BOOK PEOPLE × 本の窓
普通の会社員の道を選ばず社会で注目を浴び始めている若者たちは、
どんな風に育ち、いま何を考えているのか?
二十〜三十代で震災を経験し、ゆとり世代前後の彼・彼女らの
本音と向き合い考察する
林 尚弘(31歳)
(株式会社A.ver代表取締役社長)
釣  書
  • Photographs:Chisato Hikita
  • 林 尚弘(はやし・なおひろ)
    昭和59(1984)年11月19日生まれ
    現住所 東京都

    経歴 
    平成15(2003)年3月 千葉県立船橋高校卒業。受験に失敗したため、浪人
    平成16(2004)年4月 学習院大学法学部入学
    同年12月 武田塾の運営会社のA.ver(エイバー)社を設立。予備校のアルバイトをしながら、家庭教師の派遣などを始める
    平成18(2006)年1月 インターネットの掲示板(2ちゃんねる)に「武田」というハンドル名で受験相談を開始。その後、ブログ「武田の受験相談所」を立ち上げる
    同年3月 東京・御茶ノ水に「武田塾」を開校
    平成25(2013)年春 ある塾経営者に頼まれてフランチャイズの展開を計画し始める
    平成27(2015)年12月 「武田塾」が80校舎を突破

    年収 武田塾加盟のオーナーさん並みにはもらっています
    趣味・特技 とくになし
    尊敬する人物 小泉純一郎
    長期政権で、いろいろな改革を実行した。自分も総理大臣になり、教育などの諸問題に取り組みたい。
“正しい勉強法”で受験生の理不尽を解消したい
「日本初、授業をしない学習塾」
 そんな看板を掲げる受験予備校の武田塾が、フランチャイズ(FC)経営で全国に急拡大をしている。
 FC本部の社長は、現在三十一歳の林尚弘。彼は、高校生・浪人生の頃、約二百万円も予備校に使いながら志望校へ行けなかった挫折、そして予備校でアルバイトをしながら知った受験ビジネスのからくりなどに疑問を感じ、大学二年生だった二〇〇六年三月に武田塾を始めた。
「偏差値を上げたい、成績を伸ばしたいと思ったら、教科書や参考書の内容が理解できるまで復習して暗記し、練習問題を解く、これが“正しい勉強法”なんです。高校生ならば授業は学校で受けているので、参考書で復習すれば十分。つまり自習して、わからないところがあれば聞ける環境があれば良い。予備校や学習塾の授業は要らないんです。でも授業を受けたほうが、受験生も親も安心なんです。そこで予備校や学習塾は授業をする。そして授業をしたことによって講師の給与が払われる。これがからくりであり、業界最大のタブーなんです」
 林は、こんな自説を『予備校に行っている人は読まないでください』(宮帯出版社)や『参考書が最強! 日本初!「授業をしない塾」が、偏差値37からの早慶逆転合格を可能にできる理由』(幻冬舎)などの著書で、自分が味わった理不尽な経験なども交えて展開する。
 一言でいえば、参考書を中心に徹底的に自習すれば成績は上がる、と林は考えているのである。
 というのも大学入試のようなペーパーテストは必ず出題範囲があり、教科書や参考書、過去の問題が豊富に流通している。それならば、@出題範囲の知識の欠損をなくす、A過去の出題問題を徹底的に解く、B本番で自分の力を出し切るという三つをきちんとやれば成績が上がる。よって、“正しい勉強法”というわけだ。
 たとえば私立文系を志望する受験生がいたとしよう。その際は、まず英語から着手する。基本は、英単語、熟語、文法。そして、その受験生に応じた参考書を完璧にする。「完璧にする」とは、どこから何を出題されても答えられる状態のこと。徹底的に反復するのだ。
 英単語、熟語、文法のうち、最も基本となるのが英単語なので、刀祢雅彦/霜康司『システム英単語(改定新版)』(駿台文庫)に掲載された英単語を毎日百個ずつ覚えていき、二千百九十七個ある語彙を約一か月で完璧にする。ちなみに同書は、中学生レベルの単語もたくさんある。なので中学校の復習をして、そのレベルの知識に欠損がないかを確かめることにもなる。
 実は、大学受験で成績が伸び悩む受験生の多くが、中学時代の知識に欠損があるため何度も躓く。本気で受験に取り組んでからそれを知るのはショックだが、確実に成績を上げるなら、遠回りのようでいて、それが最も近道になる。そして小手先の技術で合格を勝ち得たわけではないので、大学進学後の授業の理解度がまるで違う。
 このときにポイントとなるのが、受験生の学力に低すぎず、高すぎないレベルの参考書をベストミックスしていくこと。ある参考書の何章までをやったら、次は別の参考書、でもここは前の参考書との重複があるので、この部分だけを集中的に取り組んでね、とカスタマイズをしたうえで、それが出来ているか到達度を毎週テストする。これは過去十年間に指導してきたノウハウの蓄積や、出題傾向、そして受験生の性格などを加味して行なう。
 武田塾における講師は、親切なTA(ティーチング・アシスタント)のような存在である。TAとは大学の学部生に、担当教員の指示のもとで指導役を果たす大学院生などの学生。年が離れた講師とは違い、年齢が近いので相談に乗ってもらいやすい。ちなみに担当教員に相当する役割は、それぞれの校舎責任者が、御茶ノ水本校の支援を受けながら行なう。とにかく自主性を育てることを徹底する。
 こうしたノウハウを自社のブログで惜しみなく、無料公開しているのも特徴のひとつといえる。
「無料相談に来てもらったら、レベルにあった参考書や時間割のプログラムを無料で作り、ブログを見て自習することを勧めるんです。入塾してもらわなくても、“正しい勉強法”を教えてもらえたら嬉しいはず。それで成績が上がる受験生ならば、予備校は要らないですから」。
そんな慈善事業のようなことをしていたら評判が良いかと思いきや、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」などには口汚い書き込みが後を絶たない。
 武田塾は、「2ちゃんねる」でのやり取りを基にしたブログ「武田の受験相談所」を更新したことに遡る。これと並行して家庭教師の派遣などを行ないながら、二〇〇六年三月に御茶ノ水に教室を構えた。
 こうした経緯があるため武田塾の熱心な観衆が存在する。そして初期の運営の混乱や退職者による感情の発露、前述のブログへの批判などが書き込まれる。
 その一方で「偏差値三十六・九で入塾し、一年後に早稲田大学の教育学部と人間科学部に合格」「偏差値四十台で入塾したが、慶応大学経済学部に現役合格」など、低い偏差値から志望校に“逆転合格”する人も多い。
 評価は真っ二つに分かれるのだが、そうした賑わいは良くも悪くも武田塾を知らしめることに一役かっている。
 実は予備校や学習塾の経営にとって広告宣伝費は、大きな負担になる。これまではテレビCM、街の屋外広告、新聞チラシなどが使われていたが、広告の主戦場はインターネットにシフトしている。そもそも、既存媒体を受験生が見てくれないので、インターネットを使わざるを得ない。が、そこでの賑わいを作るには非常にコストがかかるうえ、ノウハウは一朝一夕に培われるものではない。これは既存の広告媒体を使ってきた企業にとっては深刻な課題だ。従来は広告代理店やPR会社に頼めば何とかなってきたが、インターネットでは良いことばかり伝えても届かないほか、内容や手法が適当でないと“炎上”と呼ばれるお祭り騒ぎが起きる。インターネットで広告展開する際は、罵詈雑言をぶつけられても揺るがずメッキが剥げない、逞しい精神性が求められるが、担当者やその上司、組織が向き合える体制なのかも問われ、お金をかければ済む話ではない。
 武田塾の場合、最初から悪評が消えないので、その耐性があるどころか、むしろ逞しくなっている。実は取材で林に会ったとき、自分のことを「うちは怪しいと言われていますから」などと必要以上に卑下して露悪的に話をするのが印象的だった。それは常にインターネットでの悪評があることとは無縁ではないだろう。
武田塾に乗り換えて、費用半分、売上倍増
 実は、“正しい勉強法”は有効なばかりではなく、儲かるのである。創立から約七年間は御茶ノ水校(東京都文京区)と市川校(千葉県市川市)の直営二校で歩んできた武田塾だが、二〇一三年からは加盟店オーナーに暖簾分けをしていくFC方式で全国展開を始めた。ある塾経営者同士の勉強会で、懇願されたのである。
「ある学習塾の経営者の方が“授業をしない学習塾”の仕組みに興味を示されたんです。それが、そもそものきっかけです。うちは一校あたりの収益性も高いんです」
 インターネットに公開されているFCオーナーを募るための資料や動画を見ると、通常の学習塾は一人あたりの授業料の単価は月額二万〜三万円なのに対し、武田塾のそれは六万円程度ということがわかる。モデル校(市川校)の実績では、年間売上は三千九百万円、営業利益は千九百六十六万円。それまで小中学生向けの塾を展開したある加盟店のケースでは、本部に支払うロイヤルティ(十五パーセント)を差し引いても、従来よりも売上が二倍になり、人件費は半分に下がった。
 武田塾は、二〇一五年末で約八十校まで増えていて、直営校と加盟校を合わせると売上は約二十億円になる。二〇一六年中には百五十〜二百校まで増やす計画で、そこまで増えると相当の存在感になってくる。
 このFC戦略は、二〇一三年春に東進ハイスクールや牛角などのFC展開に携わってきた竹村義宏と出会うことで急展開する。竹村は加盟店募集用の動画の中で、授業ではなく復習や自学自習が大事であることは知りながらも出来ないジレンマがあったことを窺わせ、それゆえに授業をしない武田塾の新しさをよく理解する専門家として、FC事業に携わっているようだ。
「FCは上手に使えば、よい商材を少ない資金で、多くの人に届けることのできる逆転合格ならぬ逆転経営。本部だけでなく加盟店の方が喜ぶ、たとえば本部は上場しませんが、加盟店のオーナーさんが上場してくれたら良いなと思って、その支援なども考えています」
 実際に出資をして武田塾の加盟店になった方は、林をどう見ているのか。センター試験が行なわれる直前のある日、田町校(東京都港区)にある武田塾の統括責任者・福本稔に時間をもらった。福本は教育関連会社を二〇一四年十二月に退職し、二〇一五年一月から田町校を始めた武田塾の加盟店オーナーである。
 実は、自分の息子を津田沼校に通わせる親という顔も持つ。自分の息子が武田塾に通うことを妻から相談されたとき、そのコンセプトに共感して入塾させた。その後、武田塾がFC展開をしていることを知り、加盟店になった。
「武田塾のやり方は奇抜そうに見えますが、勉強の最も基本的なことを忠実にやっているだけ。結局は本人が自主的にやらなければ成績は上がりませんから。ただ、自分も同じ立場なのでよく分かるんですが、親は口を出したい。それは不安や心配からなのです。なので私たちは受験生にも親御さんにも一番いい方法(=“正しい勉強法”)のお手伝いをするのが役目と思っています」
 田町校での合格実績は、今年が最初の受験シーズンなので原稿執筆時には分からなかった。しかし昨秋に上智大学外国語学科へAO入試合格した女子生徒がいる。
 武田塾の加盟店になるには、オーナーは一千万円前後の投資をする。その際、インターネットでの武田塾の悪評は気にならなかったのか。福本に聞いてみた。
「前評判って自分で確かめてみないと判断できませんよね。なので、気にしませんでした。むしろ全校のなかには好調なところとそうでないところがある。そうでないところはなぜなのかという分析と、改善に向けた取り組みなどをしてくれる林さんの姿勢に共感を持てました」
 つまり、林は門を開けて全部見せるので、自分の目で見て判断し、選んだ後は自己責任だよね、というタイプなのだろう。その飾らないスタイルは、インターネットを舞台にしてきたことと関係あるに違いない。
 少し気になることがある。
 その急成長を見た新興勢力に“授業をしない学習塾”を真似られても、存在感が示し続けられるのだろうか。
 また二〇二〇年に向けて文科省が進めている制度改革実施後も、武田塾の逆転合格のノウハウは通用するのか。武田塾と競合する既存勢力は政治力まで総動員して対抗策を打つはず。再逆転されない、潰されない手はあるか。
 加えて、感情を昂らせて大衆を惹きつけるポピュリズム的手法は、教育分野にも馴染むのか。そうした手法を使うならば、今後注目度が増すにつれ、生活態度などお行儀の良さも求められるが、それが窮屈にならないか。
 世間では、「いつやるか? いまでしょ」の林が有名だが、それとは別の有名人として林が注目人物になれるのか。何か世間を騒がす存在になりそうな気配だ。
↑当初立ち上げたものを発展させた公式ブログ「逆転合格.com」。ここでは志望校や学力に応じた参考書の選び方や、教科別の勉強法が細かく紹介されている。受験生は文字を読むよりも動画のほうがわかりやすいと考え、無料動画を頻繁に投稿している。
【武田塾とは?】
高校時代に学習塾に通っていながらも偏差値が下がった経験から、予備校や学習塾で授業を受けるよりも、同じ時間に試験範囲の参考書などを使って自習したほうが成績が上がることを経験的に発見。また偏差値は、標準偏差以上のところに自分の成績が位置しないと上がらないことにも着目し、より多く、より先に勉強を進めた受験生が合格を勝ち取るという視座に立った指導をする。自分との闘いである自立学習を促す方法なので馴染まないと考える受験生や親がいる一方、絶賛の声も決して少なくない。
本社所在地:東京都文京区本郷3-4-4 イワサ&Msビル2階
http://www.takeda.tv
  • 本の窓
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「いまどきの若いもん」解体新書 第7回

橋本保
はしもと・たもつ
1967年生まれ、東京都出身。情報誌などでITやモバイル関連の記事を執筆する。機器はもちろんだが、それを使う人々や、トレンドなどの現象を追いかけるのを得意とする。