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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 自著を語る2
    河合香織
    『絶望に効くブックカフェ』
  • 2017.7
一時間の読書をもって
癒えない悩みはない
 死にたいほどつらい日はどのように過ごすものだろうか。大切な人の死、恋を失う日、子どもの病気、人間関係の苦悩、家族との不和、仕事の悩みなど、人生は絶望に溢れている。
 そんな時に思い出す言葉がある。
〈一時間の読書をもってしても和らげることのできない悩みの種に、私はお目にかかったことがない〉
 十八世紀のフランス哲学者のモンテスキューはこう言ったという。この言葉を命綱にして、私は絶望に苛まれた時にはまず本を開いてきた。死の恐怖におびえた時も、死にたくなった時も、孤独に震えた夜も、すべてから逃げたくなった時も。
 そうすると不思議なほど、今自分が感じている絶望は、何も自分だけに特別起こったことではなく、自分だけの悩みではなく、数千年前から脈々と続いてきたありふれた哀しみだったと気づくのだ。もうこの世にはいない人たちの苦悩の言葉、そして救いの言葉とつながり、ひとりではない思いがして安堵した。
『本の窓』で六年の間、連載した本を紹介する文章をまとめた本書は、そのような自分自身の救命胴衣になってくれた本たちの群れである。最近出版された本と、古典と呼ばれるものを二冊併せて読むという形を取っているのは、孤立しているような本も、世界最古の文学『ギルガメシュ叙事詩』が書かれた四千年前の時代から連なり、つながっていく列であるという思いを込めている。
 千九百年前にローマ皇帝マルクス・アウレーリウスが書いた『自省録』は、現代ベストセラーになっている自己啓発本の原点となっているような書である。そこにはこのような文章がある。
〈ある人はこう祈る。「あの人と一緒に寝ることができますように」と。ところが君はこう祈るのだ、「あの女と一緒に寝る欲望を持たないことができますように」と〉
 そしてこう続く。子どもを失うことがないように祈るのではなく、子どもを失うことを恐れずにいることができますようにと。この皇帝の悲しいまでの孤独を、認可外保育園に子どもを預ける孤立した母親の孤独を描いた金原ひとみ『マザーズ』と併せ読んだ。
 角田光代『紙の月』はカミュの『異邦人』に連なっていく。希望を持つからこそ人は欠落を抱え、希望を持たなければ幸福なのだろうか、という問いがこの二冊からは浮かび上がってくる。そして川上未映子が描き出した望んだ恋が成就しない哀しみと誤りの恋が人生の彩りになる思いは、フィッツジェラルドに連なっていく。
 ドストエフスキーの描いた正直な嘘、カフカの生への渇望、村上春樹の引きずり出した鏡、吉田修一の不条理に対する恐れなど、到底一時間では終わらない読書の牽引力は強く、苦悩を和らげてくれるはずである。他人の不幸を喜ぶことは最新の脳研究によると人間性そのものであるそうだが、一方、トルストイは他人の幸福を願うことこそが生きていく者の役割であると説く。人間の持つ悪も善も醜さも美しさも悲しみも喜びもすべてが本に詰め込まれている。
 絶望した時はまずは五分、どんな本でもいいから開いてほしい。絶望に効く何よりの特効薬は間違いなく本である。
 人が生まれ、絶望し、希望を持ち、死んでいく。その幾億回繰り返されてきた営みが描かれているのが本であり、そのことに私たちは支えられているからだ。
  • 『絶望に効くブックカフェ』
    河合香織/著
    定価:本体670円+税
    小学館文庫 368ページ
    大好評発売中
    ISBN 978-4-09-406418-6
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