日本人は歓迎し、好意的に受け止めた。なかには感激した人もいたようだ。共同通信社が5月28〜29日に行った世論調査では98.0%が「よかった」と回答している。日本経済新聞とテレビ東京が5月27〜29日に行った調査でも92%が「評価する」と回答したらしい。
 後日、「71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました」とはじまるスピーチ原稿を読んだ。まず抱いた感想は、「よくできているなあ」というものだ。なるほど、これなら9割以上の日本人が評価し、好感をもつのも頷ける。まるでコンピュータがビッグデータを集めて、日本人の性格や嗜好を分析したかのようだ。

 なぜ私たちはここ、広島に来たのでしょうか?
 私たちは、それほど遠くないある過去に恐ろしい力が解き放たれたことに思いをはせるため、ここにやって来ました。
 私たちは、10万人を超える日本の男性、女性、そして子供、数多くの朝鮮の人々、12人のアメリカ人捕虜を含む死者を悼むため、ここにやって来ました。
 彼らの魂が、私たちに語りかけています。彼らは、自分たちが一体何者なのか、そして自分たちがどうなったのかを振り返るため、内省するように求めています。

(The Huffington Post 執筆者:吉川慧)



 普通の人がさらっと読めば、美しく、感動的で、とりあえず文句のつけようはない。作文として非常によくできている。しかし丁寧に読むと、なんかおかしい。これはとんでもなく間違ったスピーチではないだろうか。「明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました」と言うとき、オバマさん、あなたはいったいどこにいるのですか? たとえスピーチ・ライターがつくった原稿だとしても、それを平然と読み上げるあなたは、いったい何者なのでしょう。広島と長崎に2発の原子爆弾を投下し、一瞬にして20万とも30万とも言われる人の命を奪ったのは、あなたがいま大統領をやっているアメリカという国なのですよ。

 次回へ続く...
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 Senior Motor Driveの目次
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 第八話 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話 第十四話 第十五話 第十六話 第十七話 第十八話 第十九話 第二十話

文:片山恭一 写真:小平尚典 
アートディレクション:東裕治

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