連載第十九回:昭和レトロな雰囲気を残す足立区千住界隈 喜一さんが親しんだ街を「きいち散歩」してみませんか

 91年に及ぶ蔦谷喜一さんの生涯。何度か「きいちブーム」が訪れるなどして、おおかた幸せな日々を送られたという印象です。もちろん、傍目には幸せそうに見える人生にも波≠ヘありました。ぬりえ全盛期の華やかな時代もあれば、衰退して経済的に困窮したり、また体調不調に悩んだりした時期もありましたから。
 でも、もし今も喜一さんがお元気だったら、99歳の喜一さんは、きっとご自分の人生に満足のいく点数をつけられるはずです。そして、そんな人生を彩る思い出深い場所は、ぬりえ全盛期に暮らした東京、足立区に集中しているといえるでしょう。
散歩の拠点となる北千住駅。JR東日本常磐線、東京メトロ千代田線・日比谷線、東武鉄道伊勢崎線、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線が乗り入れているため、駅構内は、毎日、数多くの乗降客で賑わう。

ぬりえ作家「きいち」を育んだ千住

 1914年、喜一さんは東京の京橋区(現・中央区)に生まれましたが、23年の関東大震災後、足立区千住(せんじゅ)に移り住みました。新婚生活も、この千住からスタート。戦時中は軍事工場で働き、召集されて海軍省にも配属されましたが、終戦後間もなくぬりえの仕事が舞い込み、殺到するぬりえの注文で多忙を極めるようになります。「きいちのぬりえ」は大ヒットして、一躍、人気のぬりえ作家となったのです。
 ぬりえの発行元では、喜一さんをめぐる争奪戦、貢物合戦も起こりました。ぬりえメーカーのオーナーのなかには、喜一さんに家を買って与えてくれる人もいました。その家もやはり足立区の梅島(うめじま)で、当時、日本舞踊に夢中だった喜一さんは、自宅に日舞の稽古場を作ったと聞いています。
 どんどん華やかで贅沢になっていく生活。喜一さんはここで人生の絶頂期を迎えました。後々まで語り継がれるぬりえ作家となり、そしてその人気を極めた場所――足立区が「きいちのぬりえの故郷」とされる所以がここにあります。
 なかでも、千住界隈には、喜一さんゆかりの場所が現存しています。たとえば、喜一さんが結婚式を挙げ、のちに神楽殿(かぐらでん)で踊った思い出深い千住神社や、喜一さんのお兄さんが開いた柔道場の蔦谷道場など。今回、こうした場所を案内してくださったのが、足立区シティプロモーション課の舟橋左斗子(さとこ)さん。舟橋さんは千住の街に魅せられて20年前にこの地に移り住んで以後、その魅力を伝えるべく情報発信を続けているかたです。広報紙できいちの特集を組んだり、区のイベントなどにきいち作品を起用したり、きいちと千住、きいちと足立区を結ぶ仲人役≠フような人でもあります。
 その一環として、6月8・9日に足立区で開催される「しょうぶまつり&スタンプラリー」の会場では、きいちのポストカードが配布される予定なので、イベントに合わせてゆかりの地を訪れみるのもおすすめです。
喜一さんが結婚式を挙げた「千住神社」。40歳で花柳流の名取となった喜一さんは、境内にある神楽殿で踊ったこともあった。
上:足立区に住んでいた頃、日本舞踊の稽古に熱心だった喜一さんは、日舞をテーマとするぬりえを頻繁に描き、少女たちの人気を得ていた。下:「千住神社」でひとり娘の美絵子さんを撮影。ギャザーとフリルが印象的なスカートは、喜一さんがデザインしたもの。

ぬりえの世界が息づくレトロな街

「千住の魅力のひとつに、新しいものと古いものとの共存が挙げられます」
 こう言って舟橋さんは、横山家住宅絵馬屋・吉田家へと案内してくれました。横山家はかつての地漉紙(じすきがみ)問屋で、今も残る住宅は江戸時代後期の建造物。絵馬屋・吉田家も江戸時代からの老舗で、こちらは今でも8代目が絵馬屋を継ぎ、数少ない手書き絵馬の技を伝えているということです。いずれも見学は外観のみですが、歴史の重みは外観を眺めるだけでも十分に伝わってきます。
「また千住には、ぬりえの昭和レトロな世界を連想させる場所も多いんですよ」
 なるほど、そういう目で街を歩いてみると、昔ながらの商店街、点在する街灯銭湯など、そのどこにきいちの少女たちが現われても不思議でない気がします。実際、喜一さんも、銭湯帰りの女の子や、街灯の下に佇む少女などを多数描いています。入り組んだ細い路地から聞こえてくる少女の笑い声、昔ながらのガラスケースが並ぶ飴屋の前でカラフルな色の飴を選ぶ女の子……。そんな場面を想像しながら街を巡るのも楽しいものです。
昭和の雰囲気を漂わせる商店街をちょっと入ると、きいちのぬりえの少女たちが横丁から現れるような気さえしてくる。
上:サンロード宿場町商店街に向かい合うように建つ「横山家住宅」と「絵馬屋・吉田家」。
このエリアだけ江戸時代で時が止まってしまったようだ。左下:昭和8年創業の「石黒のあめ」。手作りにこだわる色とりどりの飴は、量り売りで100gから購入できる。店頭にあるガラスケースは年代ものだ。右下:千住界隈には銭湯が多い。喜一さんが暮らした頃、東京の下町には風呂なしの家が多かったため、誰もが通った銭湯。ぬりえにもそんな場面が描かれた。
小さな商店が軒を連ねる柳原商店街近くの柳原千草通りは、北千住駅東口から徒歩10ほどのところにある。路地のあちこちに木製の街灯が立つ。これもぬりえの背景に喜一さんが好んで描いたものだ。
 最後に立ち寄った稲荷寿司と海苔巻き専門店「松むら」では、以前に喜一さんの娘さんが語ったこんな言葉が蘇りました。
「父は海苔巻きが得意で、でんぶ、卵、きゅうり、干瓢(かんぴょう)など、いろいろな具で細巻きを作ったものです。幼稚園の頃はそれをお弁当にして持たせてくれました。とてもきれいなお弁当だったので、おとうさんが作ったの≠ニ言うと、友だちがびっくりしたのを覚えています」
 そういえば、海苔巻きをほお張る女の子のぬりえもありました。こんなふうに、暮らしのヒトコマヒトコマをぬりえで表現していた喜一さん。そんな親しみやすさもきいちのぬりえの魅力です。きいち散歩のあとのぬりえは、ひと味違ったものになるかもしれません。ぜひ、散歩にトライして、もっともっとぬりえを楽しんでくださいね。
この地に暖簾(のれん)を出して50年、「松むら」の稲荷寿しと海苔巻きは多くの人々に親しまれ、遠方から買いにくる人、また落語家など、芸人さんのファンも多い。ご主人が語る興味深い昔話も千住名物のひとつだ。
商店の裏側にまわって見ると蔵が残っていたり、古い建材を用いてレトロに仕立てた建物もあったり。こうした建造物をチェックしながらの街巡りも楽しい。
約8100株の花菖蒲が栽培される都内有数のしょうぶの名所「しょうぶ沼公園」で、例年開花に合わせて開催されるイベント。しょうぶ沼公園から都立東綾瀬公園(通称ハト公園)をめぐるスタンプラリーや物産展・PR展などが実施されます。問い合わせ先:足立区観光交流協会(足立区産業経済部観光交流課内) 03-3880-5853
きいち散歩マップ