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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第11回
  • 2016.12
橋本保/取材・文
高校生時代にアルバイトをしていた秋葉原の神林ビルの前で。「このビルは、常に時代を先取りしていて、ここに入っていた業種は、その後ヒットするという都市伝説があるんです」。ちなみに、このビルの数軒隣にはオウム真理教系のPCショップ「マハーポーシャ」があった。
桃井はるこ(38歳)
1977年12月14日生まれ。
シンガーソングライター、声優
秋葉原がオタク文化の聖地に変遷した時期に、いち早く路上ライブやコスプレなどをして“アキバ系アイドル”の先駆けとなった桃井はるこ。伝説をつくってきた彼女の言葉から、いまの秋葉原が解き明かされる。
Photographs:Chisato Hikita
モモーイがいなければ、AKB48もPerfumeも誕生しなかった
 桃井はるこ、三十八歳。女性ながらもオタク文化にどっぷり浸り、自らもシンガーソングライターや声優などとして活動するアーティストである。中学生、高校生だった一九九〇年代から東京・秋葉原に足を運び、電気街からオタク文化の聖地へ変わる様を身近に感じて育った。
 彼女のアーティスト活動を、“アキバ系アイドル"や“地下アイドル"の先駆けと見るファンや業界関係者も少なくない。まだ誰も路上ライブやパフォーマンスをしていないころから活動していた桃井はるこは、秋葉原を文化発信基地にしたことにも一役買っているのである。
「アキバ系って、メジャーデビュー曲『メール・ミー』を出すときに私が言い出したんです。当時“渋谷系"や“新宿系"の人がいたので、私は自分がよく足を運んで、大好きだった秋葉原っぽい音楽にしようと思って。
 秋葉原って電気街の時代から、ここにしかないパーツや製品が手に入るところでした。他の人から見るとガラクタの山だけれど、別の人からは絶対に必要で、それを探す人が集まる。あと、そんなこともできるんだという新しい発見がある。それはいまも変わらない魅力です」
 この秋葉原大好きなオタク女子の活動の原点は、彼女が女子高生だった一九九六年九月に、東京・新宿のロフトプラスワンで行なったワンマントークライブ「バーチャリアンコ・はる子の秘密」に遡る。当時は、濃い褐色の化粧をしたガングロギャルが渋谷などに現れ、援助交際がテレビの討論番組で取り上げられるなど、何かと女子高生が世間を騒がしていた。そんな世間を賑わす女子高生の中にオタクな子がいることが面白がられた。当日彼女は恋愛シミュレーションゲーム「ときめきメモリアル」(ときメモ)の主人公・藤崎詩織や、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のコスプレをするなどで大ウケ。午後七時から始まり、翌朝四時まで続いた。そのときのことを自著では次のように振り返っている。
〈あの会場のなかで一番楽しんでいたのは、たぶんわたし自身だったんじゃないかな、って思います。(中略)好きなことをやっていればいつか必ずそれを認めてくれる人が現れる、っていうことです。わたしはいわゆる「ヲタク」で、同世代の女の子の友達にはそういう分野の話はやっぱりしにくく、理解もあまり得られませんでした。でも、好きなものをもっと知りたい、っていう欲求は止められなくて、いつのまにかこういうふうになっていました。わたしのそういう所を、今日来てくださって応援してくれた方はとても面白がってくれていたみたいで、感激しました。ちょっと大袈裟だけど、「生きててよかったぁ」って(笑)〉(『アキハバLOVE』扶桑社)
 余談だが「はるこの秘密」は今年九月に二十周年を迎え、彼女はこのトークイベントを“第二の故郷"とチラシに謳うほど大事にしている。アイドルやアニメなどのオタクと呼ばれる人たちが心を通わせることのできる場所は、当時決して多くなかったし、いまでも桃井はるこが繰り出すオタクなネタで、朝まで盛り上がっている。
 話を戻すと、一九九六年頃からインターネットのホームページにアニメやアイドルなどをネタにした身辺雑記を綴り、それがきっかけで雑誌の連載を依頼されたり、喋りの面白さを聞きつけたラジオのディレクターから出演依頼が来るようになる。その舌足らずで独特の喋り方はアニメ制作会社タツノコプロの興味を引き、アニメ『The Soul Taker ~魂狩~』の中原小麦の声優を務める。さらには中原小麦を主人公にしたアニメ『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』が作られる。
 これと並行して音楽活動も精力的に行なう。幼いころからピアノに触れ、歌うのが好きだったこともあり、高校生時代からライブ活動をしていた。ただ、歌うのは歌謡曲やアニメの主題歌などのアニソン(アニメソング)が中心。その後は作詞作曲も行なうようになり、前述のように二〇〇〇年にメジャーレーベルからデビューする。
 二〇〇二年には美少女ゲームソングやアニソンなどに力点を置いたユニットのUNDER17を結成する。当時桃井はるこは成人指定された美少女ゲームにも作詞・作曲・歌唱を提供し、個性的なヴォーカルなどが非常に高く評価されていた。ただ、この分野の慣例で作り手のクレジットを出さなかったため、あれは桃井はるこの歌なのかと問い合わせを受けていた。メーカーが彼女の名前を出すことを案じていたこともあったようだ。こうしたことは新しいユニットを作り、その名前で活動すれば問題はない。そして「桃井はるこ」の他の活動とも区別ができる。また十八歳以下のゲームができない人にも音楽を楽しんでもらえるし、何よりもこのジャンルで表現する手応えを感じたのでUNDER17の結成に至る。
 このユニット誕生前後から、アニメやゲームのキャラクターなどに対して強い好意や感情を示す「萌え」という言葉が急速に広がり、「萌えソング」を極める存在としてUNDER17は人気を集める。そして成人指定の美少女ゲームがテレビアニメ化されたり、主題歌を歌うアーティストが顔も名前も出すようになるなど、オタク文化が表現ジャンルとして確立していく。
 ただUNDER17は、二〇〇四年に突然解散する。
 UNDER17の桃井はるこではなく、桃井はることして活動したいと考えたようだ。前出の自著では当時のことを、〈アンセブ(引用注:UNDER17)を解散したことで、追い詰められていた気持ちが楽になった。「らしさ」や「盛り上がる仕組み」に頼ることはない。「桃井はるこ」は私自身のものなのだ。雑念に囚われず、変な狙いをせず、自分がいいと思うことをやるということに専念しようと思った〉と振り返っている。
 裏を返せば、「らしさ」や「仕組み」で盛り上がりが作れるほどオタク文化がビジネスとして確立されつつあった。それを本格的に取り入れたのがAKB48であったが、桃井はるこはそうした道を選ばなかったのである。
「これまでの女性アイドルって、プロの大人たちが集まって演じさせていたものでした。けれど私が関わりたいのは女の子自身が、なりたいと憧れるアイドル。これはまったく違う、新しいアイドルなんです」
オタク女子の憧れる存在となり、世界にオタク文化を広める伝道師へ
 彼女に、自分自身のほうが早くから秋葉原で活動していたのに、AKB48のほうが有名になっていることについて聞くと、次のような答えが返ってきた。
「AKBがすごいと思ったのは、キャンディーズ以来の女性アイドルは、男性の理想の女の子を演じるのが主流でした。その歌詞は、男の人がこう言ってほしい、女の子の言葉や思いが多いんです。でもAKBの曲って、ファンの気持ちをアイドル自身が歌っているんです。たとえば『ヘビーローテーション』の「がんがん鳴っている ミュージック ヘビーローテーション」というところは、聞き手のことを歌っているんです。また一人称のボクの使い方も八〇年代、九〇年代の一人称ってボーイッシュな自分、ボーイッシュな女の子を指すのが一般的でしたが、AKBの詞はボクの使い方が、聞き手自身のことになっている。これは、みんなで投票して、みんなで成長し、ファンも含めてのAKBということの象徴なのか、受け手の理解力が乏しくなったのか理由はわかりませんが、とにかく大発明で、秋元さんはスゴイと思います。
 あと私はヤクルトファンで野村監督が大好き。だから、人目につかずにひっそり咲く月見草も悪くないんです」
 大人の事情で自分らしさを変えるより、好きなことを続けるほうが桃井はるこらしいということなのだろう。
「子どものころからの憧れのひとつが作詞家でした。雑誌『明星』のヤンソン(歌詞だけの別冊付録)を見て、この歌詞はいいな、と思うと同じ人が作詞していて、アイドルの陰で歌を作る作詞家の存在を知りました。歌の力ってすごくて、良いCMソングは電話番号を一発で覚えてもらえる。それができるのって、ある種の快感。私の目標は、誰でも知っている曲をひとつ作ること。あぁ、あれねという曲を一生かけてひとつ作ることです」
 彼女の作る曲の魅力を、公私にわたって付き合いが深いシンガーソングライターの永野希は目を潤ませて語る。
「ネットでは仲良くできるけれど、実生活では孤独と感じる人が増えています。そうしたなかで、モモーイ(桃井はるこ)の曲は、オタク女子の気持ちがわかるだけでなく、前向きにがんばろうと希望がわいてくるんです。『21世紀』という曲に、アニメとはちょっと違うけれど、キラキラした世界というフレーズがあるんですけれど、私はこの部分を聞くと涙が出てくるんです」
↑2016年7月にCLUB CITTA'(神奈川県川崎市)で行なわれたワンマンライブ『桃井はるこワンマンライブ2016 Pink Hippopo魂!!!』。最新アルバムの収録曲から、永野希のお気に入りの「21世紀」など懐かしの曲など全24曲が演奏された。撮影/曽我美芽
 いま桃井はるこのファンには、オタク女子が少なからずいる。その影響力は世界中に広がっている。
「日本のアニメやゲームなどが海外でヒットしていることとは別に、いま世界中で日本に関するイベントを、日本人じゃない人が実施しているんです。私は、そうしたイベントにゲストとして招かれることが多く、最近もフランス、コスタリカ、台湾などとあちこちに行き、日本のアニメやゲームの話題で盛り上がる。アニメキャラの声をやったりすると、すごく喜んでくれるんです」
 そんな活動に刺激を受け、カナダから慶應義塾大学に留学しているアリー&サリーという双子姉妹もいる。
「アニメやゲームのオタク女子は、いつまでも子どもの趣味から離れられないと友だちから言われたりして、馴染めなかったりしていました。そうしたなかでUNDER17の映像を見たり、二〇一二年に行なわれたアニメボストンというイベントで桃井さんに会い、嬉しくて泣き出しちゃいました。彼女は私たちの“女神"です」
 誰も興味を示さない脇役や細かいことでも、なぜか自分は惹かれてしまう。そんな心を持った人が集う秋葉原に通い、似たような人たちと共通の話題で盛り上がり、自分の存在を肯定される。そうした一体感を持ちながら、桃井はるこの表現活動と触れた人は、自分の居場所と希望をみつける。似たような寂しさを持つ人が世界的に増えているのだろうか。ならば、桃井はるこが誰もが知る曲を作る日は、そう遠くないのかもしれない。
JASRAC 出1613191-601
ももい・はるこ
  • 学生時代から秋葉原に通い始め、オタク女子の感性を磨く。本文で触れたUNDER17解散後はぱふゅーむ(現Perfume)に楽曲提供をするなどアイドルのプロデュースも行なう。また北米、中南米、ロシア、ヨーロッパ、アジア、オセアニアなど世界各国で精力的活動。これまでに17か国計41回の海外出演を行ない、オタク文化の伝道師としても活躍する。『ラジオライフ』(三才ブックス)や『オトナアニメ』(洋泉社)などの雑誌で執筆活動をするほか、FMラジオのNACK5「THE WORKS」でレギュラーパーソナリティを務める。