サンマ

サンマは日本の大衆魚。秋に三陸沿岸を南下してくるサンマはとりわけ脂肪分が多く、丸々と太って美味だ。血液の流れをよくして脳梗塞や心筋梗塞を予防、悪玉コレステロールを減らす効果のある成分を多く含むことでも知られている。(撮影協力 「駒八 目黒店」)

この噺のお殿様は、天下泰平の世のお坊ちゃま

公演中の柳家喬太郎(1) 公演中の柳家喬太郎(2) 公演中の柳家喬太郎(3)

権力者を笑いのサカナにして愉しむ庶民の落語の典型『目黒のさんま』のさわりを演じる喬太郎師匠。登場人物の会話よりも、地でしゃべってゆく部分が多いことから演者の個性がより際立つという。

家来たちと馬の遠乗りに出かけたお殿様が、下魚のサンマを初めて食べて、その味が忘れがたくなる。この『目黒のさんま』は三代目の金馬師匠、十代目馬生師匠が得意にしていらした噺で、『寿限無』『まんじゅうこわい』『長屋の花見』『時そば』とかと並んで、昔は誰もが知っていた落語の代表みたいなところがありましたよね。 

登場人物の台詞よりも、演者が地でしゃべってゆく部分のほうが多い、いわゆる"地噺"のひとつ。『源平盛衰記』『西行』『たがや』『お血脈』なんかも地噺ですが、『目黒のさんま』もそうなんです。地噺というのは工夫がしやすい、ギャグを入れやすい。そういう意味では古典というベースに、どう自分の笑いをブレンドするか、そこに演者の色が出てきます。

この『目黒のさんま』のお殿様は可愛らしいですよ。天下泰平の世のお坊ちゃまで駄々っ子ですけど、昼食をとろうとしたら弁当の用意がない。「なぜ、支度をしなかったのだ!」と怒ると、家来が腹を切らなければならないので、そこはぐっと我慢をする。そういうところは家来想いの優しいお殿様です。だから、わがままといっても、暴君ではない。家来も「サンマのような下魚を召し上がっていただいたなんてことになると大変なことになりますから、このことはご内密に」と殿様に言えたりもする。お侍の噺にしては穏やかというか、楽しい落語です。

当然、この噺はサンマが出回る秋の頃によく演じられますが、落語には秋を感じさせる噺というのが案外少ない。我々も仲間内で「秋の噺ってないよねえ」って話をするんですけど、『目黒のさんま』くらいしか思いつかない。まあ、まったくないわけではなくて、たとえば『さんま火事』は長屋の連中がケチな家主を脅かすために、空き地でサンマを焼いて煙を盛大にあげてみせて「河岸だ、河岸だ〜!」と大騒ぎをする。それから、歌舞伎の演目の『蔦紅葉宇都谷峠・文弥殺し』をもとにした『さんま芝居』という噺もありますね。ただ、演じられる回数は『目黒のさんま』に比べると圧倒的に少ない。そして落語で秋を感じる共通のアイテムというと 、やっぱり"サンマ"ということになっちゃうんですよねえ。

当時の目黒は、風光明媚な行楽地

『目黒のさんま』は、世間知らずのお殿様を揶揄するという落語のお決まりのパターンで、冷めちゃった鯛とか、そんなものより、秋は焼きたてのサンマがよっぽどうまい。こんなうめえもんを知らねえのかと、そう笑う噺でもあるんでしょうが、そのために、まくらでは"桜鯛"って言葉もふっていますね。だからといって、サンマは誰もが恋焦がれて食うようなものでもなかったと思うんですよ。

いまなら、新鮮なサンマの刺身を東京で食べることもできますけど、それだって最近じゃないですか。ボクがサンマの刺身を食べたのは大人になってからで、「へえ、刺身で食えるの!?」と、そう思いましたもん。江戸時代は塩焼きしかなかったでしょうから。落語の長屋の連中だって、殊更に「サンマが食いたい!」ってことはなかったと思うんです。カツオならカカアを質においても食うのが江戸っ子でしょうけどね。サンマを食うのにカカアを質におくなんて、江戸っ子はいない(笑)。

さて、お殿様は親戚筋の大名に招かれた折、目黒で食べて以来憧れのサンマを所望しますが、出てきたのは小骨を抜き、脂をぜんぶを落とした代物で、おそろしくまずい。「これ、即答を許す。このサンマ、いずかたで仕入れたか?」。サゲ直前のフリとして、お殿様がそう聞くと「日本橋魚河岸でございます」。当時は房州沖で獲れたサンマを日本橋の魚河岸へ運んでいたので、もうひとつ「房州沖でとれましたサンマでございます」という言い方もあるんですけど。そこで殿様が訳知り顔に「ああ、だからいかん。サンマは目黒にかぎる」。

もちろん、目黒はサンマの産地でもなんでもない。江戸時代の目黒はご府内ではなくて、郊外の風光明媚な行楽地で、お殿様が馬でやって来るのに距離的にもちょうどよかったんでしょう。ただ、房州に揚がったサンマは傷まないよう塩をふってから日本橋の魚河岸に運ばれた。それが目黒あたりまでくると、塩加減がちょうどよくなる。だから、サンマは目黒にかぎるんだと、そういう芸談を拝読したことがあります。そうだとしたら、この噺ができた頃には「サンマは目黒にかぎる」という落ちにもより必然性があって、聞いている人もわかっていたわけですよね。

案外、他の噺でも、この台詞にはこういう必然性があって生まれた、ということが実はあるんでしょうね。でも今はわからなくなってしまった。そういう噺は山ほどあるんですよね。

聞き書き・取材・文/佐藤俊一 撮影/鷹野晃

演目あらすじ

「目黒の秋刀魚」とは?

ある秋の日。お殿様が家臣を従えて馬の遠乗りに出かけた。目黒までやってきたところで、お腹がすいて「弁当をこれへ」。しかし、急に思い立った野駆けとあって、弁当の用意はなかった。そうわかると、いよいよ空腹をおぼえたお殿様の鼻先に何やら美味しそうな匂いが漂ってきた。「これは何じゃ?」「サンマと申す下魚にて、殿がお召し上がりになるようなものではございません」「苦しゅうない、これへ持て」。そう命じられて、家臣は仕方なく農家から焼きたてのサンマを分けてもらい、お殿様の御前へ。その熱々の脂したたるサンマに箸をつけたお殿様は、あまりの美味にいたく感激、たちまち数尾をたいらげた。以来、目黒で食したサンマの味が忘れられなくなったが、お城では下魚が膳にのるわけもない。ひたすらサンマに焦がれる日々が続くうち、親戚筋の大名から招かれた。こんなときは好きな料理が注文できると喜んだお殿様はさっそくサンマを所望したのだが・・。