BOOK PEOPLE × 本の窓
普通の会社員の道を選ばず社会で注目を浴び始めている若者たちは、
どんな風に育ち、いま何を考えているのか?
二十代で震災を経験し、ゆとり世代前後の彼・彼女らの
本音と向き合い考察する。
釣  書
  • 中澤優子(なかざわ・ゆうこ)
    昭和59年12月7日生まれ
    現住所 東京都

    経歴 
    平成15年4月 中央大学経済学部入学
    平成19年3月 同大学卒業
    平成19年4月 カシオ計算機入社。カシオ日立モバイルコミュニケーションズへ出向
    平成22年5月 同社と、NECの携帯電話部門を統合したNECカシオモバイルコミュニケーションズ発足
    平成24年3月 カシオ製機種の新規開発中止を機に退職。以後、フリーランスで商品企画や、企画立案を請け負う
    平成25年4月 東京・秋葉原にパンケーキ、オーダーメイドケーキを提供する「CAFE by PREGO」を開店
    平成26年11月 「DMM.make AKIBA」がサービス開始
    平成27年7月 UPQ社設立
    同年8月 新製品の家具・家電24製品を発表
    同年10月 スマホの1号機を発売
    年収 800万円以上
    趣味・特技 スノーボード、クラシックバレエ
    尊敬する人物 特になし
UPQ
「授業中に教科書で隠しながら携帯電話でメールとかをしていますよね。そのうち携帯電話を開けたまま教科書を上に被せ、その上から俯せに寝ちゃう。目が覚めて教科書を退かすと、当たり前ですが携帯電話が壊れている。当時は〇円だったので次々と交換してました。大学生のときだけで四十台くらいは使って、それらは今でも私の思い出として残っていますよ。もともと機械音痴でテレビとかも叩いたら直る、って感じなんですが、携帯電話は大好きで、それがメーカーでモノ作りの仕事をしてみたいと思ったきっかけです」
 携帯電話は、九〇年代後半から爆発的に普及し、往時には日本だけで十数社が犇めき合う業界だった。二〇〇八年に日本でも米アップル社の『アイフォーン』が発売されると、この手のスマートフォン(いわゆるスマホ)に注目が集まり、いまではこちらが主流になりつつある。
 スマホは従来の携帯電話と違って日本固有の仕様をベースにしなかったため、海外メーカーにも参入機会を与えることになる。世界規模で競争をする“列強”は、最新技術の開発・製造や価格などに競争力があった。こうした中で日本のメーカーは苦境に立たされる。もちろん手を拱いていたわけではないが、撤退が相次ぎ、現在はいくつかのメーカーしか残っていない。
 この熾烈な業界の中で、中澤優子(三十歳)という一人の女性が大手メーカー顔負けの奮闘をしている。冒頭でも触れたとおり、もともとはどこにもいる普通の女のコだったが、彼女が率いるUPQ(アップ・キュー)社は、開発に着手してから三か月で第一号機となる『UPQ Phone A01』を発表し、今年十月から商品を発売した。携帯電話会社が取り扱う機種が八〜十万円もする一方、性能や機能は遜色ないにも拘らず、約一万六千円という価格の魅力も持ち合わせている。
↑UPQが10月に発売した『UPQ Phone A01』(1万6092円、税込)。いま店頭に並んでいるスマホと比べても遜色のない性能や機能を備えながら低価格を実現。いわゆる格安SIMを利用すると、月々の通信費を大幅に安くすることができる。
 どうして戦後の成長を象徴するような日本の大手メーカーが苦戦する中で、中澤がモノ作りに参入できるのか。それには、この業界特有の要因がある。
 ひとつは、香港に隣接する深圳(中国の広東省)にスマホなど情報通信機器の製造を請け負う工場が犇めき合い、質の高いモノ作りを行なっているため。あの『アイフォーン』も、実は深圳に製造拠点を置く企業が生産を請け負っていて、アップル社はデザインや設計、販売やマーケティングなどをするのみ。従来の製造業のように、自らが企画して製造して販売までを行なう川上から川下までの垂直統合型のモノ作りは、スマホなどのIT機器の世界では必ずしも一般的ではなくなっている。
 また従来は、設計や試作品の製作、試作品の試験、量産品の品質管理などは専用の設備や知識・ノウハウが必要で、こうしたところに大掛かりな投資が必要だった。しかし、この環境を整えたうえ、販売や資金繰りを支援する「DMM.make AKIBA」というサービスも現れた。同サービスは、ネット通販やビデオ配信を提供するDMMドット・コム社の関連会社が提供する。これを利用して商品を企画して生産するめどを立て、販売までの計画を立てれば金融機関へ融資の相談に行くこともできる。さらには起業家に向けたオフィスも提供していて、モノ作りをする仲間同士で情報交換もできる場になっている。中澤のUPQ社もここに事務所を構える。
「今年六月までカフェで“いらっしゃいませ”と接客していた私が、スマホを作ることを決めてから約三か月で発売することができたのはなぜか。一言で言えば、そういう時代が来たということ。やる気があれば誰でもモノ作りができるんです。私はメーカーで仕事をしていて、ある日突然スマホが作れなくなり、悔しかったし、悲しかった。だから、何とかもう一度モノ作りをしたかった。そのチャンスを活かした。それだけのことです」
 彼女は、二〇〇七年にカシオ計算機に入社し、同社と日立製作所が出資した携帯電話開発会社、カシオ日立に出向する。そして一年目から学生時代からやりたいと思っていた携帯電話の開発に携わる。それはちょうど市場が携帯電話からスマホに移り変わる時期に重なる。その出向先がさらにスマホに事業の軸足を移す過程でNECの携帯電話部門と事業を統合し、NECカシオとなる。しかし、その新会社は二〇一二年春に新しいスマホの開発を中止した。
「当時は他社も積極的に人員整理をしていたので、商品企画をしたくても行き先がない。でも私以上に大変だったのは、一緒に仕事をしていた四十代、五十代のエンジニアたち。営業など職種を変えれば別ですが、モノ作りをしようと望んでも職がなかった。ハローワークに行ったけれど、『その歳では仕事はありませんね』と言われたり、『今日はパン屋さんのバイトを見つけた』といった感じで暮らしていたようです。収入が減って奥さんが逃げちゃったとか、気を病んだ人も少なくありません。また、家のローンもあるし、子供の教育費がかかるので職種を変えて会社に残った方も、本心ではモノ作りを諦めきれない。胸が締めつけられる、とても辛い時期でした。
 そうした中で私は退職金を元手にカフェを始めることにしました。お客さんと接していると気が晴れますし、日々の稼ぎがあるので生きていく実感もわく。いつかモノ作りをするときの市場調査にもなるな、と。あと先輩たちなど昔の仲間に足を運んでもらってお話をしたり、働いている姿を見てもらうことで気を取り直してもらうことができるんじゃないか、と思いました」
 カフェは、二〇一三年四月に秋葉原界隈で始め、営業も順調だった。でもモノ作りを諦めたわけではなかった。「DMM.make AKIBA」のようなチャンスがあることを知り、今春から動き始める。
 ただ、どうしてそこまでスマホなのか。女性ならば洋服やアクセサリーなどでも良いはずだが。
「スマホって日常的に持ち歩くものなので、使っているうちに愛着がわきますよね。使わなくなった古いものを見ると、昔の思い出が蘇ってくる。たとえば擦れたプリクラがあるのを見て、“あの頃は、あの子と仲が良かったなぁ”とか。そうして愛着がわくうえに、誰かとやり取りしたり、写真を撮ったりと、色々なことができる。洋服やぬいぐるみなどは、使っていて何か変化が起きるところはないですから。あと、使ってくれる方が、“ここは具合が悪いけれど、こうすると良くなる”とか、“次はこんなモノを期待している”など、さまざまな反応がある。大量生産するものは、多くの人とモノ作りを通じてコミュニケーションができる。それが楽しいんです」
 さらには、カシオ日立などで優れた仲間と一緒に仕事ができた興奮が忘れられないとも話す。
「カシオ日立は、最小規模クラスのメーカーで、私は企画から開発、販売からマーケティング、アフターケアまで携わらせてもらいました。とくにモノ作りの場面では、私のアイデアを先輩のエンジニアの方々と侃々諤々の議論をしながら、文字通り寝ずに作ったんです。今日一日がんばったら、明日良いものができるからやりきろう、そんな恵まれた環境でモノ作りをすることができました。そうした昭和っぽい、泥臭い現場の楽しさを知ってしまったので、もう一度チームで仕事がしたいと思っていました。私は学級委員のような優等生ではなく、学園祭のような催しごとを仕切らせると能力を発揮し、燃え尽きるタイプ。それもあってチームで仕事がしたいという思いがありました。いま中国の協力会社の方々や、岩佐さん(モノ作り世界では尊敬を集めるCerevo社の岩佐琢磨氏)のように素敵な人たちと仕事をできている。
 日本の会社で仕事をしていたときには中国で作るものは安かろう悪かろうという先入観を持っていました。けれど日本でも中国でも、きちんと仕事をする人はするし、ダメな人はダメ。要は、誰と仕事をするかが大切ということを改めて知るなど、新しい発見もありました」
 何が何でもモノ作りをしたいという信念で困難を突破してきた中澤優子。発売したスマホは順調に販売数を伸ばし、好調なスタートを切った。それは、IT機器のようなものだからこそ、温かみがあり心がこもったモノを求める人がいることを裏付けているのだろう。
【UPQとは?】
カシオ日立などで携帯電話やスマホの商品企画を担当していた中澤優子が始めた家具・家電ブランド。自社では工場を持たず、製造は海外工場に委託し、販売はDMM.make STORE(https://make-store.dmm.com/)などネット通販を行なうほか、蔦屋家電、ビックカメラ、ヤマダ電機などでも販売する。本文ではスマホの話を中心にしたが、モバイルバッテリー搭載のスーツケースやリプロダクトデザインのリビングチェアなど24製品を取り扱う。 従業員は5名。本社所在地:東京都千代田区神田練塀町3 富士ソフト秋葉原ビル11階 
http://upq.me/
  • 本の窓
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「いまどきの若いもん」解体新書 第4回

橋本保
はしもと・たもつ
1967年生まれ、東京都出身。情報誌などでITやモバイル関連の記事を執筆する。機器はもちろんだが、それを使う人々や、トレンドなどの現象を追いかけるのを得意とする。