BOOK PEOPLE × 本の窓
会社員の道を選ばず
社会で注目を浴び始めている若者たちは、
どんな風に育ち、いま何を考えているのか?
二十代で震災を経験し、ゆとり世代前後の彼・彼女らの
本音と向き合い考察する。
釣  書
  • 武田和也(たけだ・かずや)
    昭和58年9月2日生まれ

    現住所 東京都
    出身地 愛媛県
    学歴
    平成18年3月 青山学院大学理工学部 卒業
    職歴
    平成18年4月 ユビキタス・エクスチェンジにインターンを経て入社。平成19年に同社が民事再生申立を行ない失職
    平成19年2月 ネットエイジ入社
    平成22年2月 同社を円満退社。調査渡米
    同年11月 レッティ株式会社設立
    平成23年6月 実名投稿型グルメサイト
    「レッティ」開始
    現在に至る
    年収 同年代のベンチャー企業社員と同程度。ちなみに全業種31歳平均年収は428万円(DODA調べ)
    趣味 仕事
    特技 英会話、剣道
    尊敬する人物 孫 正義「孫さんは、昔も今も変わらずに自分の限界ギリギリまでチャレンジしているところがすごい。それは参入する分野、金額の規模、意識決定の速さなどでよくわかります」
    身長 172センチ
    体重 55キログラム
レッティ
「美味しいものを食べているとき、人は幸せを感じるはずです。実名投稿型グルメサイト『レッティ』は、美味しいものを食べるお手伝いをして、皆さんを幸せにしたいと思っています。現在会員は約一千万人。今後は海外にも進出し、数千万人、数億人と利用者を増やしていきたいです」
 食を通じて世界中の人々をHappyに──こんな情熱に溢れる社是を掲げるレッティ社を平成二十二(二〇一〇)年十一月に興した武田和也(三十一歳)。同社が手がけるインターネットサービス「レッティ」は、実名で投稿されたレストラン情報を見て、自分に合った店を探せるもの。従来の匿名型に比べ美味しい店を見つけられる確度が高く、誹謗中傷の類も少ないためお店からも好感を得ている。「レッティ」が注目される理由は、先行するグルメ情報サイトの「ぐるなび」(三百五億円)や「食べログ」(七十七億円、いずれも平成二十六年三月期の売上高)に続くか、先行二社を凌駕するとの期待もあるため。また、海外進出も視野に入っていて、今年サンフランシスコやニューヨークなどの北米、香港やシンガポールなどのアジアにも進出し、日本の食文化、そして食に対する細やかな選択眼を世界に広める構想を持つ。
 ここで読者は世間に知られたIT長者のような雰囲気と、武田を重ねるかもしれない。だが、そうしたギラギラした感じは強くなく、利己的な欲求よりも、世のため人のためという利他的な視点で事業を発展させたいと本人は考えている。また「内向き」「冷めている」などと形容される若者像には当てはまらず、質問にはひとつひとつ素直かつ明瞭に、一生懸命に答える熱さも持つ。
「愛媛から上京したきっかけは、ミーハーなんですが、何となく青学(青山学院大学)が楽しそうという軽い理由です。大学に入ったら、一年くらいは友だちと遊び回っていました。ただ、ふと考え始めたんです。こんな風に過ごして良いのだろうか、自分は何をすべきなのかと」
 周りの知人や友人が東京生活を謳歌するなかで、武田は右のような問いにぶつかった。この問いの答えを求め、一週間に一冊本を読み、その内容を繰り返し見直し、習慣化するため記憶に焼き付けるようにする。なかでもよく読んだのは京セラやDDI(現KDDI)を創業した稲盛和夫の『生き方』、人材コンサルティング会社の経営者・作家である安田佳生の『採用の超プロが教える 仕事の選び方 人生の選び方』(ともにサンマーク出版)。読書による経営者との対話のなかで、何のために働くのか、何のために生きるのかの問いを一層深めていく。
 ただ、何がこうした行動に駆り立てさせたのだろう。これについては「正直にいうと、良くわからないですね。ただ東京で一人暮らしを始めて一人で考える時間が多くなった。それが原因かもしれません」
 上京して約一年。湧き上がった自分への問いの答えを求めて始めた読書の習慣、これが原因となり、起業家・武田和也が産されたのだろうか。それとも本人にもともと資質が備わっていたから問いが生まれ、行動に繋がったのだろうか。本人には整理がついていないようだ。
 とはいえ大人から見ると一見頼りなく見える若者の中には、豊かな感受性を持ち、志を持って行動する武田のような存在が現れていることは確かなのだ。
 飛躍するかもしれないが、武田が自分への問いを持った理由には、起業家になることが視野に入っていたからかもしれない。育った環境からは、そんな想像が膨らむ。
 愛媛の実家では、両親、姉、兄、そして自分という家族五人が暮らし、祖父そして父が不動産業などを営んでいた。一階が事務所、二階が住居という昔の商家のような雰囲気のなかで、十数人の会社の従業員などと日常的に挨拶をしたり、ときには会社の電話やお客さんの応対などをするなかで、自営業よりも規模が大きく、会社勤めとは違う働き方の空気を吸いながら育った。
「起業家の親は起業家が多いといわれますが、自分がなぜ起業したか考えるなかで、父の事業の影響もあるかなと思いました。自分の周りでも、やる気があって事業をしようと考える人もいるんですが、具体的な行動には繋がらない。僕は、少数派なんですね」
 起業家になることを意識していたため、学生生活を有意義に送る必要がある。そこで自分は何をすべきかと考えた。こんな風に考えるのが妥当なのかもしれない。
 現在二十〜三十代の子どもを持つ親の世代といえば、団塊世代から新人類・バブル世代といわれる五十〜六十代。「モーレツからビューティフルへ」というCMが流れ、量から質、豊かさの実感などへ目が向き始めたころに多感な時期を過ごしている。少し下れば、男女雇用機会均等法の施行や、ジャパン・アズ・ナンバーワンともいわれた時期。当時は会社に就職するのが一般的だったが、武田の家庭は違った。その点で武田は恵まれていた。
 このほか経済的苦労は比較的少なく、家庭的にも恵まれ、良い環境で育った。その育ちの良さは、インドでの“衝撃的”な体験を目の前にしたときの武田に現れた。
「空港に降り立つと目の前に子どもがたくさんいて、なかには片目や片腕のない子どももいて、大学生の僕にお金をくれといってくる。僕にとって百円くらいをあげることは痛くも痒くもないのですが、それを渡せる自分と、この子は同じ人間なのにどうして違っちゃったんだろう。その違いを目の当たりにして愕然とし、宿で涙が止まらなくなりました。同じ日本人のなかには『あれはお金目当てで嘘をつき、僕らを騙しているんだ』という人もいました。でも、それでは済まない。なぜ、こうした違いがあるのだろう、とずっと悩みました」
 武田が学生時代を過ごしたゼロ年代前半は、本格的に就活が厳しくなり、競争社会で生き抜くことを否が応でも求められ始めた時期で、「稼ぐが勝ち」を標榜するIT長者が若者に賞賛されていた。日本社会がそんな風潮のとき、インドで絶望的な貧富の差を目の前にした。
 ただ武田は、そんなとき自分さえ良ければというのではなく、他者に配慮する視点を持ち、それが起業して世の中に貢献することの原動力になったと振り返る。
 IT長者を礼賛する若者に眉をひそめていた大人は、絶望的な格差や富の偏在を目の当たりにしたときの武田の反応を、意外に思うかもしれない。
 実は、ただ大企業に入って出世するのではなく、彼のようにやりがいや生きがいのある仕事をしたいと考える若者が増えている。そして、こんな考えも持っている。
「海外旅行などでわかったことは、たまたま自分が生まれた日本は、世界のなかでは勝ち組の豊かな社会ということでした。この豊かさは僕たちの上の世代が築いてくれたもので、僕はその上で暮らしているに過ぎません。その日本にも、七十年前の戦後のときには、僕がインドで出会ったような子どももいたはず。ならば自分は何をするべきなのかを一層真剣に考える機会になりました」
 こうして経験などを経て「レッティ」を開設する。このサービスが掲げる美味しいものを食べているときは人が幸せになるだろう、というメッセージも、武田の育ちと無縁ではないのではないか。というのも、そもそも美味しい食事を楽しむのは、趣味的価値観という面もあるので誰もが持つものではないし、一定程度の経済的、心理的なゆとりがないと行き着かないゆえだ。
 本人のなかでは、そこは言語化できるほど結晶化していないようだが、ここでも育った環境が影響しているはず。実家の母・京子さんは、次のように話してくれた。
「うちでは家族が揃って食事をすることが当たり前でした。大したものを作るわけではありませんが、手作りのものを食べさせていました。瀬戸内は魚が美味しいので、いまの時期なら桜鯛のお刺身や、メバルの煮物など、季節のものを食べさせていましたね。カズ(武田)が、どれほど気づいていたかはわかりませんが(笑)」
 このほか実家で暮らしていた頃、家族で外食に行く機会が友人と比較すると多かった、と武田はいう。松山市郊外にある実家のそばには飲食店はほとんどなく自宅で作って食べるのが当たり前。そうしたなかで家族と楽しく外食をした経験が影響していても不思議でない。
 武田には、人は身分にふさわしい振る舞いをすべきという欧米社会の道徳観、ノブレス・オブリージュ的なものが感じられ「稼ぐが勝ち」という感覚は薄い。
 先人の努力によって築かれた豊かさを活かして、世界に羽ばたこうとする武田和也。彼の言い分に耳を傾け、働き方、仕事で目指す方向性、価値観などを考えていくと、戦後の社会構造が本格的に変わってきていることが見えてくる。そこからは、仄かな希望も感じられる。
【レッティとは?】
「ぐるなび」「食べログ」に続く、第三世代のグルメサイトとして注目されている。実在する友人や知人と繋がっていく米国発のソーシャル・ネットワーキング・サービス「フェイスブック」を利用してサービスに登録を行なうのが特徴で、実在人物と照らした情報が得られるため、目的に応じた店選びがより確実にできる。売上金額は非公開だが、店舗からの掲載料、ユーザーへの課金、大手企業の広告の3つが想定されている。資本金は約14.7億円で、従業員は60人(インターン含む)。急成長が高く評価され、株式市場への上場の期待も高い。本社所在地:東京都品川区東五反田3-20-14 住友不動産高輪パークタワー9階
http://retty.me/
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「いまどきの若いもん」解体新書 第1回

橋本保
はしもと・たもつ
1967年生まれ、東京都出身。情報誌などでITやモバイル関連の記事を執筆する。機器はもちろんだが、それを使う人々や、トレンドなどの現象を追いかけるのを得意とする。