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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 自著を語る1
    鈴木登紀子
    幸せを呼ぶ人生レシピ
    ばぁば 92年目の隠し味』
  • 2017.5
よく食べることは
よく生きること
そして、よく死ぬこと
 昨年の晩夏、もはやこれまで……と覚悟を決めた瞬間がありました。私は数年前から肝臓がんを患っておりまして、患うと言いましても、卒寿を迎えたばぁさんですから、がんも進むに進めないらしく、毎年二〜三回ほど定期的に大学病院で検査入院し、ポコポコと顔を出す腫瘍をレーザー針で焼くだけ。滅多に抗がん剤も使用しませんし、主治医の先生は一週間入院して欲しいようですが、無理を言って五日ぐらいで退院し、帰路、家族と美味しいものを食べて帰るのが慣習になっております。
 その時も、いつものように“別荘”へお泊まりに行っておりました。ところが、先生が検査の結果を見ながらしきりに首をひねるのです。「おかしい。腫瘍が見つかりません。がんの形跡も消えています」と、びっくり仰天。あらまあ、ついにがんも根負けしたのね。これで早く帰れるわと、私はウキウキして、頭の中ではすでに、何を食べて帰ろうかと考えていたのです。
 退院を待つだけだったはずのそんなある朝、忘れもしない八時三十分。突然、胸をぎゅーっと絞られるような痛みに襲われました。もう無我夢中で、「誰かきてくださーい! このまま死ぬわけにはいきません! 誰か、早く──!!」と叫んでおりました。
 そのまま緊急手術となり、幸いにも九死に一生を得たのです。手術後、心筋梗塞の発作にもかかわらず、あれだけの大声を張れたことが驚異だと、先生や看護師さんはふたたびびっくり仰天。あんな大声出したら、それこそ心臓に悪いわよねえ、と笑い話になったほどです。入院中に十キロほど痩せてすっきりしましたのに、退院して一ヶ月もしたら、しっかり十キロ戻っておりました。
 だってねえ、やっぱり美味しいのだもの、わが家のご飯は。同居しております次女はじめ子供達には「お母ちゃま、食べ過ぎよ!」と叱られますが、毎日「美味しい」と三度の食事を楽しめているうちが花。私にとって最も正確な健康のバロメーターが生まれついての“食い意地”なのです。私が「今日は食欲がないわ」と言ったら、お通夜の準備を始めなさいと申しております。
 もう二度と、入院はしたくありません。病院食を最後の晩餐にはしない、と決めております。パパ(夫・清佐さん。故人)も七年前に、自宅のソファで眠るように旅立ちました。九十一歳でした。大動脈解離で倒れたのち、老々介護を経ての永眠で、偶然ではありましたが、最後に好物のしじみのお味噌汁と焼き魚、強飯のようなかたーい炊きたてご飯で送り出せたことが救いです。
 本来なら“遺作”になるはずだった前著『「ばぁばの料理」最終講義』(小学館)では、「食べることは生きること」と申し上げておりますが、「よく食べることは、よく死ぬこと」でもあると、今、痛感しております。
 きちんと手のかかったお料理が命を作り、紡ぎ、そして天寿を全うする力となる。パパの死、あの世の一歩手前から生還したわが身を顧みて、そんな風に考えるようになったのです。
 そしてもうひとつ、私の大切な糧となっておりますのが仕事です。あの朝、「ここで死ぬわけにはいかない」と叫んだのは、退院予定日(自分で決めた予定日ではありますが)の翌日から、十日にわたるお料理教室を控えていたからです。パパに「みなさんが待っている。まだ仕事が残っているよ」と、そっと押し戻されたような気がするのです。
 今回の本には、いつパパからお呼びがかかってもよいように、私がどうしても遺していきたい家庭料理と、伝えておきたかった思いを全部詰め込みました。
 お箸とお器の持ち方などの作法、女性としての所作など、何度も何度も「しつこい」と思われるかもしれません。でも、ばぁばの最後のお小言だと諦めて、どうかご一読くださいませ。佐伯義勝先生(故人)はじめ、優秀なカメラマンの方々が撮ってくださったお写真もとっても素敵。おかげさまで、遺影選びには困らなくてすみそうです。全部並べようかしら(笑)。
  • 幸せを呼ぶ人生レシピ
    ばぁば 92年目の隠し味』
    鈴木登紀子/著
    定価:本体1,400円+税
    小学館・刊 四六判 224ページ
    5月17日ごろ発売予定
    ISBN 978-4-09-396540-8
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