連載第七回:ぬりえでアンチエイジング

 最近では多種多様なものが販売され、大人の趣味の一つとして外せない存在となったぬりえですが、“楽しい”だけでなく、“脳を活性化する”という興味深い研究データが上がっているのをご存知でしょうか。
 ぬりえの効果医学的に実証されているとしたら、その“活躍の場”はいっそう広がり、たとえば高齢の家族と一緒にぬりえをしたり、友人を集めてぬりえパーティーを開いたり、もっとぬりえを生活に取り入れたいと考える人は増えるはずです。
 そこで、ぬりえの効果について長年研究を重ねていらっしゃる杏林大学医学部付属病院・精神神経科教授の古賀良彦先生にお話をうかがってみました。

ぬりえは脳全体を活性化する

 古賀先生がぬりえの効果に着目されたのは、今から7年ほど前のことでした。大人がぬりえをすることによって脳が適度に刺激され、ストレスが解消されたり、また認知症等の進行が抑えられたりという研究データが先生の目に止まったのです。ぬりえと脳に関する分析はそこから始まり、やがて古賀先生はその仕組みを解明されました。
 ぬりえが脳にどのように“効く”のか、そのへんから説明していただくことにしましょう。
「ぬりえの効果をひと言で表現するなら、脳全体をまんべんなく働かせるということです。
図Aにそって簡単に説明していきますと――
人はぬりえを目の前にすると、じっくりと見てどういう絵なのか認識し、そのときに働くのが後頭葉です。
同時に過去に見た形や色を参考にしようと試み、この過去の記憶が保存されているのが側頭葉ですから、この部分も働きます。
次に絵のバランスを見極めようとします。どこに何が描かれているかをチェックし、構図を覚える際に働くのが頭頂葉です。
絵について把握したら、こうした情報は前頭葉に送られます。情報をもとに前頭連合野ではどのようにぬるかプランが立てられ、そのプランに従って運動野が働くと手が動き、実際の作業が進んでいくのです」
古賀良彦先生のいらっしゃる杏林大学医学部付属病院
 
いつも穏やかな表情の古賀先生
ぬりえと脳の機能の関係
 さらに古賀先生は、ぬりえによる脳の活性化を脳波でも実証しています。脳がどれだけ活性化したか、その度合いについてはP300という脳波の出方が一つの指標となり、ぬりえとP300の関係を示すのが図Bです。ぬりえをする前と後では、あきらかに脳の状態は異なるのがわかりますね。緑から赤への変化は、P300の出現によって脳が活性化したことを表わしているのです。
 ぬりえに夢中になって、あっという間に時間が過ぎていたという経験、ぬりえ好きなら誰にでもあることでしょう。何もかも忘れて熱中する――これがアンチエイジングの重要なポイントとされます。そんな自分に気づいたら、「こんなに時間が経ってしまった」と嘆くのではなく、「これだけ集中できたんだ!」とむしろ喜んでください。このときのあなたの脳は図が示すように真っ赤に染まって、フル稼動しているに違いないのですから。
ぬりえによるP300の賦活効果

「デコぬりえでさらにイキイキ

 ぬりえが効果大であることはわかりましたが、ではデコぬりえについてはどのようなことが考えられるでしょうか。
「デコぬりえには、ふつうのぬりえ以上の効果があると思います。
 というのも、ふつうのぬりえが平面の世界に限られるのに対して、デコぬりえのほうは立体的に構成を考えていかなくてはなりませんから、脳をよりイキイキとさせるのではないかという印象です。
 たとえばアルツハイマー型認知症の患者さんの症状の一つに“道に迷う”というのがあって、それは自分のいるこの空間、つまり3次元における自分の位置がわからなくなってしまうからなのです。症状が進むとドアの場所さえわからなくなる。
 その意味で、つねに立体を意識しながらプランニングする必要のあるデコぬりえには、認知症予防のいっそうの効果が期待できるかもしれませんね」と古賀先生。
 デコぬりえで使用する材料についても、こう指摘します。
「ぬりえの構図を把握するために働くのが頭頂葉と説明しましたが、この部分は何かに触れた際の感触をキャッチする中枢でもあって、たとえばデコぬりえの材料として用いられている布やレース、毛糸などのやわらかなものに触れた場合にも働きが活発になります」
 また先生は、香りが脳に及ぼす影響についても研究されていて、デコの材料にポプリを選ぶメリットについても語ってくれました。
「緊張をほぐしてリラックスしたい場合には、ラベンダーの香りが効果的です。ですから、休日などにゆったりとした気分でぬりえを楽しみたいときには、ラベンダーの香りのするポプリを材料に用いるのは有効と思います」
ふんわり、やわらかな材料の感触を楽しみましょう
 
香りが効果的なポプリは形も可愛い

「懐かしいもの」が脳を元気にする

 古賀先生のお話をうかがっていると、デコぬりえのアンチエイジングへの期待は高まります。デコぬりえには、特別な技術も高価な材料も、広いスペースも必要ないので、思い立ったらすぐに始められる。試してみるには、この手軽さがいいんですね。
 さらにきいちのぬりえには、ほかのぬりえにはないメリットがあって、それは過去を懐かしむことができる点です。昭和の雰囲気が漂う画面に、郷愁を覚える人は多いのではないでしょうか。
 精神神経科学には、これと共通する治療法があると古賀先生はいいます。
「認知症の進行を止めることを目的とした“回想法”というのがあって、これは患者さんにあるテーマを与え、自発的に話をしてもらう治療法です。幼い頃、青春時代、結婚した当初の出来事など、過去の記憶をひも解きつつ、思い出を語ってもらうのです。過去を思い出して積極的に言葉にすることは、脳にとても良い刺激を与えます」
 人は年を重ねると思い出話を好む傾向にあり、それに対して「現在が充実していないからだ」と批判する人もいますが、過去へと思いを馳せることは、決して悪いことではありません。自分が輝いていた頃を思い起こして、喜んだり懐かしんだりすることは、むしろ脳に良いとされているのです。
昭和の暮らしや当時の流行を思い起こさせる「きいちのぬりえ」
「中高年の方々は、かつてきいちの世界に親しんだ世代ですから、ぬりえをすると過去のことが懐かしく思い出され、会話も弾むことでしょう。ときには何人かで集まって、きいちのぬりえをタイムリーで楽しんだ時代のことを語り合うのもおすすめです」
 そういえば、以前「大人のぬりえサロン」(ぬりえ美術館)にお邪魔したときに見たみなさんの表情、とてもイキイキとして輝いていました。きいちのぬりえを通して昔の暮らしやファッション、親しんだ童話などを思い出し、脳が活性化したためだったんですね。
 ぬりえは認知症の予防や進行抑制だけでなく、増え続けるうつ病予防の効果もあるといわれています。
 いつまでも若々しくありたいと思う人はもちろん、「疲れがとれない」「つねにイライラする」といったストレスによる違和感に悩む人も、一度、ぬりえの世界を体験してみてはいかがでしょうか。
参加者同士の会話も楽しい「大人のぬりえサロン」
古賀良彦先生プロフィール:1946年東京生まれ。慶応義塾大学医学部卒業後、1976年に杏林大学医学部精神神経科学教室に入室。1999年に主任教授となり現在に至る。日本催眠学会理事長、日本ブレインヘルス協会理事長、日本薬物脳波学会副理事長、日本臨床神経生理学会理事などを務める。おもな著書に『心の薬辞典』『いきいき脳の作り方』『脳をリフレッシュする大人のぬりえ』など。