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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第17回
  • 2017.7
橋本保/取材・文
↑現在は、東京・中野区にあるシェアハウスの一室で作品を描いている。「ここには私とは別のスウェーデン人と日本人が住んでいて、共通言語は日本語。漫画は部屋にこもって描くので、ときどきキッチンなどで交わす会話が楽しいです。一人暮らしだと寂しくなると思うんです(笑)」
オーサ・
イェークストロム(33歳)
1983年10月10日生まれ
漫画家
「なぜマスクする人が多いの?」「なぜ死ぬまで働くの?」日常的なことから社会問題まで、外国人が素朴に感じる疑問を、日本への愛情溢れる視点で描く女性漫画家のオーサ・イェークストロム。作品に込められた想いをインタビューした。
Photographs:Chisato Hikita
外国人が感じる不思議な日本を、
シャイな気持ちでチクリと描く
スウェーデン出身の女性漫画家
 作者が漫画で身辺雑事を描くエッセイ漫画。いまこの分野で注目されているのが、スウェーデン出身の女性漫画家・オーサ・イェークストロムの『北欧女子オーサが見つけた日本の不思議』(KADOKAWA)である。後述するローカル旅篇を含む四冊の累計部数は約十六万五千部と大ヒット中だ。
「十三歳のときにスウェーデン語で(テレビアニメの)『美少女戦士セーラームーン』を見たことが日本に興味を持ったきっかけで、その後『らんま1/2』や『犬夜叉』などの漫画に夢中になりました。初めて日本に来たのは十九歳のとき。高校卒業後アルバイトをして旅費をためました。お相撲さん、お寿司、お寺などの観光名物よりも、女子高生の制服、(アニメ『少女革命ウテナ』で描かれていたお菓子の)「ポッキー」、国会議事堂などアニメや漫画で見たものを見ることができたのがうれしかった。ただ日本語ができなかったので、書店の漫画を買っても読めなくて残念でした。そのときは漫画を描くために文房具をたくさん買って帰りましたね」
 その後も来日を繰り返し、七回目となる二〇一一年に日本へ転居し、グラフィックの専門学校に通う。そして在学中の二〇一四年五月に自主出版本の展示即売会「コミティア」で出版社への売り込みに成功し、二〇一五年三月に第一作目を出版する。日本での著作は前述した三冊のほかに日本各地の旅行記『北欧女子オーサのニッポン再発見ローカル旅』などがある。現在は、朝日新聞の土曜版「be」で日本各地の訪問記を月一回連載する。
 オーサの故郷であるスウェーデンはどんな国か? スカンジナビア半島に位置して、首都はストックホルム。人口は約一千万人で、東京二十三区のそれより少し多いくらい。ノーベル賞の授賞式が行なわれ、ヴァイキングゆかりの地ということはよく知られている。
「スウェーデンは多文化社会で、その感じは(アメリカの)ニューヨークのようです。スウェーデン人はとてもシャイ。自分の意見は持っていますが、喧嘩が怖いので直接的に物事をいわない。そういうところは日本人と似ていて、私は日本人のほうが社交的な気がします。街中でおせっかいをしてくれるおばさんがいたり、お花見や居酒屋で気軽に声をかけてくるおじさんがいますからね。
 スウェーデン出身の有名人といえば、女優のグレタ・ガルボやイングリッド・バーグマン、あとはABBAですね。ビョルン・ボルグやステファン・エドベリなどテニス選手もよく知られています。有名な企業ではイケア、ボルボなどがあります。
 スウェーデンを代表する料理はミートボールです。さまざまなソースがかかっていて、ジャムそして主食のじゃがいもと一緒に食べます。漫画家になってからは(ごはんを作ってくれる友人の)“メシスタント”が色々と作ってくれるので自分では料理しませんね(笑)」
 とにかくアニメやマンガが大好きで日本にやってきたオーサだが、日本人は海外でアニメや漫画が高く評価されていることを知らないでいることが意外だった。
「日本に住み始めて六年目になりますが、道を歩いていて、ふと“私は日本に住んでいますよぉ!”ってうれしくなることがあるんです。そして、常に新しい発見があって楽しい。私の友人の間で行きたい外国のナンバーワンは日本ですから。
 スウェーデン人が描く漫画は、子ども向けのものか、大人向けの政治漫画ばかり。ティーンが読みたいストーリーものは日本の漫画が中心です。高橋留美子さんは、私たちの間では神様です」
 その「神様」とは二〇一五年春のお花見で対面したことを『日本の不思議』第二巻で触れている。知り合いの漫画家から高橋留美子が来るかもしれないと花見に誘われて出かけるものの、にわかに信じられず「高橋留美子先生を知っている漫画家」の聞き間違いかと思っていると、花びらが散る中に高橋本人が現われる。そんな幻を見るような神々しい体験をインターネットのSNS「フェイスブック」に投稿するものの四月一日だったこともあり、スウェーデンの友だちにはまったく信じてもらえなかった。なので絵を描いてもらっている写真を見せても、それはパソコンで合成したのだろう、嘘をがんばって面白い! と反応されたことも面白く紹介している。
「スウェーデンに限らず、自分の国で日本の好きな文化を見つけて日本にやってくる方は世界中にいますよ。たとえば最新刊で紹介した女流棋士のカロリーナ・ステチェンスカさんは、漫画『NARUTO』を読んだのがきっかけで将棋に興味を持ち、ポーランドから日本に来ました。日本人は、日本の文化や生活が外国人から評価されていることに自信を持ったほうが良いですよ」
 高度成長期には池田勇人首相がフランスのド・ゴール大統領に「トランジスタラジオのセールスマン」と揶揄されたこともあったが、いま日本が海外で評価されるのは工業製品だけでなく、生活や文化にまで及ぶ。その入り口がアニメや漫画などのサブカルチャーであることをオーサは日本人に訴えているのである。
 昨年のリオ五輪の閉会式でキティちゃん、ドラえもん、パックマンなどが喝采を浴びたことを思えば、それも納得いくはず。安倍首相のパフォーマンスの好悪は別にしても、もう少し自信を持っても良いのかもしれない。
玉ねぎのように
重層化した日本文化
好きで気持ちはわかるけど、
納得はしません
 その一方で日本人が普段生活している中では感じない小さなことに違和感を覚えたり、普通と思う感覚を変ではないかと指摘もする。ただし、シャイな性格ゆえか直截な表現ではなく、日本人や日本文化への親しみや愛情も加わった表現なのがオーサ流といえる。
「何か指摘をするときにはバランスを大切にするようにします。日本のことを触れたら、スウェーデンや外国のことも触れるようにするというふうにです。
第一巻の収録作品。パリパリの海苔を楽しめながらも手が汚れないおにぎりの包装は外国人に感心されることが多い。ただ、この仕組みが外国人に伝わらないことを面白く描いた。
 スウェーデン人は偏見を持つこと、偏見を持って見られることを嫌います。ただ、偏見は誰にでもある。たとえば日本人は外国人に『日本語を話せますか』とか『日本語上手ですね』と言うことが多くあります。私が自分の名前や挨拶を言っただけなのにです。でも最近は私も日本語ができる外国人に会うと『日本語、話せますか』と言うことがある。多くの日本人と同じように外国人は日本語を話せないはずと偏見を持ち始めているんです。
 日本は、色々とルールが厳しい印象がありますね。スウェーデンはLGBT(性的少数者)に対して寛容なので、BL(ボーイズ・ラブ。男性の同性愛者を描いた漫画)の国・日本ではLGBTはどう暮らしているか興味があり、日本人のゲイの方とお話をしました。外国人のゲイの方も同じ意見だったのですが、日常的に差別された経験はない。友だちや家族は何も問題はないけれど、社会的な差別はあるそうです。たとえば結婚に制約があるとかです。
 本来は人間のためのルールなのに、ルールのほうが優先してつらく感じる人がいることがあるかもしれません。
 日本人は他人のことを気遣い、集団主義的な考え方をするようですが、スウェーデン人は自分のことが第一の個人主義の傾向が強い。最近は慣れましたが、街中でマスクをするのはすごく変です。スウェーデンから友だちが来ると、『なぜみんなマスクをしているの?』と気にします。というのも外国人はマスクは自分を守るために付けるものと考えますが、日本人は風邪を他人にうつしたくない、迷惑をかけたくない意識が優先するからと最初は思いました。
 ただそうとも限らない。花粉症を理由にマスクをする人もいれば、ノーメイクを隠したかったり、プライバシーを守るためにマスクをする人もいる。表面的に日本のことをわかったつもりになっても次々と新しい発見があり、まるで玉ねぎのように、文化が何重にもある感じ面白いですね」
 このほか日本人が良く働くことに触れていて、第三巻では〈過労死の問題などで残業を減らす会社が増えています。いいことだけど、聞くと「同じ量の仕事を短い時間でこなすことを期待されてつらい」という声も多いです。過労死の原因は労働時間だけじゃなく「過労」ですからね……〉と本質を突いた指摘もしている。
「日本人は責任感も強いので、上司などから言われると間違いなくやろうとか、他人に迷惑にならないようにと意識する。スウェーデン人は周りの人に対しても、会社に対しても、そうした責任感は低いので、勝手に行動するかもしれませんね」
 ただ、オーサも本の執筆に向けて漫画を書き始めると、驚くように根を詰めた働き方をする。
「私は漫画を書き始めると、三、四か月は部屋の中で缶詰状態になります。太陽を見るのが久しぶりというときもある。漫画を描くことは楽しいですから。ただ、一日八時間くらい睡眠はちゃんと取りますよ」
 三、四か月も太陽を見ない生活は驚きなので、日本人の働き方も理解できるのかと思いきや、「よくわかりますが、納得はしません」と頑固な一面もある。
 日常会話で政治のことを話題にしないこともスウェーデン人とは大きく違うそうだ。インタビュー中に「なぜ、しないんですか?」「興味がありませんか?」と聞かれたので、「自分たちの意見を政治という方法で変えることに興味がない」「投票をしたり、意見表明することで政治が変わる実感がない」「政治についてあれこれ意見を言うことはオヤジのようで、若者たちは格好悪いと思っている」などと筆者は答えた。今後いろいろな日本人に取材をして、作品でも取り上げていただきたい。
「スウェーデンでは若い人も政治の話を良くします。喧嘩をするのが厭なので、同じ意見を持つ人同士で集まって学校やカフェ、最近は『フェイスブック』の利用が多いですね。なかには私もびっくりするくらいやる気がある人がいて、どんな話題でも政治と結びつけた話にする。そこまでいくのはちょっとアレなので、バランスというかソーシャルスキルは大切ですが。
 スウェーデンは人口の少ない国だから、行動をしたり、意見を出すと結果に反映する可能性が高い。日本は二十年くらい前のバブルの後もずっと同じだったので、政治に関心がなくなってしまったんですかね」
 オーサ自身は在留資格(いわゆるビザ)を取得し続けられるなら、ずっと日本にい続けたいと願っているが、まだ一年毎しか滞在が認められず、若干の不安を抱えているようである。オーサが日本に滞在し、作品を発表し続けることは、日本人がものを考える際の一助になるはず。彼女のような視点を受け入れる寛容さは、時代が大きく変わろうとしているときなので必要に違いない。
オーサ・イェークストロム
  • ストックホルム出身。父は機械設計技術者、母は雑誌の校閲者。本文で触れた作品のほか、スウェーデン時代に発表した漫画『さよならセプテンバー』(クリーク・アンド・リバー)が日本語化されたほか、『北欧女子オーサが〜』は台湾向けに翻訳されている。『北欧女子オーサが〜』の英訳版を出すことが目標。作品からは自分の意見を持つけれどシャイなスウェーデン人のことが伝わってくる。