葛飾北斎の名作艶本『喜能会之故真通』の一図につき一話ずつ、時代小説家で浮世絵研究家の車浮代がストーリーをつけました。絢爛豪華な春画と小説とのコラボレーションをお愉しみください。

 第四話「蛸と海女の話」(下巻第三図) 其の参

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(え?)
 うつぶせになって初めてわかった。あたしが背負っているのは、大きな貝殻だった。そして、あたしの身体には手足がなかった。ずるずると岩場を這う……、あたしは鮑になっていた。
(どういうこと? 黒鮑を胸に抱いて、大浪に飲まれて……ぐるぐる回るうち、あたしの魂が鮑の中に入ってしまったというの?)
 なら、さっきのあれはなんだろう? 大蛸と小蛸によって、昇天させられたあの感じ。夢にしてはあまりにも生々しいけれど、蛸が人間の言葉を話し、女体を弄ぶなどということが、本当にあるのだろうか?
 また、二つの世界を交互に彷徨さまようあたしは、生きているのか死んでいるのか……? 
(行かなければ……)
 行って、あたしの身体に戻らなければ。どうやらあたしの身体は地上にあるようだ。
 あたしは海底を這った。這って這って、幾度となく浪に引き戻されながらも必死に這って、やっとのことで砂浜に辿り着いた。
 岩場の陰に、すぐに乙吉の姿を見つけてホッとした。近づくと、……ああなんてことだろう。疑うことを知らない乙吉は、義父に言われた通り、ぐったりとしたあたしの身体にまたがって、一生懸命あたしの胸を揉んでいた。時々思い出したように、乳首や口を吸っている。頭がくらくらした。
(さっきの小蛸はもしや乙吉で、すると大蛸は……)
 あたしは、横たえられた自分の身体を見上げながら、脇を這って後ろに回った。大きく広げられた両脚の間に、義父は屈み込んでいた。興奮して赤みを帯びた禿げた頭が、股の間で揺れている。
 あたしの魂が鮑の中に入ったのだとしたら、あたしの身体には鮑の魂が入っているのかも知れない。鮑からすれば、あの赤く丸い、目玉の飛び出た人間の頭は、蛸にしか見えないのだろう。
「うう……」
 あたしの身体が意識を取り戻した途端、あたしの魂は鮑から離れた。

 ズウズウズウズウズウ、ひちゃひちゃ、といやらしい音がする。
「アアアア、エエ、オオ……」
 ぐちゃぐちゃ、じゅっちゅう、ちゅちゅちゅ、ぐうぐう、ズウズウ……と、大蛸は執拗にあたしの子壺に食らいつく。
どうして、どうして……エエ、この良さでは……アアアアアア
 大嫌いな義父に弄ばれていると知りながら、あたしはこの快感にあらがえない。
 吸うだけ吸うと、ずぶり、と一本だけいぼのない、細く堅い足先が差し込まれた。蛸の魔羅だ。ふやけきったあたしの子壺は、欲しかったものに満たされて、歓喜の涙を流す。
まただよぅ、よぅ、よぅ、よぅ
 今までは人があたしのことを、蛸だ蛸だと言っていたけれど、なかなかどうして、蛸の味は格別だった。
 もし最初から、大蛸の正体が義父だとわかっていれば、これほどの悦びは味わえなかっただろう。嫌悪と疑いと、母に対する申し訳なさとが邪魔をして、素直に愛撫を受け入れることなどできなかったに違いない。 
八本の足の絡み具合はどうだ? あれあれ、中が膨れ上がつて……、ああああ、こりゃあとんだ好き者だぁ」
 言葉で辱められて気がおかしくなって、湯のような淫水がぬらぬらぬら、ドクドクドクと溢れ出た。
ええもう、くすぐったくなって、ゾゾッと腰に覚えがなくなつて、フフフフゥ、フフフフゥ。きりも境もなくのオオオオオォ、いき続けだァな
 おっかさんの気持ちが初めてわかった。どれだけ嫌いで醜い相手でも、一度この味を覚えると、何がどうでも良くなって、声を抑える気にもならない。髪の毛はもちろん、下の毛までもが総毛立つ。
アアアアアァ、アレアレ、ソレソレ、ウウウ……ムムウフン、ムフウムウウムウウウ、いいヨ、いいヨ……
 気がつけばあたしは、大声でよがっていた。
「おとったん、お姉たんが気づいたよ」
「ああ、良かったな。おまえとわしと、二人掛かりで介抱した甲斐があった。今のうちにわしが気付けの壷を突くだけ突いておくから、あとはおまえに任せたぞ。おっかさんに知れないように、おのぶが元通りになったら連れて帰るんだ。わかったな」
ウン、わかった。おとったんが帰ったら、おとったんがしてたように、おいらがお姉たんの股ぐらこすって、出て来た海水をチュウチュウ吸い出してやればいいんだね
(とんでもない! 実の弟にそんなことはさせられない)
「アア、うう……止め……駄目……」
 どうしてこの男は乙吉を止めてくれない? いったい何を企んでいるの?
 早く正気に戻らなければと焦る一方で、身体はもっともっととこの男の一物を欲しがっている。
「止めて欲しいのか、おのぶ?」
 大蛸が、腰を突き上げながら、醜い薄ら笑いを浮かべて聞いた。
「いや……アアアア、止めないで……。……けど乙吉は……先に帰して……」
 辛うじて頼んだ。
「そうしてやってもいいが、その代わり……これからも、わしの言うことを聞くか?」
 あたしはコクコクとうなずいた。
「聞く……聞きます……だから……お願い……」
 義父はこたえを聞くと、子壺から魔羅を引き抜き、下帯にしまって体裁を整えた。

「乙吉、もう按摩はいいぞ。おのぶはわしが連れて帰る」
「おとったんが?」
 乙吉が振り向いた。あたしの身体は途中で捨て置かれた飢えで、ヒクヒクと痙攣していた。
「ああ。おまえは先に帰っていなさい。……いいか、おっかさんにはくれぐれも、わしがおのぶと一緒にいると、言ってはいかんぞ」
「ヒミツ?」
「そうだ、秘密だ」
「ヤクソク」
 乙吉が小指を立てたところに、義父が己の小指を絡ませ、指切りをした。いつの間に義父は、乙吉をここまで手なずけたのだろう?
 乙吉は納得したように立ち上がり、わが家のある方向に歩き出した。
「ちょっと待て、乙吉」
 義父は、めざとくあたしの足下にいた大きな黒鮑を見つけると、
「砂浜に、生きた鮑がいるなんて珍しいな……」
 つぶやきながら、ひょいと掴んで乙吉に与えた。
「腹が減っただろう。これをおっかさんと食えばいい」
(止めて! 食べないで!)
 声にならない悲鳴が上がった。
「おとったんは?」
「わしか?」
 義父はあたしを見下ろして、ニヤリと笑った。
  「わしは……そうだな、別の鮑を食らうからいい」
 その瞬間、あたしは大蛸に、頭からバクバクと食われる気がした。


終わり

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