BOOK PEOPLE × 本の窓
普通の会社員の道を選ばず社会で注目を浴び始めている若者たちは、
どんな風に育ち、いま何を考えているのか?
二十代で震災を経験し、ゆとり世代前後の彼・彼女らの
本音と向き合い考察する。
釣  書
  • 水野雄介(みずの・ゆうすけ)
    昭和57年12月24日生まれ
    現住所 東京都

    経歴 
    平成13年4月 慶應義塾大学理工学部物理情報工学科入学
    平成17年3月 同大卒業
    平成17年4月 同大大学院理工学研究科入学
    平成17年4月 在学中、開成高等学校物理教科の非常勤講師を2年間務める
    平成19年3月 同大大学院卒業
    平成19年4月 人材コンサルティング会社のワイキューブ社に入社
    平成22年6月 同社退社
    同年7月 「中高生に大学・企業と連携してICT教育を届ける」を標榜し、ピスチャー社(現ライフイズテック社)を設立。同時に早稲田高校で非常勤講師を務める。
    平成23年1月 「Life is Tech!」を起業。この時期に現在の会社名に改める。
    年収 (非公開)
    趣味・特技 映画鑑賞、野球
    尊敬する人物 ウォルト・ディズニー
    体重 60kg
ライフイズテック
 水野雄介、三十二歳。彼が社長を務めるライフイズテック社は、中・高校生向けのプログラミング教育を提供する。
 キャンプと呼ばれるプログラミングの講座は、夏休みなどの長期休暇期間中に開催され、東大や慶應義塾大学の教室を借りて行なわれる。教室ではカラフルなTシャツを来た中・高校生が熱心に作業をする。女子の姿も多く、活発に会話をしているため男子よりも目立つ印象だ。
 年齢、性別、スキルなどを考慮して編成された中・高校生は一つのグループとなり、メンターと呼ばれる大学生の男女の指導のもとで和気あいあいと時間を過ごす。今夏のキャンプでは、アプリやゲームのプログラミングやメディアアートなど十四コースが設けられた。
 これまで延べ一万人以上もの中・高校生が受講していて、同社では二〇二〇年までに二十万人の中・高校生がデジタルでモノ作りするようになることを目指している。
「米国のオバマ大統領は、アメリカが最先端の国であり続けるためには生活を変えるような技術などを身に付けた若者が必要で、新しいゲームを買うだけでなく、作る側になろう、と呼びかけています。こうしたことが象徴するように、今後プログラミング習得の必要性はますます高まっていきます。それを中・高校生のうちに学べる機会を作りたいと考えています」
 教師を志して大学院に進んだ水野は、その資格を得た在学中に日本有数の進学校の開成高校(東京)で物理の非常勤講師になる。そして週二回、二年間教鞭をとった。
「開成高校の生徒は自分で物事を考えて行動し、一人ひとりが自立している。学風に個人の可能性を最大限に伸ばせばやれる、という子供たちへの信頼があるんです」
 このときの楽しかった経験は、水野を中・高校生の教育に関わることへ惹き寄せる。ただ大学院卒業後は、三年間ベンチャー系の人材コンサルタント会社に就職した。
「社会人経験してから教育の仕事をしたかった。世間のことを知っておきたかったのが理由です。ただ両親には結構反対されました。先生になるほうが安心ですからね」
 そして二十七歳のときライフイズテックの前身となる会社を創業する。着想は、実体験で子供たちに社会の様子を学ばせるキッザニアから得た。楽しみながら学ぶしくみを、ITに特化させて中・高校生に提供するのだ。
「キッザニアには、いま教育現場で求められている“学びが楽しくなるしくみ”のヒントがありました。誰かにやらされるのではなく、自分で学びたいことをやるのが一番身に付く。ITに特化したキッザニアと、開成高校で経験した自主性を重んじて子供を信頼する方針などがライフイズテックのアイデアを固める参考になりました」
 ただし起業は容易ではない。あるとき米スタンフォード大学のプログラミングのキャンプに息子を通わせた日本人女性が留学生を募っていることをフェイスブック(インターネットを通じた交流サービス)で知る。すぐに現地へ行って直接話を聞き、自らもキャンプを見学し、その運営者からノウハウを伝授してもらう。ただし、開業資金の蓄えはない。知人からの借金で資本金を集めた。
「(サイバーエージェントの)藤田晋さんの著書『渋谷ではたらく社長の告白』(幻冬舎)に勇気をもらいました。この本で起業の面白さや、会社を作ることの難しさなどを知り、自分がすべき行動を学びました。人生は一度きりなので挑戦しよう、と思わせてくれた本です」
 二〇一一年に何もない状態からスタートしたライフイズテックだが、現在は従業員が約二十名となり、大手のベンチャーキャピタルなどから投資を受けるなど順調に成長し、業界内外の評価も高まっている。
 そんな水野を父・雄一(六十四歳)と母・彰子(六十歳)は、本音では教職に就くことを期待したが、起業すると決めた本人の意思は尊重することにした、と振り返る。
「今から思うと、もの凄く負けず嫌いで、ここという場面で凄い集中力を発揮する。高校時代に野球をしていて、三年生の夏の大会前のことです。キャプテンの責任感もあったのか、夜遅くまでぶんぶん素振りをしていました。で、試合でもちゃんとヒットを打ちましたね。結局甲子園には行けませんでしたけれど。その後、今度は受験勉強です。一日十時間ぐらいずっと部屋で机に向かって猛勉強です。ありがたいことに塾にも通わず大学に合格しました。そんな子供だったので、最後までやり切るんだろうと思って意見を押し通しませんでした。それに就職を決めた時も、起業した時も、事後承諾。最後は自分の人生ですから。思うようにやれというしかありません」
 両親に信頼された経験もあるからなのか、水野が子供の可能性を信じ、その自主性を尊重する姿勢は一貫する。
「目指すのは、イチロー選手やマー君のような一流スポーツ選手が出てくるしくみを日本のIT業界で作ること。高校野球人口は約十九万人(二〇一二年高野連調べ)なので、そこまでプログラミング人口が増えればスターが出てくるはず。高校野球は、教育目的を掲げていますが、プロの登竜門にもなっている。プログラミング教育を通じて、子供たちに起業家精神を持たせる。そうすることで世界で通用するIT界のスターを生み出したいんです」
↑8月初旬、慶應義塾大学日吉キャンパスで行なわれたキャンプの様子。会場では軽快な音楽が流れ、中・高校生と大学生が入り混じってプログラミングによる作品を作っていく。この場を、家庭でも学校でもない第3の自分の居場所にする中・高校生は少なくない。
 いまアメリカでは十五歳の少年がすい臓がんの発見に寄与する画期的な方法を開発したり、イギリスの十七歳の高校生が開発したアプリが三十億円で米Yahoo!に買収されるなど、才能のある若者がITで新しいモノやサービスを作ったり、起業家として成功している。
 では日本はどうか。読者の中にはプログラミングは専門家の技術だったり、いわゆるオタクのものとお考えの方がいるかもしれない。しかし、そうした認識では「技術立国」「モノ作りニッポン」といった日本の評価も過去の栄光になりかねない。冒頭で触れた米大統領の演説にあるように、今後はITを使うだけでなく、作る側になることが求められる。そんな時代の要請に応えたい、と水野は考える。
 その際、プログラミング教育が「入り口」ならば、進路となる「出口」を作ることも念頭に置く。キャンプを一流大学のキャンパスで行なうのは、中・高校生たちに、自分はここで勉強したい、メンターのような大学生になりたい、と思わせるため。そしてメンターの大学生には、企業と関わりを深めて就職などの支援をする。そうして羽ばたいていくメンターを見て、中・高校生たちも追いかけたいという循環を作る。これが「出口」のひとつだ。
「ライフイズテックに子供を通わせる親御さんも、メンターが一流企業へ就職する様子を見れば安心すると思う。最近はプログラミングでAO入学を行なう大学も増え、社会からも理解され始めている。今後どんどんプログラミングに対する印象も変わってくるはずです」
 現在ライフイズテックでは、子供たちにプログラミングを教えるメンターの大学生を四〜五百人の規模で抱えている。彼・彼女らは、プログラム技術、カリキュラムの運用方法、中・高校生たちとの接し方などを約百六十時間の研修を通じて身に付ける。このメンターには採用枠の三倍以上もの大学生が応募し、経験者は一流企業へ就職する際に有利になると囁かれている。
 またマイクロソフトやヤフー・ジャパンなどとタイアップして、メンター経験者で優秀な大学生を採用できる「ITドラフト会議」を二〇一四年から実施した。この企画は、プロ野球のドラフト会議と同会場同演出で行なわれ、スターを生み出すことを狙いとしている。
 改革が叫ばれる中で一向に成果は上がらず、様々な矛盾が噴出する日本の教育制度。その大本は、明治維新前後に西欧の文化・文明を受容した頃にまで遡る。IT革命を産業革命との類比で考えるなら、水野の挑戦は明治期に官学を補った私学のような存在なのかもしれない。
 水野は別の取材で「平成の福沢諭吉になる」と語り、将来は理想の中高一貫校を作りたいという構想を持つ。
 何もプログラミングのような理系を重視しろというのではない。文科省の見直し通知を批判するのも結構だが、文系側からも、中・高校生や大学生を振り向かせる水野のような挑戦者が出てくることを期待したいのだ。
【ライフイズテックとは?】
シリコンバレーIT教育法をモチーフとした中・高校生向けのIT教育プログラムを提供する。現在は、夏休みなど長期休暇期間を利用したキャンプが中心で料金は5日間で5万9500円(通いプラン)。まるで林間学校のような宿泊込みのプラン(4泊5日で11万9500円)も用意している。全国に7か所の教室に通学するコースもあるほか、このリアルなプログラミング体験をオンライン上に再現することも構想中。これにより全国の中・高校生にIT教育プログラムを提供することを目指す。メンターと呼ばれる大学生が中・高校生を教えるのが特徴で、参加した中・高校生はプログラミングして作った作品を、父母などの参観で発表会を行なう。資本金は1億6845万円(2015年9月現在)。従業員は約20名。本社所在地:東京都港区南麻布2-12-3 南麻布ビル1F 
https://life-is-tech.com/
  • 本の窓
  • 豪華執筆陣による小説、詩、エッセイなどの読み物連載に加え、
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「いまどきの若いもん」解体新書 第3回

橋本保
はしもと・たもつ
1967年生まれ、東京都出身。情報誌などでITやモバイル関連の記事を執筆する。機器はもちろんだが、それを使う人々や、トレンドなどの現象を追いかけるのを得意とする。