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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 自著を語る1
    堤未果
    『核大国ニッポン』
  • 2017.9
よりよき未来のために
 二〇一七年七月七日。世界初の核兵器を違法化する「核兵器禁止条約」が、国連本部で採択された。被爆者達の訴えが大きく後押ししたこの条約は、核兵器の使用、開発、実験、製造、保有、移転、取得、貯蔵、核使用を仄めかす「脅し」までと、禁ずる範囲が幅広い。オバマ米大統領(当時)はNATO加盟国らに反対を呼びかけ、米ロ英仏中の五大核保有国や核の傘の下にいる日本やノルウェーは投票しなかったが、この採択は「核なき世界に向けた大きな前進」として、主要マスコミのヘッドラインを飾った。「核なき世界」という言葉は、不思議な力で時計の針を巻き戻す。オバマ大統領がノーベル平和賞を得るきっかけとなったプラハ演説に、被爆国日本が沸き、欧州が訝り、中国やロシアが鼻白み、南米が期待を寄せた二〇〇九年のあの春に。
 あの時核廃絶を訴えて来た、広島の医師はこう言った。
「世界一核を持つアメリカの大統領が廃絶を口にした。長い闘いだったが、アメリカが変われば変わるだろう」
 いったいどれほどの人が知っているだろう?
 そのアメリカ国内で、湾岸戦争やイラク、アフガニスタン、コソボなどで被曝した兵士達が、今も多くの症状に苦しみ、沈黙を強いられ社会から孤立していることを。
 米英軍に約八百トンの劣化ウラン弾を使われ、広島に落とされた原爆の二万倍かつ半減期四十五億年の放射能に曝されているイラクで、四人に一人が先天性障害を持って生まれてくる、新生児たちの存在について。  
 この劣化ウラン弾はオバマ大統領の「核なき世界」に含まれない。ならば私たちは一体何を、「核廃絶」と呼ぶのだろう? そしてまた、核と双子の兄弟である原発を、兵器化しない条件で国内所有・輸出してきたここ日本の、史上最大の原発事故後の立ち位置を、もはや他人事ではないと気づいた世界の国々がじっと見つめている。
 現在の科学では、核兵器や原発から出る放射性廃棄物の安全な処理法がないからだ。その脅威を訴え、各地で職を追われた科学者達の声なき声は、安全保障の裏側にある核ビジネスの存在に、今も警鐘を鳴らし続けている。
 イラクで被曝した帰還兵は、こんな台詞を口にする。
「こうなって初めて無知は怖いと思った。よりよき未来を望むなら、知らなくていいことなんて、ひとつもない」
 プラハ演説後にニューヨークで被爆者の声を訴えたある日本人女性は、米国人の冷淡な反応に失望したという。では被爆国日本の私たちが、戦勝国の歴史教育が自国と百八十度違う事実を知ることは、両者を隔てる溝を越え、共に進む第三の道を探すきっかけになるはずだ。
 そう、真実は私たちの武器になり、問い続けることは少しずつ、見えなかったものを見せてくれる。暗闇の中、ほんの僅かな光があたれば、輝きを放つダイヤのように。
 オバマ大統領のプラハ演説から生まれた本書『もうひとつの核なき世界』は、その後福島第一原発事故によって加筆され文庫となり、今また『核大国ニッポン』という新書として世に出ることになった。あきらめず問い続ける広島・長崎の語り部や、国境を越えてつながろうとする世界中の被爆者達、プラハ演説後も核関連予算を増やし続ける米国と、核開発を進める北朝鮮や原発を狙うテロリストの脅威、核なき世界を目指す流れの中で、こぼれ落ちたいくつもの真実、近くXデーを迎える日本が持つ矛盾と、その貴い使命について。
 本書に出てくる世界の人々が、彼らの言葉の一つ一つが、幾つもの光となって私にくれた沢山の気づきと希望を、同じくよりよき未来を望む、日本の読者に届けたい。
  • 『核大国ニッポン』
    堤未果/著
    定価:本体820円+税
    小学館新書 256ページ
    大好評発売中
    ISBN 978-4-09-825312-8
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