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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第12回
  • 2017.1
橋本保/取材・文
経済的理由などで塾に通えない子どもたちに向けた無料塾「八王子つばめ塾」を2012年9月に開講。受け入れ生徒数は224人。中学三年生の56人の卒業生のうち、高校進学率100%(定時制通信制含む)、志望校合格率は80%に達する。その活動は成功モデルとして全国から見学者が集まる。
小宮位之(39歳)
1977年12月19日生まれ。
NPO法人八王子つばめ塾 理事長
自らも貧しい家庭に育った若者が始めた無料塾が、大きな話題となっている。自分も、講師もボランティアで、どうしてやっていけるのか。そして、この先何を目指しているのだろうか。
Photographs:Chisato Hikita
お金がなくて塾に行けない
子どもたちのための無料塾を
ボランティアで運営する
若者の本音とは?
 いま経済的な理由などで学習塾に通えない中・高校生に向けた無料塾が増えている。NPO法人八王子つばめ塾の理事長・小宮位之が、東京・八王子で運営する無料塾もそのひとつ。始めたきっかけは、東日本大震災の被災地でボランティアをしたことに遡る。
「映像制作の仕事で被災地を取材し、それがきっかけでボランティアに参加しました。ただ東京の仕事を続けながら被災地に通うのには限界がある。地元で何かできないかと考えていたときに、無料塾の存在を知りました。
 私自身が八王子の都営団地の貧しい家庭で育ち、アルバイトで稼いだお金で通信教育を受けながら大学受験に備えたので、お金がなくて塾に通えない子どもたちの苦労がよくわかる。また大学卒業後は私立高校の非常勤講師をしていたので、そうした経験も活かせる。そんな理由から無料塾を始めたいと考えて仕事を続けるうちに、義母が所有していた学生寮が空いた。そこを使えば無料塾を始められることに気づき、二〇一二年九月から生徒一名、講師は私一人で、つばめ塾を始めました。
 現在は地元の方が提供してくれている場所や、八王子市の公民館などで、一人あたり週二回、英語と数学を中心に無料の授業を行なっています。生徒は約八十名、約六十名の講師はすべてボランティアで運営しています」
 リーマンショック以降に顕わになった日本の貧困問題は、子どもたちを直撃している。
 内閣府の「平成27年版 子供・若者白書」は、大人一人と子ども(十七歳以下)の世帯の相対的貧困率が五十四・六%と、大人二人以上世帯の十二・四%に比べて非常に高いと報告している。また厚生労働省が行なった母子家庭や父子家庭などのひとり親家庭の調査では、この二十五年間で離婚母子が約二十%増加、その平均年間就労収入は百八十一万円。このうち非正規雇用の母親のそれは百二十五万円で、全体の五十七%が該当。こうした状況などもうけ、政府主導でNPO法人などを支援する「子供の未来応援基金」が創設され、「地域子供の未来応援交付金」が二〇一六年度の補正予算に盛り込まれた。
 ただし、公立の中学校の中には生徒が塾に通っていることを前提に授業を行なうケースもある。また高校や大学への進学目的だけでなくても、不登校、いじめ、引きこもり、児童虐待など様々な理由で中学校や高校の授業についていけなくなった子どもたちは、塾などで勉強を補わなければならない。そのなかで経済的な理由で塾に通えない子どもたちが少なからず存在する。無料塾が増えている背景には、こうした事情がある。
 その無料塾は、行政などの公的資金で運営される受託事業型と、つばめ塾のような民間型に大別される。両者の違いが最も顕著なのは入塾の条件と小宮は説明する。
「つばめ塾に入れる条件は、子ども本人や親御さんが経済的に苦しいと感じていること、他の有料塾や家庭教師などと掛け持ちしていないこと、そして本人にやる気があること、この三つです。受託事業型の無料塾は世帯年収や生活保護受給者など、明確な条件が決まっていますが、うちは経済的に苦しいと感じている方は受け入れています。たとえば収入がある程度あっても三人兄弟の末っ子だから塾に行かせてもらえないこともある。それではあまりに理不尽でしょう。また母子家庭の子どもなどはほぼ無条件で入れています。なかには親に塾代を負担させたくないと気を使って塾に行くことをあきらめる子どももいるからです」
 このほか、交通費や参考書代・模試代などを負担する「塾生奨学金」、高校入学時の教材費を補助する「高校生奨学金」、経済的理由から大学進学を断念する子どもを応援する月額二万円の「大学生奨学金」という返済不要の奨学金を給付して、勉強を支援する。
「自分も苦労したので、こうしたお金の援助のありがたみはよくわかる。少しでも安心して勉強ができる環境を整えたいと思って始めた取り組みです。
 市からの受託事業では、こうした新しいアイデアを思いついても、決められたことしか行なえない。公的なお金は納税者の税金を使うわけですから、その基準は公平かつ明確にしないといけない。でも、その条件に当てはまらない子どもにこそ、支援の手を差し伸べる必要がある。つばめ塾の存在意義はそこにあるし、私の裁量で運営できるところを大事にしたい。そのため運営資金は篤志家などの寄付で賄っています」
 ただ、経済的に余裕がある子どもも紛れないのか。
「よく聞かれますが、実際はそんなことはありません。有料の学習塾のほうが場所が便利だったり、授業の日程や種類が豊富にあるので、そちらに行ける人は、そもそも無料塾を選ばないんですよ」
辛さを知っているから
人の気持ちがわかる
貧乏は大きく活躍するための
“有利な経験”
 何度か触れているとおり、小宮は裕福でない家庭に育った。父は演劇やドラマ制作の作品ごとに小道具を作るフリーの職人。泊まり込みで没頭することがある一方で、職人のプライドを傷つけられたり、スタッフと折り合いが悪く、納得がいかなくなると途中で止めてしまうことも少なくなかった。ひどい時の世帯収入は年間で百万円前後だったと振り返る。
「収入が限られているので削るのは公共料金と食費。小学校のとき、夏休みの自由研究で電気やガスの使用量を調べて節約する工夫というのをやりました。
 あと限られた材料で作る、たとえば具なしで小麦粉だけ分厚く焼いたものを“お好み焼き”といって食べさせられていたのですが、箸が進まない。あるとき友だちからお好み焼きを食べようと言われて、あんなものは嫌だと断ったんですが、試しに食べてみろと、普通のお好み焼きを出された。それを食べてみたら、なんてうまいんだろうと感動した記憶があります。
 都立高校に通っていたときは、途中で学費が払えなくて退学になりそうになり、奨学金を借りました。大学も祖母がお金を工面してくれて何とか入学したんですが、今度は教科書を買うお金がない。最初の一か月くらいは教科書なしで授業に出ていました」
 小宮はこうしたことを、臆することなく話す。貧乏だからこそ、他人の苦労が理解できるのであり、貧しいことは自分を豊かにするチャンスと考えているからである。
「つばめ塾は有料塾の廉価版でも、代替サービスでもありません。努力すれば必ず応援してくれる人が現れて助けてくれること、そうした経験を通じて、困っている人がいたら声をかけたり助けられる人間を育てているのです。たとえばつばめ塾で勉強して高校に合格した女の子が、後輩の中学生の勉強を見てあげている。有料塾では同じ境遇の先輩から教えてもらえる機会に巡り合うことも少ないはず。こうした教える、教えられるのつながりこそが心を豊かにしていくと思っているです。
↑教室では一人の講師が2〜3人の勉強を見る。ときにはマンツーマンになるときもある。講師は公務員や元教員、システムエンジニアから新聞記者など様々だが、全員が無償ボランティアで、交通費もそれぞれが自分で負担する。その熱意が子どもたちを勉強へと導く。
 私も三十歳頃までは、心の底で裕福な家庭が羨ましいと思うこともありました。けれど、ある人にこんなことを聞かれたんです。小さい頃から不自由なく育ち、周りからチヤホヤされて育った人と、小さい頃から苦労を重ね努力を続けている人がいたとする。あなたはどちらと仕事やボランティアをしたいですか、と。その時に自分は間違いなく苦労を重ねているほうを選ぶし、自分も“小宮くん、私と一緒にこれをやりませんか?”と声をかけられるようになりたいと思ったんです。それからは貧乏な家に育ったことが感謝に変わりました。もし貧乏の辛さを知らなければ、子どもたちに勉強の機会を作ろうと思わなかったし、お金で苦労する子どもたちに、そうした経験は他人の苦労に思いやりを持つきっかけになることを伝えられなかった。貧乏は将来大きく活躍する種を得るための“有利な経験”だと思うんです」
 そんな小宮の活動に共感し、東京都中野区には「中野よもぎ塾」、国分寺市には「国分寺きずな塾」、神奈川県平塚市には「湘南さくら塾」、大阪府高槻市には「高槻つばめ学習会」、兵庫県西宮市には「阪神つばめ学習会」など、民間型の無料塾が次々と誕生している。これらの無料塾は、小宮から運営のノウハウを学び、それぞれが工夫を凝らしながら、子どもを支援している。
 また、子どもの貧困問題と別の角度から向き合っている団体とイベントを行なうなど、連携も進んでいる。高卒認定試験の合格サポートなどを通じて、十五歳以上の若者の学び直しを支援する無料塾「慈有塾」を運営する高木実有もそのひとりである。
「こうした活動をする方の中には“支援したい”“助けたい”という思いが強く出過ぎる方がいるんですが、小宮さんは貧困であることをマイナスに捉えていなくて、それがキャラクターであると、明るく前向きに考えている。そこに励まされます。また支援者を紹介してくれたり、運営のアドバイスをしてくれるなど、惜しみなく相談に乗ってくれることに感謝しています」
 小宮は、二十八歳のときに結婚し、三人の子どもがいる。昼間は私立高校の非常勤講師をしながら、夜はつばめ塾という生活について家族はどう見ているのか。
「雑誌や新聞の取材を受けることも多いので、“ときの人だもんね”とからかわれることはありますが、つばめ塾について反対されたことはありません。またNPO法人から月額七万円の報酬をいただいていますが、それでは足りないので非常勤講師などの仕事をしていますけれど、家計が苦しいなどと愚痴をいわれたことはありません。それに甘える一方ではいけないので、家族サービスもしないといけないのですが」
 家族にも支えられながら続けるつばめ塾は、今年で五年目。その活動は、八王子で貧困や教育の問題に関わる人からよく知られた存在となった。
「いま地元からの支援が増えています。それは寄付、教室の提供、講師、運営スタッフとしてなど様々です。その対象が子どもたちなので、地元の方から共感を得やすい。この夏からは『フードバンク八王子えがお』を通じて、市内のパン屋さんがパンを提供してくれています」
 だんだんと発展するつばめ塾だが、子どもの貧困問題が深刻なことに変わりはない。となれば、政治への関心が強くなりそうだが、小宮はそこには一定の距離を置く。
「取材で、政治への要求や、行政への不満などを聞かれますが、政治は政治、行政は行政の本来の仕事をきちんとして欲しいだけ。もちろん意見はありますが、結局は政治が行政を通じてできることには限界がある。そこに手を差し伸べることがつばめ塾の役目です」
 巣作りをしたつばめは、雛が巣立つと去っていくが、また同じ巣に戻ってくる。小宮は、人の善意でそんな循環が生まれることを願い、つばめ塾と名付けた。彼の巣から、どんな雛が巣立つのか、今後が楽しみである。
こみや・たかゆき
  • 國學院大學文学部卒業。その後、私立高校の非常勤講師(地歴科)として働き、映像制作の仕事に携わる。ウガンダで少年兵士、レバノンでパレスチナ難民キャンプなども取材。東日本大震災の取材や、その後のボランティア活動をきっかけに、何か人の役に立つことをしたいと考え、中学生・高校生向けの無料塾「八王子つばめ塾」を開講。
    ●八王子つばめ塾
    http://hachiojiswallow.com/