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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第9回
  • 2016.6
橋本保/取材・文
普通の会社員の道を選ばず社会で注目を浴び始めている若者たちは、どんな風に育ち、いま何を考えているのか? 二十〜三十代で震災を経験し、ゆとり世代前後の彼・彼女らの本音と向き合い考察する
高橋祥子(28歳)
(株式会社ジーンクエスト代表取締役)
釣  書
  • Photographs:Chisato Hikita
  • 高橋祥子(たかはし・しょうこ)
    昭和63(1988)年2月9日生まれ
    現住所 東京都
    経歴 
    平成18(2006)年3月 大阪府立北野高校卒業
    同年4月 京都大学農学部応用生命科学科入学
    平成22(2010)年3月 同大卒業
    同年4月 東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程入学
    平成24(2012)年3月 同大大学院修士課程修了
    同年4月 同大大学院博士課程進学
    平成25(2013)年6月 ジーンクエスト社設立
    平成26(2014)年1月 遺伝子解析サービス開始
    平成27(2015)年3月 同大大学院博士課程修了(農学博士)
    平成28(2016)年2月 第2回日本ベンチャー大賞で「経済産業大臣賞(女性起業家賞)」を受賞
    年収 非公開
    趣味・特技 ロードバイク
日本初の一般向け大規模遺伝子解析サービスを始めたリケジョ
 遺伝子検査ダイエット、肥満遺伝子検査、乳がん遺伝子検査──いま遺伝子を調べて自分の体を知るサービスが増えている。また出生前診断や、子どものDNAで親子鑑定するニュースが世間を騒がすなど、遺伝子やDNAなどを巡る話題も身近になってきた。
 従来遺伝子検査は、病気の診断を行なう医師や専門機関の研究者などが行なっていた。しかし、技術革新や意欲的な研究者や起業家たちにより、数年前から一般向けの遺伝子解析サービスが現れた。米国などでは法的整備や社会的合意も得られ、普及の土壌が整いつつある。
 日本では、まだあどけなさも残す、当時二十五歳の東京大学大学院の一女性研究者が、国内初の個人向けサービスを二〇一四年一月から提供し始めたことが嚆矢となった。ジーンクエスト社を起業した高橋祥子である。
「研究の精度を上げるには、膨大なデータが必要ですが、日本ではそうした環境が整っていない一方で、アメリカでは遺伝子の大規模解析の環境が出来つつある。また遺伝子情報の科学的根拠がない効果までを謳った商品が出回ったりしています。このままでは研究が遅れたり、間違った認識が社会に広まると問題意識を持ち、在籍中のうちに起業しなければと思ったのです」
 ジーンクエストのサービスは、申し込むと同意書とともに、唾液を採取するキットが送られてくる。それを返送して約一か月するとウェブサイトを通じて、病気のリスクや体質に関する遺伝情報などが見られる。
↑唾液を採取する遺伝子解析キット。解析結果を知るにはウェブページが見られる環境が必須となる。なお18歳未満の検査および申し込みはできない。親が子どもの唾液を送ることも禁止している。18歳未満では生活習慣病を発症しにくいことや、子ども自身の意思を尊重する倫理的な観点から。
 病気のリスクでは、2型糖尿病、B型肝炎、円形脱毛症、高血圧症、腎臓結石、潰瘍性大腸炎、脳卒中など。体質ではBMI(体格指数)、飲酒量、ニコチン依存、血中尿酸値、胸囲(胸の大きさ)、血圧、カフェイン摂取量、髪の色、眼の色、寿命などの項目がある。
 疾患リスクは三段階、その根拠となる論文の信頼度は五段階で示される。論文の引用元が参照できるため、なぜその結果が導き出されたかを確認することができる。また、その論文はアジア系集団での研究結果が反映されているかも簡単にわかるのも特徴といえる。
「がんのリスクの高い方は、がん検診を受けるようになったとか、糖尿病のリスクのある方は食事に気をつけるようになったそうです。私自身を調べると、身長は平均よりやや高く、黒髪。低血圧気味で、お酒が強くないと納得感のある結果が出てきています。結石のリスクが高いので、シュウ酸が多く含まれる生のほうれん草を食べないようにするとか、緑茶ではなくほうじ茶を飲むようにしています」
 生まれ持った遺伝子の情報は、一生変わらない。一度ジーンクエストのサービスを利用して調べれば、研究が進んで、新しい知見が整ったときに、それに伴って無償でメニューが追加される。例えばサービス開始後の二〇一四年八月には祖先解析、同十月にはがんリスクなどが追加されるといった具合。サービス開始当初の解析結果は約二百項目であったが、現在は二百九十項目まで増えた。「日々進化していく研究結果を社会に還元したいので、私たちのサービスは単純に唾液を調べて結果をお伝えするだけではありません。データがたくさん集まれば、現在わからないこともわかるようになるし、わかることが増えれば多くの方に興味を持ってもらってデータを提供いただきやすくなる。このように研究とサービスの相乗効果を生み出していくことが起業した真の狙いなんです」
遺伝子検査ではなく、遺伝子解析
 そもそも遺伝子やDNAとはなにか。良くわからないという方が大半だろう。その背景を高橋はこう話す。
「ヒトの遺伝子やDNAのことは義務教育で扱わないため、専門家と呼ばれる方の議論の中でも本当に理解されていないこともあるんです」
 遺伝子は、生物個体の特徴となる形や性質(形質)を伝え、それを発現させるもとになるもの。DNAは、遺伝子の媒体部分である。この遺伝子が要因となり、親から子、子から孫へと形質が受け継がれる遺伝という現象が起こる。ただ、遺伝現象は「メンデルの法則」のとおり形質の現れ方に法則性があるものの、人間においてどう現れるかは必ずしも解明されきれないことが多い。
「実は遺伝と遺伝子という訳語がいけてないんです。英語では遺伝はheredityで、遺伝子はgene。heredityは、受け継ぐ、geneは、生み出すの意味を持つラテン語が語源で、その違いがニュアンスとして伝わるんですが、日本語では似た言葉なので良く伝わらないんです」
 ジーンクエストでは遺伝子解析としているが、世間では同種のサービスが遺伝子検査と呼ばれている。
「検査は医師が行なう医療機関の行為のように聞こえますが、当社のサービスは医療機関で行なう検査とは違います。例えばダウン症の出生前診断などは受精卵を調べますが、私たちでは唾液です。仮にがん患者の方がご利用になっても、当社のサービスではがんのリスクについてのみで、現在発症しているかどうかの結果は出ません。
 病気は先天的な遺伝的要因だけでなく、生活習慣など環境的要因も発症に影響を与えます。医師が行なう遺伝子検査は、いまの体の状態を調べ、診断することを目的としますが、私たちの遺伝子解析は生まれ持った土台を調べて大規模な生体情報をデータ解析することで病気のリスクをお伝えする。生活習慣病などを見直すきっかけとして自分の体をよく知っていただくことが目的です」
 彼女が会社を設立してサービスを始めると、東大発の学生ベンチャーとして注目され、大手IT企業のDeNAやMTIなども参入し、市場が活発化。ジーンクエストは、ヤフー・ジャパンと業務提携し、「Yahoo! ヘルスケア」でサービスを扱うようにした。その成果として、約一万人分の本人の同意を得た匿名の遺伝子情報をもとに、地域ごとの特性と、遺伝子の環境的要因と疾病の関係を調べる追跡調査において、有力な研究手段になる可能性を示す学会発表を行なった。
 このように研究とビジネスを循環させる取り組みなどが評価され、第二回日本ベンチャー大賞で「経済産業大臣賞」を受賞するなど存在感を示している。
常に支えとなった父親の教え
 いま脚光を浴びる高橋だが「内向的でおとなしいけれど野心家」と自己評価する。彼女は、父や祖父なども医師である一家の次女として生を受け、五歳から小学校二年生までの二年間をフランス西部の都市ナントで過ごす。ここでの生活が彼女に少なからず影響を与えた。
「五歳で移り住んだので、気づいたら自分が外国人だったんです。『日本ではどう?』と違いに興味を持たれ、それが原因でいじめられるどころか好意を持たれたんです。幼いながら、人と違う個性を持つことは素敵なことなんだと実感したんです。けれど帰国して通った大阪の小学校では正反対。人と同じことを求められるし、女子グループを作ると、他とは仲良くしちゃダメと言われるし、一緒にトイレに行ったりする。うまく馴染めずにいじめられることもありました」
 母・真理子は「すごくおとなしくて口数が少なく、赤ちゃんのときにも泣かないので育てやすかった反面、何を考えているのか良くわからなかった」と振り返る。
「あまりに内気なので心配になり、ある日幼稚園に見に行ったことがあります。その日はプールの授業で周りの子たちは水に入ってキャッキャと言っているのに、(祥子は)プールサイドでうずくまっていました。そのときはもう胸が締め付けられるような思いでした」
 もともとのおとなしい性格だったうえに、環境の変化に馴染めず、内向きな傾向に拍車がかかる。そんな高橋を支えたのは「他人の評価を気にせず、自分の世界を深く持て」という父の言葉。これを紙に書いて筆箱に入れておき、辛い時や挫けそうなときに何度も見返した。父の教えに従い、物事に打ち込むと、常に学年でトップクラスの成績として成果が現れた。また中学生のときから始めたトランペットでは唇から血が出るほど練習し、ソロ演奏で関西大会に出場すると、高校の推薦入学の誘いが来るほどになる。とにかく一つのことを始めると、とことん突き詰める。負けず嫌いで、成果が出るまで打ち込む。そんな性格は、こうして育まれていったようだ。
 そして、京大での生活では女子グループがなかったこともあり、居心地が変わっていく。
「女子が少ないこともあり、一人でごはんを食べている女の子が普通にいる。研究に没頭しても何も言われないどころか評価される。すごく楽になりました」
 ただ、大学院は東大に進むことになる。「同じところで惰性でやってもダメだから」と大胆な決断をする。
「ある日、ふと深夜バスで東京に行ったんです。東京はそのときが初めて。山手線のどの駅も人がいっぱいで驚き、こんなに人がいるなら刺激があるはずと思いました。そして東大の様子も見て、東京に移ることを決めました」
 高橋のことを伝えるある記事で、起業することを指導教員に打ち明けた時に「何を聞いても驚かないよ」と言われたエピソードが紹介されている。東大大学院に進んだ高橋は通常は三年の後期博士課程を二年で修了させたいと指導教員に掛け合ったという。当時農学部には早期修了規定がなく、それを作るきっかけを作ったというのだから、その溢れるバイタリティは相当なのだろう。
 いま日本の遺伝子解析サービスは、その普及に向けた環境作りが急速に進んでいる。改正個人情報保護法におけるゲノム情報の取り扱いや社会環境整備、さらには法整備を視野に入れた省庁横断の検討会(事務局は厚労省)が昨年十一月に設置され、今夏には報告書が取りまとめられる。例えば保険会社が加入条件に遺伝子情報を濫用するなど米国で起きた事例などを防ぐためである。
「従来遺伝子情報は限られた範囲で扱われてきたため、幅広く一般の人が知ることに反発もあります。ただ批判が出るということは、この技術やサービスが新しい証拠。批判されないものは新しくないことと同義です。いま法整備や社会的倫理の議論が起きているということは、これが新しいことの証なので良いと思っています」
 今後議論が進む過程で、遺伝子解析サービスに関する話題がさらに増えることは間違いなさそうである。
 話はまったく変わるが、高橋がサービスを発表した翌日、「STAP細胞論文」を発表し、日本中を騒動の渦に巻き込んだリケジョがいた。彼女について聞いてみると「なんとも言えないですね」と素っ気ない反応が返ってきた。その後にこう続ける。
「私の研究室はたまたま女性が多く、みんな優秀でした。ただリケジョとかどうでもいい。男女ともに優秀なときに女性を選ぶのはわかるんですが、男性のほうが優秀なのに、数値目標達成のために女性を選ぶのは変です。
 まぁ、女性ということで研究職に就けたり、ビジネスでも世間に注目されやすいというのはありますけれど」
 他人の評価を気にせず、自分の世界を深く持て。この言葉を大事にして、内気な性格を克服し人間の体の謎の解明に取り組む高橋祥子。彼女の社会での活躍は、まだ始まったばかりである。
【ジーンクエストとは?】
日本で初めて一般向けに大規模遺伝子解析サービスを提供。遺伝子検査ではなく遺伝子解析と呼称するのは、「検査」という言葉に医療行為のニュアンスを感じさせるため。あくまでも病気のリスクや体質に関する遺伝情報などを知るためのサービスである。「ジーンクエストALL カウンセリングPLUS」(4万9800円)では、約290項目にわたる病気のリスクや、近視やアルコールの分解力などの体質を知ることができるほか、医師から解析結果に基づいたアドバイスが得られる。自分に合った食生活や、肌トラブルの原因がわかる「ジーンクエストLITE ダイエット+スキンケア」、骨や関節、認知機能の遺伝子を分析し、元気に暮らすヒントがわかる「ジーンクエストLITE 脳の老化+ロコモ」(ともに1万4800円)などもある。資本金は1億1000万円(資本準備金含む)。従業員は12人。2006年に創業し、約120万人の解析を行なった米国の先行サービス「23andMe」に、数年のうちに追いつくことを目指す。
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