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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 自著を語る
    松村雄策
    『僕を作った
    66枚のレコード』
  • 2017.6
ロックが僕のバイブルだった
 すべてはビートルズだった。一九六四年、日本で初めてビートルズのレコードが発売されて、その「プリーズ・プリーズ・ミー」に、一発でやられてしまった。以後、六〇年代はビートルズとともに過ごすということになった。最初に聴いたのが小学校六年生だったから、もっとも若いビートルズ・ファンだったのかも知れない。ビートルズが解散したのは一九七〇年だったから、僕の中学生高校生時代とぴったりと当てはまる。今思うと、幸せだったというしかない。
 高校生になるとバンドを結成し、しかしメンバー・チェンジが激しく結局ソロ・シンガーでレコード・デビューした。それとともに仲間とロック雑誌「ロッキング・オン」を創刊し、原稿を書くことになる。僕の文章は愛読していた内田百フや山口瞳のコピーで、そこから脱するのは大変だった。いや、まだ脱していないのかも知れない。
『僕を作った66枚のレコード』は二〇一一年から「ロッキング・オン」に連載していたものから、六十六本選んだものである(面白いことに、この四月に僕は六十六歳になった)。こういう連載を始めるときは、僕は最初に取り上げるものを選んでおいて、それに準じて書いていくのが、普通だった。しかし、これはそういうことはしないで、締め切りが来たら選んだ。そういうものでも、年月が経つと一応の方向が決まってくる。
 この本はいわゆるロック名盤三百枚≠ネどというガイド・ブックとは、大きく異なる。こう言っちゃあなんだけど、今そういう本を作っている人は多くは三十代四十代だと思う。ロックの歴史は、勉強しているだろう。しかし、現実にその時代にそのレコードを聴いていた人間にしか分からないこともある。
 たとえば、ハーマンズ・ハーミッツ、デイヴ・クラーク・ファイヴ、ウォーカー・ブラザーズなどは、そういう本には選ばれないだろう。ロックの歴史の中では、埋没してしまっている。しかし、リアル・タイムで聴いていた人間にとっては、違うのだ。当時は、イギリスでもアメリカでも日本でも、数十万枚のレコードが売れたバンドだったのだ。
 それが、無かったことになってしまうのが、残念である。いや、口惜しい。それは、日本のバンドも同じだ。スパイダース、寺内タケシ、ワイルド・ワンズ、ジャックスといったバンドが、どれだけ画期的だったのかということが理解されていない。
 僕はロックに育てられた。ロックを聴くことによって、成長した。今ではそうではないかも知れないけれど、六〇年代七〇年代はそうだった。一冊の小説を読むのと同じように、一枚のレコードを聴くことによって変わったのである。ただ、髪を伸ばして、ジーパンをはいていただけではない。ビートルズの一枚のレコードによって、価値観が変わったのである。
 今では信じられないかも知れないけれど、六〇年代七〇年代のロック・ファンの多くは女の子だった。そういう女の子達は「ロッキング・オン」の編集部にも押しかけてきて、顔ではにこにこしていても心の中では邪魔だなと思っていたことを正直に告白する。しかし、あの時代のロックは、そういう女の子達がいなかったら、あそこまで大きなムーヴメントにはならなかっただろう。あの頃十代だった彼女達は、今では五十代、六十代で母親やおばあちゃんになっているはずで、どうしているんだろうと、ときどき思うことがある。
  • 『僕を作った66枚のレコード』
    松村雄策/著
    定価:本体2,000円+税
    小学館・刊 四六判 354ページ
    大好評発売中
    ISBN 978-4-09-388516-4
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