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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第22回
  • 2018.1
橋本保/取材・文
洗練された雰囲気は、やはりパリジェンヌゆえか。「実際に私の着ている服は日本製が多いんですよ。着こなし方やコーディネートで印象が変わるのかもしれません。ただマタニティ向けのアイテムが、日本は少ない。これについては、ちょっと不満がありますね」
西村・プペ・カリン
Karyn NISHIMURA-POUPEE(47歳)
1970年6月7日生まれ
ジャーナリスト
いま書店やテレビでは、日本の素晴らしさを外国人に語らせるテレビ番組や記事が溢れている。そうした傾向は、日本人の夫を持ち、日本で子育てするフランス人ジャーナリストからは、どう見えるのか。日本のいまを海外に発信している彼女が見たニッポンの素顔とは?
Photographs:Maki Matsuda
フランス人ジャーナリスト、
西村・プペ・カリンが感じる
巷に溢れる日本礼賛の「空気」について
 世界最古の報道機関と言われるフランスの通信社、AFP。西村・プペ・カリンは、ここの東京特派員である。
 十月下旬、インタビュー依頼をすると「来週から産休なので、ゆっくり時間が取れます。お気軽にどうぞ」と陽気に返事が返ってきた、夫で漫画家のじゃんぽ〜る西氏との間の次男の臨月を迎えていたのだ。
 取材当日は衆院選の投開票から数日後。座って落ち着く間もなく流暢な日本語で、日本の政治文化の不思議さ、メディアの報道姿勢について、勢いよく話し始める。語り口は、洗練されているが、内容は痛烈だ。
「まったく理解できないのは首相の受け答えです。新聞各紙が解散することを報じるなかで、安倍首相は解散する四日前の日経新聞の独自インタビューに応じます。そして『解散はまったく考えてない』と答えた。それは嘘でしょと、私は思った。で、周りの日本人に聞いてみたら、それは、いつもそうですよ、とのこと。日本の新聞記者は、きちんと書くべき。まったく理解できません。
 もしフランスだったら『リベラシオン』や『ル・モンド』紙が、首相は嘘をついた、国民をバカにしている、と書く。首相が解散をするつもりなら記者に質問されても『その質問には答えたくない』と言えばいいだけ。事実と違うことを言うことは許されません。もし、それが許されるなら、新聞の読者は首相の他の話にも嘘があると思うでしょうから」
 日本では衆議院の解散は首相の専権事項で、それについての発言の自由を許容する空気がある。これに直接関連はしないが近いテーマとして、二〇一六年秋あたりから、解散権の大きさを問題視する意見が憲法学者などから出始め、立憲民主党の枝野代表は、首相の解散権制約を俎上に載せるなら憲法改正の議論をする、と主張する。ただカリンは、そうした大きな議論をする以前に、首相の発言の誠実さこそが大切と、別の見方を提示している。カリンは、報道される細かな内容は別にしても、首相の話者としての誠実性、それをきちんと伝えないメディアは問題ではないか、と疑問を投げかけるのだ。
 カリンは近著『不便でも気にしないフランス人、便利なのに不安な日本人』(大和書房)で、フランス人は子どもの頃から政治のことを話題にすると書いている。これはフランス人に限らず、多くの欧米人が指摘する。では、なぜ日本では話題にしないのか。それは子どもの頃からの訓練の違いのようだ。本物のパリジェンヌが日本の政治や、メディアについて目の前で語るのを聞いていて、「なるほど、カフェや家庭などでは、こういうふうに政治を語るのか」と、妙に納得させられた。子どもの頃から、どうしたら自分の言葉で語れるようになるか、を訓練されているのだろう。そして、メディアの役割は、その材料を提供することにある、とカリンは考えているようだ。
 ひときわ熱を帯び、声のトーンが上がったのは、母として身近な子育ての話題。今回は、海外メディアも、〈首相がこのタイミングで解散・総選挙を決めたのは、自分の支持率回復のほか、自民党の支持率が堅調で、野党が弱体化している状態に乗じての判断だとみられている〉(二〇一七年九月二十八日、BBC日本語版)など、政局で語られることが多かった。一方の安倍首相は、消費税率を十パーセントにした際の増収分で、二〇二〇年度までに三〜五歳の幼稚園や保育所の費用を無償化するなどを公約に掲げ、〈「税こそ民主主義。使い道を見直す大きな決断をする以上、国民に信を問わなければならない」〉(同九月二十六日、朝日新聞朝刊)などを解散理由に挙げた。
 カリンは、解散の経緯はともかく、政権選択の選挙なのだから、政策の議論を深めるべきだったと考える。
「教育の話は(野党も含めて)もっと議論が必要と思いました。党首討論では、同じ質問をするだけでなく、議論が深まるようにしてほしかったです。
(自民党が)三歳から五歳の幼稚園と保育所の無償化を提案しましたが、どういう形で実現するのかも示す必要がある。メリットだけでなく、(税負担など)デメリットもあるわけですから。また無償化すると、当然ニーズが増える。その一方で待機児童の問題は深刻です。
 私の息子も五か月間待機児童でした。夫が自宅で仕事をする漫画家だったので何とかなりましたが、普通は違う。そして保育所を作ろうとすると、地域住民の反対などがある。そうした状況も考える必要があります」
 フランスは、先進国ながら少子化を克服し、子どもを産みやすい国とされる。その背景にはフランスの女性が子どもを産んだ後の社会進出を「nounou(ヌヌー)」が助けていることをカリンは、二〇一五年に著した『フランス人ママ記者、東京で子育てする』(大和書房)で触れている。ヌヌーとは複数の子どもを自宅で預かるいわゆる保育ママ制度のことで、日本でも似た制度は存在するが、広くは普及していない。カリンはこういう。 「日本では、自分の子どもを他人に預けて働きに出かけることに罪悪感を感じる方が多いようです。フランス人は、自分が決めたことについて、周りの目を気にしない。それは多くのフランス人が、どちらかといえば個人主義だから。他人の迷惑にならない限り、自分のことを考える。周りも自分に迷惑が及ばなければ、干渉しません」
バッグの中には、スマートフォンや音楽プレーヤーなどが詰まっている。「テレビ局時代は、音響や放送の技術者でした。その頃にソニーやパナソニックなど日本製のものを使っていた。私の日本の印象は、素晴らしいものを作る技術の国でした」
個人主義の自分が、日本に来て変わる
 少し話は逸れるが、カリンの話を聞いていて、夏目漱石の講演に「私の個人主義」と題したものがあるのを思い出した。漱石は、その講演で、〈私は貴方がたが自由にあらん事を切望するものであります。同時に貴方がたが義務というものを納得せられん事を願って已まないのであります。こういう意味において、私は個人主義だと公言して憚らない積です〉(『私の個人主義』講談社学術文庫)と説いた。よく日本には個人主義が根付かないと言われる。二〇一七年に生誕百五十周年を迎えた漱石は、上の講演を百年以上も前の明治四十四年(一九一一年)に行なった。個人主義のことを語るなら、だいぶ遡る必要がある古くて新しい話題だ。その一方で日本人は集団主義だという見方がある。これには、学術的な反駁もある。東京大学教授の高野陽太郎(心理学)の『「集団主義」という錯覚』(新曜社)では、このテーマを多角的に扱い、日本人が集団主義的とは言えない見方を示している。
 日本は「空気を読む文化」とも言われる。それゆえ他人やみんなに迷惑をかけないように意識しすぎるところは集団主義のように映る面もあるようだ。ただし『「空気」の研究』(文春文庫)で山本七平は、空気の話とともに「水を差す」文化のことを書いている。
 こうした日本人論は、問い、答え、問い、答えと続き、話が尽きない。書籍も多く、ときどきブームが起こる。
 最近は外国人が日本を褒める本が目立つほか、テレビでは外国人が日本文化の素晴らしさを語る番組も多い。このように外国人が日本を礼賛するパターンの言説が増えていることを、カリンはどう見るのか。
「戦後から高度経済成長時代の日本の発展、携帯電話やITなどの技術、コンビニ、鉄道網の整備などは素晴らしいと思っています。それについては『Les Japonais 日本人』(未邦訳)に詳しく書きました。ただ、時代が過ぎ、世界は変わりました。『プロジェクトX』(NHKのドキュメンタリー番組)が描いたような時代は終わったのです。であるならば考え方を変える必要がある。
 それはわかっているけれど、どうしたら良いかが見えてこない。日本人が凄いと言われたいのは、そうした不安が背景にあり、その裏返しなのかもしれません。
 こうした時代こそ国の指導者や大企業の経営者は、ビジョンを出すことが必要ですが、それを示せていない。『働き方改革』が一例です。昔は月百時間も残業するのが当たり前だったけれど、今の時代には合わない。だから変えようとしているけれど、成功するか見通せない。
 私は、変化に対応するためリーダーたちの考え方を変えるか、人を変えるか、どちらかが必要と思います。ただ補足しておくと、リーダーがビジョンを打ち出せていないのはフランスも同様で、これは世界的な傾向でもある。そうしたなかで受け皿になっているのが、一見“新しい考え方”と映る偏った考え方の人たちです。偉大なアメリカを取り戻すことを訴えるトランプ大統領が選ばれたのも、そうした流れのひとつでしょう。
 とにかく外国人から日本は凄いと言われると嬉しいのはわかる。でも凄くないところもある。そういうことにも耳を傾けるようにすることをおすすめしたいですね」
 安心、安全、安定ばかりではなく、少しだけリスクを取ってみよう、そうすれば別の世界が広がるはず、とカリンは提案する。
「私が日本に興味を持ったのは本当に偶然。前の仕事のとき、強制的に長期休暇を取る必要があり、どこか行ったことのない大都市、という理由で東京に来た。それだけです。向こうではテレビ局に勤め、それなりの収入とポストがありましたが、その休暇がきっかけで仕事を辞め、日本に移り住み、結婚し、子育てをしている。
 来日前の私の服装は真っ黒でした。でも今は服のテイストも変わったし、メイクも変わった。出産してからはママ友などを通じて、日本の社会に入りました。それで空気を読むことや、周りの人を気遣い、喜ばせることの楽しさも知った。親や古い友人からは、言葉遣いも変わり、しゃべり方も優しくなったと言われ、自分でも驚いています。
 未来が見えないとき、不安なとき、日本人はリスクを避けがちですが、リスクを取って失敗をしても、そこから学ぶことは成功から学ぶことよりも多い。そしてリスクを選択することは、自分の道を歩むことになる。だから失敗しても楽しいし、上手くいけば、より楽しいですよ」
 そして日本のメディアも不安を煽るばかりでなく、たとえば子育ても、その楽しさも伝えてほしいと願う。
「私は、二人目の子どもを授かって本当に嬉しい。子育ては容易ではないけれど、それ以上に毎日が楽しい。
 ただ、日本のメディアを見ていると、不安、負担、大変さばかりが目立ちます。たとえばお金がかかるのは事実ですが、“子ども一人あたり一千万円かかります”と見出しを付けた記事などは止めてほしい。もちろんフランスと違い、日本で良い教育を受けさせたいと思ったら、教育費の負担は大きいし、受験競争も大変そうです。でも、いくら考えても答えが出ないことはあるし、“なんとかなる”という思い切りもときには大切です。私から見ると、日本人は少しマジメに考えすぎだと思います」
 結婚生活に悩む方には、こんなアドバイスをする。
「うちでは家事を五対五とか分担を決めていない。その代わり家事をしてくれたら、夫を褒めるんです。たとえば洗濯物のたたみ方が多少違ったりしても、“ありがとう、嬉しい”って。完璧を求めない。そうすると、喜んでどんどん家事をしてくれるようになる。日本の女性は家事を完璧にやりたがり、それを夫にも求める。そして、ちゃんとできていないと私がやり直さないといけないなどと言って負担を増やす。私は、完璧を目指していません。百パーセントの完璧なんて無理ですから。そういう気持ちでいいんじゃないかと思っています」
 日本に馴染んだうえで、必ずしも凄くないという塩味の提案もするカリン。その声に耳を傾けることは、日本の社会を元気にする良い刺激になるはずだ。
にしむら・ぷぺ・かりん
  • パリ第8大学を経て、テレビ局在籍の1997年に初来日。ソニーなど放送機器メーカーの工場見学をきっかけに技術リポートを『ル・モンド』などに寄稿する。執筆の仕事が広がり、2000年からフリーランスに。2004年からAFP東京特派員になったことを機に日本に移住する。本文で触れた『Les Japonais 日本人』を2008年に出版したほか、『Historie du Managa 日本漫画の歴史』(2010年、未邦訳)などもある。自著のほか、夫でフランスを題材とした作品が人気の漫画家・じゃんぽ〜る西氏の『嫁はフランス人』(祥伝社)では、西村夫妻の等身大の生活をうかがい知ることができる。フランス語学習とフランス語圏文化を扱う月刊誌『ふらんす』(白水社)の夫婦連載「C'est vrai ?」は、5年間続く好評企画。