連載第二十一回:きいち生誕100年記念・ぬりえ発表会進化していますデコぬりえはどんどん進化しています

 今年は「きいち生誕100年」に当たる記念すべき年。きいちのぬりえが子どもたちに大人気となってから70年が経とうとしています。街の小さな駄菓子屋で売られていたぬりえを描いていた蔦谷喜一の「きいち」という名前が、今も語り継がれていることには、本当に驚かされます。数多くのぬりえ作家が存在したなかで、その名が今も現役なのは、喜一さんただひとりなのですから。
 この人気を支えているもののひとつに、東京の町屋で「ぬりえ美術館」を開く金子マサ館長の努力があります。金子さんは美術館にきいち作品を展示すると同時に、2004年から「大人のぬりえサロン」(希望者が集まりぬりえを楽しむ会)を開き、3年ほど前からはデコぬりえを提案。サロンの人気は上々で、5月までは予約で埋まっているということです。そして、この記念の年にふさわしく、現在、東京・十条駅近くのカフェ「自家焙煎珈琲 梅の木」では、初の「大人のぬりえサロン」発表会を開催中。カフェの壁に15点ほど展示されているデコぬりえの作品はいずれも力作で、見る人たちに懐かしさと安らぎを与え、またなかには活力を与えてくれるような元気いっぱいの作品もあります。
ぬりえ美術館をはじめ、カルチャーセンターやカフェなど、さまざまなところでぬりえを指導するyun先生の作品はとても表現力豊か。ファンが多いのも頷けます。 yun先生は参加者のために、デコぬりえの背景として英字新聞やモダンな包装紙のコピー、時には自ら描いた絵を用意して指導に当たります。

「ハリパネ」で実現した新感覚のデコぬりえ

 カフェに入って、まず目に飛び込んでくるのは、立体的な人形と見間違うような作品。でもよく見ると、もとは1枚のぬりえに相違ありません。それをていねいにぬってレースやリボンなどさまざまなキットで飾り、ドレス部分にはスポンジをつめて立体的に仕上げているのです。
「何かにぶつかった衝撃で倒れることのないように固定して展示していますが、支えがなくても自力で立つように工夫したデコぬりえなんですよ」と説明してくれたのは、このデコぬりえの作者でもあり、「大人のぬりえサロン」で長年ぬりえを指導しているyun(ユン)先生。こうした先生のまさにアートと呼ぶにふさわしい作品を見ると、「最初は、『子どもの頃から親しんできたぬりえですから習う必要はありません』なんて言っていたのに、『これは習わないとダメだわ』と考えを変える方も少なくないんですよ」と金子館長。
店内を明るい雰囲気にするデコぬりえ。そのテクニックや色使いに感心したり、自分でもやってみたいと言う人がいたり、ゲストの反応はさまざまです。
 たしかに、yun先生の指導の賜物でしょう。展示されているサロン参加者の作品は、確実に進化を遂げていて、どの作品も非常に立体的。今にも額から飛び出してきそうな印象を受けます。
「以前はぬりえをぬったら、布やスパンコールなど、さまざまな素材を貼ったり、挟んだりして仕上げていましたが、今はそこにもうひと手間入ります。それは人物を切り抜く作業。人物と背景とを切り離し、その間にハリパネを挟んで立体感を出す。それがここ最近でいちばん大きく変わった点でしょうか」とyun先生。
 そういう目でみると、驚くほどの立体感の謎が解けます。このハリパネ使いで注目したいのが、Monezumiさんの「はなぶらんこ」。ハリパネを顔の部分に1枚、胸部に2枚、ドレスのすそ部分に3枚と重ねることで、ぬりえが斜めのカーブを描くようにして、ブランコが揺れる様子を表現しているのです。
 なんとも奥が深くて、まだまだ進化の可能性を感じさせるデコぬりえ。子どもの頃から60年以上も絵画教室に通い、水彩やパステル画、油絵、テンペラのほか、銅版画などにも親しんできただ石田牧さんは、デコぬりえに関する印象をこんなふうに語ってくれました。
「少しの余暇と体力があれば誰にでもできるデコぬりえですが、100号の大作を仕上げる時と同じくらいの楽しさやワクワク感を与えてくれることがあります」
上右:画面と少女の絵を切り離し、その間に「ハリパネ」を貼ると、「こんなふうに立体感が出ます」と、yun先生が説明してくれました。上左:「自家焙煎珈琲 梅の木」の扉を開けると、yun先生の手がけた「6月のはなよめ」がお出迎え。横からみるとボリュームたっぷりで、豪華にデコられているのがわかります。中左:薬剤師の資格を持ち、薬局を経営する石田牧さんは、薬局の壁に自らの作品を飾って、お客さまにデコぬりえの楽しさを伝えているそうです。中右;ハリパネを上手に使いこなしたMonezumiさんの「はなぶらんこ」。実際にブランコが揺れているように見えるから不思議。下:原画のイメージから脱皮して、いかに自分のイメージを作り上げるか。そんな楽しみ方が、金子マサさんの「パーティーへおでかけ」、齋藤寛子さんの「おとりさま」から伝わってきます。

隠しテーマがぬりえを面白くする

「長年、大人のぬりえサロンに通ってきてくださっている方は、春に春をテーマとするぬりえをぬるとか春の行事に関するぬりえをぬるというような、季節を意識したテーマの選び方では、だんだん飽き足らなくなってきています。そこで、ちょっとした隠しテーマのようなものを忍ばせる工夫をしているんですよ
 こうしたyun先生独自の発想も、サロンが人気を維持し続ける理由のひとつといえます。たとえば、1月のテーマに選んだ「あかずきん」については、「2月のバレンタインデーを意識して、デコってみましょう」と提案。すると、画面にはハート模様が飛び、かごの中のプレゼントの包みも、どこかバレンタインっぽく、かわいらしくなるのです。
 また、田中好子さんの「やなぎ」の画面があまりにも華やかだったので、その理由をyun先生にうかがうと、そこにも興味深いテーマが隠されていました。先生は、どこにでもあるやなぎではなく、「銀座のやなぎをイメージしましょう」と提案したそうです。女の子が真っ赤なドレスを着て、まるでパーティー会場にでもいるような明るさを放っているのは、「銀座」という隠しテーマから連想したものだったのです。
 こうしたテーマによって発想が広がり、さまざまなストーリーを含むデコぬりえになる。今回、発表会に並ぶ作品がどれも個性的で魅力的なのは、そうした物語を踏まえて作られているからなのです。
 隠しテーマについては、「大人のぬりえサロン」の常連さんでも、事前に知ることはできないそうです。常連さんたちは、サロンの帰り際に「次回はこの絵を仕上げます」と、絵だけは知らされるのですが、隠しテーマはサロン当日にならないとわかりません。
「yun先生がテーマを考え、それに合うようなキットを金子館長が探して用意しておいてくれるのですが、いつも多種多様な素材が揃っていて、それを眺めながら、どのように使おうか悩むのも楽しみなんです」と言うのは、自らも人形作家として活躍するひさよさんです。
 こうした参加者の反応を金子館長もまた、喜んで受け入れます。
「テーマに合わせて100円ショップ手芸店で買い物するのはもちろんですが、テーマとは違うものでも、デコぬりえに使えそうな素材があると必ず購入するようにしています。日暮里の繊維街へはちょくちょく足を運びますし、この間は、ベリーダンスの衣装を売る店で、素敵な素材を見つけました」と語る金子さん。この日も、「自家焙煎珈琲 梅の木」の途中にあるショップで買い求めたというビーズを見せてくれました。お気に入りのレースについては、自分の洋服の袖口にも付けてほしいと洋装店に頼んだとか。「なんと、自分自身までをデコちゃったわ」とにっこり。
 大人のぬりえサロンでは高価なレースも使い放題なので、「採算がとれないだろうなぁと心配になることもあります」という参加者も。これに対して、金子さんは、「採算うんぬんではなく、みなさんに楽しんでもらうことが最優先なんですよ」。
上:Monezumiさんの「あかずきん」と、田中好子さんの「やなぎ」。隠しテーマを知って眺めてみると、違った味わいや新たな発見が。中:ひさよさんは、「デコ」を最小限にして「ぬり」で勝負するタイプ。ていねいで美しい彩色がデコに存在感を与えています。下:「赤が好きな千葉靖子さんのために、いつも赤い素材を用意しているんですよ」と金子さん。田中さんはピンクのカラーホチキスを活用してフワフワとした羽を固定。やわらかさと温かさを表現しています。
 金子館長やyun先生に導かれて誕生した作品には、たしかに「楽しい!」という思いが詰まっています。そんな作品を眺めながら、コーヒーや食事が楽しめるカフェでの発表会。あなたもぜひ、楽しい気分に浸ってみはいかがですか?
「大人のぬりえサロン」発表会