連載第十六回:高齢者福祉センターでも人気のきいちの少女たち

 介護施設で暮らす高齢者の方々や、福祉センターを利用する人たちに、きいちのぬりえが人気だということを以前から聞いていて、とても嬉しく思っていました。
 ぬりえをしながら、幼少時代を懐かしむ人も多いと思いますし、あるいは、大人ならではの感覚で、子どもの頃とは違った作品に仕上げる人もいることでしょう。
 どんな場所で、どのような人たちが楽しんでくれているのだろうか……。
 あれこれ想像するうちに、そうした方たちと実際にお会いして、作品を見せていただきたくなりました。いろいろなお話も聞いてみたいものです。
 そこで、きいちのぬりえを用いて「ぬりえ教室」を開催している「中野区立堀江高齢者福祉センター」(東京都中野区)を訪ねてみることにしました。

若さと元気の秘訣はぬりえにあり!

 今年の夏はとにかく暑い! 朝の10時前だというのに、太陽がジリジリと照りつけ、風はそよとも吹きません。けれども、センターを訪れる人たちは暑さにバテる様子もなく、どなたもハツラツとしています。
「おはようございます」と元気にあいさつをしながら教室へ。
 席に着くと、色えんぴつやマジックペン、こだわりのクーピーペンシルなどを用意して、さっそくぬりえを始める方もいらっしゃいます。毎回、20名以上の参加者があるそうで、この日も女性20名、男性1名の方々が集まってくれました。ほとんどが70代です。
「みなさん、月に一度のぬりえ教室を心待ちにしてくださっているようです。
 最初は、きいちのぬりえ以外のものも取り入れていたのですが、参加者の意見を聞くと、“きいち作品がいちばん楽しいし、ぬりやすい”ということで、きいちのぬりえに落ち着きました。
 この教室では、1時間ほどかけて一枚のぬりえを仕上げます。そして宿題としても、ぬりえをお渡しするのですが、宿題にも熱中して、提出の際には、“2時間もかかっちゃった”なんていう方もいます」
 こう説明してくれたのは、教室の担当者である職員の二村(ふたむら)啓子さん。2年前、ぬりえ教室を始めた頃は、見本として自らぬったものを用意したり、ぬり方を指導したりしたこともありましたが、今では説明不要。「ぬりえを配るだけで、みなさんすぐにぬりえの世界に没頭する」のだそうです。
 今回のテーマは「ゆうがたのそぞろあるき」。二村さんの言葉どおり、ぬりえが配られると、みなさん、無言で手を動かし始めます。しばらくするとおしゃべりも始まるのですが、「どんな色調にするか」「女の子のイメージをどうするか」など、“方針”が決まるまで、かなりの集中力でぬりえに向かいます。
 時間の経過も忘れて熱中する――日常生活で、これほど集中することはおそらくないでしょう。これが、みなさんの“ハツラツ”の秘訣なのでしょうね。
 

人の数だけこだわりと工夫がある

 ある女性のかたわらに「おや?」と思うものを発見! 
 ぬりえの横に、雑誌の切り抜きやチラシなどを置いて、アイディアを練っている様子です。理由をうかがってみると、こんな答えが返ってきました。
「雑誌や広告などを眺めていると、“好きだな”とか“きれいだな”と思う洋服や着物を見かけますね。それを切り抜いておいて、ぬりえのヒントにするんですよ。
 ぬりえの着物に同じような柄を描き込んだり、似たような色合いでドレスをぬったり。きいちのぬりえの主人公は着物やドレスなど、可愛らしいものをまとっていますが、それをさらに愛らしくしたいんですね」
 ぬり方も人それぞれで、ポイントとなる色から決めていく人もいれば、「最初は画面全体を薄い色でさっとぬり、それから色を重ねていく」と説明してくれた方もいました。
 なかには、赤いパステルを持参し、「これを女の子の頬のあたりにぬってぼかすと、頬紅のようになるんですよ」と隣の人にアドバイスする女性も。
 みなさん、ぬりえが大好きで、どうしたらもっと楽しめるか、そして美しく仕上がるか、いろいろと工夫されているのがよくわかります。
「素敵なドレスや着物をふだん着ることはありませんね。だからこれは夢の世界。思いっ切りハデに可愛くぬるんです」という女性の意見にも共感できます。
手もとのチラシはぬりえの参考資料。
ぬりえの世界から抜け出してきたようなヘアースタイルとエレガントな服装にも注目!  こうしたなか、少数派の男性参加者は、きいちのぬりえをどんなふうに楽しんでいるのでしょうか。
 二村さんが興味深いエピソードを紹介してくれました。
「今日は欠席されていますが、参加者のなかには認知症の男性もいて、参加当初、使う色はわずか1、2色。“ぬる”という感じではありませんでした。ところが、次第に、たくさんの色を使って、ぬる作業を楽しむようになります。まわりの人たちに刺激されたのではないでしょうか。今では、色鮮やかな作品を次々と完成させていますよ。脳にどのような変化が起こっているかはわかりませんが、ぬりえが良い刺激になっているのかもしれませんね。
 それからその男性、ぬりえの女の子の髪もていねいにぬるようになりました。これもぬりえと、それから、教室にいらっしゃるおしゃれな女性たちの影響ではないかと。それならば嬉しいですね」
 

“奥ゆかしい昭和の乙女たち

 ぬりえ教室は午前10時から11時30分までなので、11時を過ぎると、みなさん、仕上げに入ります。そして、批評&発表会
 二村さんは、それぞれの完成作品を紹介しつつ、ひと言ずつコメントをしていきます。
「やさしい色使いが上品ですね〜!」
「夕方の雰囲気がよく出ています」
「足もとの植物までイキイキと表現されていますね」など、なかなかほめ上手です。
 ほめられたほうは、ちょっぴり照れくさそう。でも、思わず笑みがこぼれます。
今回、唯一の男性参加者の作品は、「髪にぬった紫色がきれいです」と二村さんにほめられました。
和やかな雰囲気の批評&発表会。「ほかの方の作品に学ぶ点は多い」と誰もがいいます。
 完成したぬりえは、センターの廊下にはり出され、参加者以外の方も自由に見ることができるのですが、ここで疑問に思った点が……。
 どの作品にも、ぬりえをぬった人の名前がないのです。
「無記名が、みなさんの希望なのです。名前をつけてはり出すのは、出しゃばるようで、はばかられるのでしょう。自信作を多くの人に見てほしいが目立つのはイヤ。自分の作品とは知らずに、誰かが“きれいねぇ”といってくれるのを聞いて、ひそかににっこり――。参加者の方々はそういう奥ゆかしい世代なのです」と二村さん。
 いいお話に、過ぎ去った“昭和”を感じる思いです。
 今日お会いした女性たちは、喜一さんが描いた昭和の奥ゆかしい乙女そのもの。何か大切なことを教えられた気分です。
 これからもお元気で。
 そして、いつまでも、みなさんの“分身”のような少女たちを可愛がってくださいね。
教室内や廊下にはられた作品は、どれも力作。