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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第23回
  • 2018.2
橋本保/取材・文
プリマドンナ≠ニ呼ぶ「ストラディヴァリウス “Viotti”」を手にする三浦文彰。この銘器を持つ演奏家は数千万円の弓を使うこともあるが「(弓は)消耗品なので、自分はあまり高いものは使わない」。毎日約1時間は必ず練習をして、自分の音がきちんと出せているかをメンテナンスしている。
三浦文彰(24歳)
1993年3月23日生まれ
ヴァイオリニスト
十六歳のときに世界最難関といわれるコンテストに優勝し、その後も世界的に活躍するヴァイオリニスト、三浦文彰。華々しく活躍する本格派の男性ヴァイオリニストから見える日本のクラシック音楽界の不思議な景色、自分の未来とは?
Photographs:Maki Matsuda
クラシック音楽界を賑わす
俊才ヴァイオリニスト、三浦文彰が語る
日本のクラシック音楽界に必要なこと、
自分がやりたいこと
 メンデルスゾーン、ブラームス、ドヴォルザークなど多くの音楽家と親交を深め、“現代ヴァイオリン演奏の父”と称されるヨーゼフ・ヨアヒム(一八三一〜一九〇七)を顕彰し、三年に一度ドイツ・ハノーファーで開催されるハノーファー・ヨーゼフ・ヨアヒム国際ヴァイオリン・コンクール。世界最難関とも言われる同コンクールに世界最年少の十六歳で優勝し、いま世界的に注目度の高い男性ヴァイオリニスト、それが三浦文彰である。彼が出演するコンサートには、この分野になじみが薄いとされる若い客層や、彼に憧れる子どもの姿も多い。大河ドラマ「真田丸」のテーマ曲を演奏していたのも彼だ。
 華があり、本格派である三浦の登場で、クラシック音楽界に新しい風が吹き始めつつある。
 二〇一七年十一月、ソ連時代から四十年以上も首席指揮者と芸術監督を務めるウラディーミル・フェドセーエフ率いるチャイコフスキー記念交響楽団(旧モスクワ放送交響楽団)の来日公演で、チャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルト(協奏曲)を演奏した。その数日後、この二十四歳の俊才は「今回の演奏会は大きな収穫になった」と素直な心境を明かしてくれた。
「子どものときに、巨匠と言われたダヴィッド・オイストラフ(ソ連時代に活躍したヴァイオリニスト)と、フェドセーエフさんが一緒に演奏している映像を観たことがあるんですね。その方と一緒に演奏ができるのは何か不思議な感じでした。自分もチャイコフスキーのコンチェルトは何度も演奏していますが、今回のオーケストラのメンバーは、比べものにならないくらい多く演奏をしている。そしてチャイコフスキーを心から愛している。僕もチャイコフスキーを愛していますけれど、そのレベルが違う。なので今回は普段の自分とは違いましたが、そのほうが面白いと楽しんでやりました」
 三浦は、東京フィルのコンサートマスターである三浦章宏を父に、母もヴァイオリニストとして活躍する両親を持つ。三歳からヴァイオリンを習い始めたが、小学生高学年の頃は、ヴァイオリンだけでなく野球にも熱中していた。その息子の興味をヴァイオリンに引き寄せたのは、ある日父が買ってきたブリュノ・モンサンジョン監督のDVD『アート・オブ・ヴァイオリン』だった。この中には伝説のヴァイオリニストであるオイストラフの映像が収録されていて、その演奏に衝撃を受けて、三浦はヴァイオリニストへの道に進むことを決める。三浦のいう“不思議な感じ”は、映像を通じて知った名演奏家と、フェドセーエフを通じた時空を超えた出会いなのかもしれない。この出会いを、本人は今後の活動に活かしたいと考える。
「今度は彼らとモスクワで一緒に演りたいねと話をしました。やっぱり(チャイコフスキーの)本拠地ですし。今回ツアーをご一緒してご縁ができましたので」
 二〇一七年一月からは「ストラディヴァリウス 1704年製作 “Viotti”」を宗次コレクションから貸与されて演奏会に臨んでいる。ストラディヴァリウスは、一挺が億単位の金額で取り引きされることもあるヴァイオリンの銘器で、大きなコンサートホールの端に座っていても、その音色がはっきりとわかる強い音を出すことでも知られる。
 この楽器との縁も興味深い。ある取材では、以前使っていた楽器について“健康な奥さんのよう”と喩えていたが、今回の楽器については、すごく嬉しそうな表情で、「う〜ん、プリマドンナみたいな感じかな。すごく、健康状態は基本、良いと思うんですけれど、ちょっと気まぐれなところがあって、ちょっとした気候の変化でかなり変わることを感じる」という。
 ヴァイオリンのベストコンディションを維持するのは仲々難しい。気温や湿度などの変化によって音が微妙に変化するからだ。たとえばコンサートが行なわれる日に雨が降り、観客の着装が湿っているだけでも会場内の湿度は変化し、それが楽器の音にも微妙に影響すると言われる。日本のように季節による温度や湿度の変化が激しい国、そうでない国々を行き来する場合は、自分の求める音が出るか否かを左右するため、非常に気を使う。三浦はそれを健康状態の比喩を使って表現している。
「前の楽器も古いものでしたが、そこまでは感じなかったんです。でも、この楽器は、あれっ? ていうのがある。それはストラディヴァリウスのなかでも、すごくいい楽器であることの証拠なんですけれど、扱いが難しい。ストラディヴァリウスって、弦を弓でこするときに、いちばん良い音が鳴る部分、われわれはそれをサウンディング・ポイントって呼ぶんですが、それが狭い。今使っている楽器は、とくに狭いので難しいですね。
 テニスのラケットでも上級者用のラケットは、ボールがよく飛ぶスイートスポットが狭いですよね。でも、そこに当てると、すごくいいショットが打てる。一方、初心者用ラケットは簡単にポーンと飛ぶけれど、気をつけないと飛びすぎる。それと似ているかもしれません」
 そして、この銘器との出会いにも、縁を感じている。
「僕は、割とどんな楽器でも仲良くなれるほうですけれど、これは最初一音弾いたときから、すごい好きな音が出た。一目惚れです。普通は結構時間がかかるんですね。前の楽器は健康だったけれど、自分がいちばん鳴らしたい音が鳴るようになるまでには二年間くらいはかかりました。けれど、今のは最初の一音から良かった。ストラディヴァリウスながら、低弦の暗い音も良くて、なんだかモスグリーンのような深みも表現できるんです」
 実は、二〇一七年の秋に幸せなご縁が巡ってきた。女性ピアニストと結婚したのだ。
「なんか強い気持ちになれましたね。音楽を練習するときも、コンサートで演奏するときも、海外に行っても、だいたいは一人ですけれど、一人じゃなくなったので」
 その奥さんを三浦は野太い声で「クイーン(笑)」と喩える。プリマドンナよりも強そうである。
バッグなどを持ち歩かずに軽装。サングラスが好きで公演先で良い物が見つかると、すぐに買う。身の回りのものは青系が好きだが、演奏会の日は「赤いボクサーパンツをはいています(笑い)」。堂々と演奏する姿からは意外な印象だが、公演前はとても緊張をするのだとか。
自分で企画した室内楽の音楽祭をやりたい
 三浦は、音楽家の家庭に育ち、恩師にも恵まれて豊かな才能を開花させ、若くして世界的な舞台で活躍する。早くから音楽の世界で活動しているがゆえに感じる問題意識はないのか。彼はしばし沈思したあと、こう答えた。
「僕はいま、メンデルスゾーンやチャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトを弾くことが多いんですが、これからはもう少し色々な曲を演りたいです。今演ってるのは名曲だし、人気なのはわかっていますが、結構ずーっと繰り返し演奏しているので、本当の意味で一般の人へのクラシック音楽の広がりが限られてしまっているかもしれない。クラシックってメンデルスゾーンでしょ、モーツァルトでしょって感じになっていないだろうか。ショスタコーヴィチやプロコフィエフなんかも面白いし、そういうものもあるんだということを知ると日本のクラシックファンの幅が広がると思うんです」
 では、どんな曲に挑戦したいのかを聞くと興味深い答えが返って来た。
「昨年は数回エルガー(イギリスの作曲家)のヴァイオリンコンチェルトをやらせてもらえたので、もっとやりたいですね。あとはバルトーク(ハンガリーの作曲家)のヴィオラコンチェルト。リサイタル(独奏会)でヴィオラを弾くことがありますが、もっと弾いてみたい」
 ヴァイオリニストがヴィオラを、というのは不思議かもしれないが、三浦は次のような持論を持つ。
「ヴァイオリン弾きにとって、ヴィオラっていい影響しかないんです。ヴィオラはヴァイオリンよりも大きいのでサウンディング・ポイントがよく見えるし、ヴィブラート(震えるような音色を出す技法)の練習にもなる。人の前で弾く弾かないは別にして、ヴィオラは、ヴァイオリニストはみんなやったほうが良い。みなさん、あまりやらないようですけれど」
 音楽の話になると、ときには豊かな比喩表現を使って、また必要なときには理論的にわかりやすく答えてくれる。そうした姿勢からは、取材を通じてより多くの方にクラシック音楽の世界を伝えたいという三浦の誠実さを感じさせる。
 彼が今後の大きな目標としているのが、自分の企画した音楽祭を開催すること。そこでは日本では決して盛んとはいえない室内楽を紹介したいと考えている。
「世界の素晴らしいオーケストラとともに演奏を重ねていくことは、音楽家として大事な仕事と思っています。ただ、これからの日本のことを考えると、僕ら若手はクラシック音楽の世界をもっと盛り上げないといけない。やっぱり難しい時代ですから。まぁ、これは日本だけではないんですけれど、若い人に来てもらえるようにしたい。そして、これは以前から言っているんですが、音楽祭を作りたいんです。僕は幸運なことに、すばらしい音楽の友だちがヨーロッパにもたくさんいる。そういう人たちを日本に集めて室内楽の音楽祭をやりたいですね」
 室内楽には弦楽四重奏やピアノ三重奏など多くの形態がある。元来は教会や音楽会場以外の宮廷の一室などで演奏されていたのだ。
「オーケストラだと会場が大きくて、人数も多いから、弾いている人たちひとりひとりが見えにくいじゃないですか。でも室内楽だと、仲間が演っている雰囲気も楽しめる。室内楽ですごく大事なことは気配りと、目配りなんです。演奏者が目を合わせて見るところは見る、そういうチームワークを間近で楽しめる。
 僕は、室内楽のようにコンチェルトをやるのも好きなんですよ。室内楽の大きいのがオーケストラだと思う。だから僕がコンチェルトをやるときは、やっぱりオーケストラのことを知るのが一番大事。そうやって演奏するほうが楽しいんですよ」
 そして演奏会に足を運び、クラシック音楽は言葉や時空を超えて楽しめることを三浦は知ってほしいという。「いちばん遠いところでは南米コロンビアに行ったことがありますが、僕は日本人で、見た目が全然違っても音楽を通じて、お客さんと心をひとつにできる。これは音楽の原点で、クラシックはそういうものをピュアに持っている。以前ロシアの田舎の村に行ったときにも、言葉が通じなくても良い音楽は伝わると感じました」
 読書でも、古典(クラシック)は時代を超えて人間の本質を知ることができたり、改めて読み直すことで、現代の問題を考えられる。また古典を通じて、国や文化、言葉を超えて、理解し合えることもある。クラシック音楽ならば、言葉さえも超えて感動を共有することができる。三浦は、そんな音楽の真理を教えてくれた。
みうら・ふみあき
  • 東京都出身。3歳よりヴァイオリンを始めて、安田廣務、6歳から徳永二男に師事する。ウィーン私立音楽大学にてパヴェル・ヴェルニコフ氏、ジュリアン・ラクリン氏に学ぶ。2009年、史上最年少の16歳でハノーファー・ヨーゼフ・ヨアヒム国際ヴァイオリン・コンクール優勝。同時に聴衆賞、音楽評論家賞も獲得する。2011年に『プロコフィエフ:ヴァイオリンソナタ第1番、第2番』(ソニーミュージック/ミューズ)でCDデビュー。このほか『ツィゴイネルワイゼン 〜名曲コレクション』や『チャイコフスキー&メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲』(ともにエイベックス・クラシック)などのCDもある。現在、ウィーンと東京を拠点に音楽活動をしている。