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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 自著を語る1
    圀府寺司
    『ゴッホ原寸美術館
    100% Van Gogh!
  • 2017.8
筆触の画家の息吹
「タッチ、筆触とはなんと奇妙なものだろう。戸外で風や、太陽や、人々の好奇の目にさらされながら精いっぱい仕事をし、大急ぎでカンヴァスを埋める。でもそんな中で真実や本質を捉える。それが一番難しい。しかし、すこし経ってまたこの習作にとり組み、描く対象の感じに合わせて筆触を整えていくと、確実に調和がとれ、見映えもよくなって、静けさや微笑みが加わってくる。」

 ファン・ゴッホがサン・レミの精神科病院から書いた手紙の一節である。この手紙からもうかがえるように、彼は色彩画家であったと同時に筆触の画家でもあった。ヴィルトゥオーゾと呼ばれるピアニストが必ずと言っていいほど魅力的な音色を持っているように、優れた画家の作品にも独自の筆触、触感がある。それは教えたり、学んだりできるようなものではなく、ほとんど身体感覚から生まれてくるようなものなのだろう。
『ゴッホ原寸美術館 100% Van Gogh!』という本の企画を頂いた時、すぐに思い立ったのは原寸大でこそ伝わりやすいファン・ゴッホの筆触を見ていただくことであった。二〇一三年から一四年にかけてファン・ゴッホ美術館でVan Gogh at Work という展覧会があり、そこではファン・ゴッホの使った技法や画材、絵の具の成分などが徹底的に調査、分析され、最晩年に使っていたとされるパレット(写真)も展示されていた。なぜそこまでするのか。ファン・ゴッホの絵はもはやただの絵ではなく、評価額が一点で百億円を超えるものも少なくない第一級の文化財になったからである。
唯一現存するファン・ゴッホのパレット
パリ、オルセー美術館(「ゴッホ原寸美術館 100% Van Gogh!」より)
©RMN-Grand Palais(musée d’Orsay)/Tonv Querrec
 今、ファン・ゴッホの書簡選集を翻訳しており、今年中にはその第一巻が出る予定である。選集とはいえファン・ゴッホ美術館が全書簡から三分の一ほどを精選して出したもので、原著で千ページほどある。翻訳しながらふと思った。「それにしても、ファン・ゴッホがあの世でこの様子を見ていたら、どんな反応を示しているのだろうか?」と。困窮した生活の中でもがきながら描いていた絵が今こんなことになっているのをファン・ゴッホ自身が見せられたら、あまりのギャップに当惑し、苦笑いしながら、それでも基本的には喜んでいるだろう。一部の投資家に利用されるのは不快極まりなくとも、絵を通じて多くの人々の心に訴えることは彼の切なる願いだったからである。
「筆触」に話を戻そう。『ゴッホ原寸美術館』には、ファン・ゴッホの代表作のほか、この夏から札幌、東京、京都で開催される展覧会『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』に出展される作品も数多く掲載している。出展作品のなかでは、《イーゼルの前の自画像》(ファン・ゴッホ美術館)の中の画家のパレット、《日本趣味・花魁(英泉による)》(ファン・ゴッホ美術館)の下の方に描かれた蝦蟇あたりの筆触は、ぜひ実物でもご覧いただければと思う。また日本初公開作品では、有名なのに日本には一度も来たことのなかった《タラスコンの乗合馬車》(プリンストン大学美術館寄託)の厚塗りの空、《サント・マリーの道》(個人蔵・キンベル美術館寄託)のシトロン・イエローの空と前景の筆触、完成度の高い筆触を示す最晩年の《ポプラ林の中の二人》(シンシナティ美術館)、最近、日本の個人蔵となった《水夫と恋人(ラングロワの橋・部分)》なども、その他の日本初公開作品や、次はいつ見られるかわからない個人蔵作品と合わせて、ぜひ「生」でもご覧いただきたい。
『ゴッホ原寸美術館』と合わせて、ファン・ゴッホの筆触に画家の息吹を感じる機会にしていただければ幸いである。
  • 『ゴッホ原寸美術館
    100% Van Gogh!
    圀府寺司/監修・著
    定価:本体3,000円+税
    小学館・刊 A4判 200ページ
    8月1日頃発売予定
    ISBN 978-4-09-682245-6
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