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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • [連載]スポーツエッセイ
    アスリートの新しいカタチ
    第9回
  • 2018.3
松山ようこ/取材・文
大晦日のRIZINで連勝記録は25でストップし、6年ぶりの黒星を喫するも、「人生そんなにうまく行かないもの。負けて得るものが必ずある。新たなストーリーの始まりと思って、人間的にも深みを増して、また強くなって帰ってきます」とRENA。試合後、燗c延彦統括本部長も「これからだ。今からだよ」と彼女を労った。
RENA(26歳)
(シュートボクサー・総合格闘家)
昨年の大晦日の夜に生放送で中継された「RIZIN」。決勝では惜しくも敗退したが、日本の女子格闘家を引っ張る女王としての地位は揺るがない。アイドル顔負けのルックスとトークで、バラエティ番組にも多数出演、国民的人気を誇るRENA選手の魅力に迫る。
Photograph:Koike Yoshihiro
 アイドルグループにいても不思議ではない。対面した時の第一印象は、「可愛い!」と叫びたくなるほどだった。顔も小さく、想像よりも小柄だ。それに笑顔がチャーミングで、自然体にして礼儀正しい。スタイリッシュな雑誌からバラエティ番組まで引っ張りだこなわけである。日本の女子格闘技界のパイオニアで絶大な人気を誇る格闘家RENA。その愛らしい容姿とは裏腹に、抜群のパワーとテクニックの打撃で無類の強さを誇る、シュートボクシングの絶対女王だ。
 シュートボクシングは、パンチ、キック、投げ技、立ち関節技すべてが認められた、いわば立ち技の総合格闘技。新しい格闘技として、一九八五年に日本の元キックボクシングのミドル級・ウェルター級王者のシーザー武志氏(現シュートボクシング協会会長)が創始した。RENAは女子シュートボクシングの祭典『Girls S-cup』の日本トーナメントと世界トーナメントを四連覇すると、シュートボクシング女子世界フライ級のタイトルも獲得するなど、圧倒的な実力で女子エースとして活躍を続けている。
 だが、その比類ない強さを除けば、ごく普通の女の子と変わらない。ショッピングやお菓子作りが大好きで、普段はメイクやファッションを楽しむ二十六歳だ。トップアスリートで格闘家のイメージとは随分異なる。聞くと、「格闘技をやってるからこそ、女らしい身だしなみにも手を抜きたくない」とRENA。「だって、ジャージで歩いてたら、普通じゃないですか。お! 格闘技やってるな、みたいなのは嫌なんです。そりゃ、トレーニング中はジャージで歩いたりもしますけども」と、愛らしくもこだわりを語る。
 生粋の大阪娘。時に大阪弁が飛び出しながら、明るく周りを魅了する笑顔がとにかく印象的だが、そんな彼女には正反対とも言える子ども時代があった。
引きこもりで感情を消した子ども時代
ヤンキーの姉に負かされる日々
 RENAは四人姉妹の末っ子。一番上の姉から順に、八つ、六つ、三つと年が離れている。姉たちは地元大阪で名の知れたヤンキーで、子どもの頃から姉妹で殴り合いのケンカが絶えなかったという。「元々、すごい負けず嫌い」と自負するRENAだが、まだ幼い末っ子が年の離れた大きな姉たちに力で敵うはずはなく、「いつも馬乗りされる側でした」と思い出す。ただし勝てないながらも、「うるさい、ブス!」と捨て台詞を吐いては、トイレに隠れたりしていたのだそう。
 長女と次女のケンカでは、家中に穴が空いた。そんな嵐のような日々から自分を守るためか、RENAは幼い頃、「感情のスイッチを切っていた」時期があると明かす。「それで生きてこれてたんです。荒れた環境でも、淡々として一歩離れたら、その方がラクだなって思ったんです」。学校にもあまり行かなかった。三人の姉はほどなく家に居着かなくなり、両親は離婚。母は仕事に出て、RENAは一人で家に引きこもった。
 姉がヤンキーだったため、ごくたまに登校してもいじめられることはなかったが、独りぼっちの代わり映えのしない日常を送りながら、自ら変化を求めるかのように運動会や修学旅行といった学校行事に参加した。周囲からは「イベント女」と冷やかされた。「今思えば、それで流して生きていけばいいかなって思ってたんですね。でも、将来がすごく不安にもなったし、このままじゃ嫌だなっていう自分もいた」
 そんな時、通学路にシュートボクシングのジムができた。小学六年生のRENAは、「これならお姉ちゃんに勝てる」と母に通うことを懇願。引きこもりがちな娘を心配していた母は、同級生が通っている近所の空手道場も薦めたが、そこは型と寸止めを習う道場だったため、RENAは「あかん、これじゃお姉ちゃんに勝たれへん」と断固として拒否。母を口説き落とすと、“実戦的”なシュートボクシングジムの門を叩いた。
「いざ習い始めてみたら、本当に、痛い、悔しい、嬉しい、楽しい。いろんな感情が出てきたんです。通っていたジュニアのクラスには、幼稚園から中学生まで、いっぱい子どもがいました。一緒に遊んで、練習して。ハマって楽しくなって、お姉ちゃんをしばく(やっつける)のも、どうでもいいやって思うようになったんです」
 次第に学校にも通うようになった。ジムの先生が確認するからだ。「いつも先生に『学校、行ったんか!』って聞かれる。行ってないと私もコソコソして、嘘もつけないからすぐバレる。でも、行くと褒められるから嬉しくて、『せんせ、せんせ、今日、学校行ってん!』って報告してました。先生から『お前、わかりやすいやっちゃなあ』って言われました」
 シュートボクシングを始めて、たくさんの仲間と温かな先生に恵まれた。豊かな表情を見せ、学校にも通い出したRENA。母がどれほど安堵したかは想像に難くない。
「ケンカでプロが手を出しちゃダメ」
負けず嫌いから真のアスリートへ
 新しい居場所となったシュートボクシングのジムで楽しみながら、みるみる強くなったRENAは、十六歳でプロデビューした。気になる「お姉ちゃんへのリベンジ」は、今も果たしていない。言うまでもなく、姉たちが多少ストリートファイトで腕に覚えがあっても、格闘技を本格的に身につけたRENAに勝てるはずはない。だが、いざ技術を身につけると、それは日常では「使っていけないもの」に変わった。
「そもそも、お姉ちゃんに手を出しちゃダメっていう」と笑うRENAだが、プロになって一度だけ、長女ととんでもない乱闘劇になったことがあると明かす。「お姉ちゃんが子どもを連れて帰ってきた時でした。二人目を生んで、まだ赤ちゃんだったんですけど、ある時、口論になって、私が物をばんって投げたら、赤ちゃんの方にコロンコロンって転がってって……。そしたら『当たったらどうすんねん!』ってお姉ちゃんがもの凄い剣幕で襲ってきたんです。こっちもゴメンって思ってるし、でも気迫がすごい。止められなくて馬乗りになられたけど、私は殴られへんから、何とか髪の毛つかんで防戦してたんですけど、結局はお姉ちゃんに殴られて、試合でも出来たことないような青たん(青あざ)が出来ました」とケラケラと笑った。恐るべし、母の逞しさだが、RENAは最後まで我慢し、やり返さなかったという。
 これぞアスリートだと感心した。最近またしても、スポーツ選手の暴行問題が取り沙汰されることが増えているが、思えばスポーツの成り立ちは、「非暴力」に他ならない。人類の歴史上、力でねじ伏せて統制してきた時代から、議会制や民主制など話し合いで統治していく「文明化」の象徴でもあるのだ。それまで争いの手段だった格闘技も、文明の発展とともにスポーツとして、楽しむためのゲームとなった。だからこそ、格闘家をはじめ、スポーツ選手は絶対に暴力をふるってはいけないし、楽しく取り組むべきなのだ。
 RENAは、試合前も笑顔いっぱいにリングインすることで知られる。特に女性や子どもには、彼女の明るい入場パフォーマンスが好きという人が多い。プロのスポーツ選手に“真剣さ”を求める日本人には、勝負の直前まで“笑う”RENAを理解できない人もいるかもしれない。だが、楽しむことこそ、スポーツの醍醐味。「そうする(笑う)ことで、うまく心身のバランスが取れるんです」と言い切るRENAは、スポーツ本来のあり方を自然に体現しているとも言える。
大晦日RIZINの入場シーン。衣装は平成の歌う絵師≠アと秋赤音デザインによるスタイリッシュな着物。艶やかな着物姿で登場したRENAに、会場からは女性や子どもたちからの「レーナちゃーん!」の歓声が大きく響いた。着物の内側には、大切に飼っている愛犬おはぎとみたらしのイラストが描かれているというこだわりも。
大晦日のRIZINでまさかの失神負け
「夢かと思った(笑)」「必ずやり返す」
 RENAは、今年でデビュー十二年目。シュートボクシングで絶対女王として君臨した後、さらなる高みを求めて二〇一五年から総合格闘技RIZINにも参戦するようになった。シュートボクシングにない寝技は、総合格闘家デビューが決まってから練習を始めた“初心者”でもある。にもかかわらず、その総合デビュー戦から二年間、六戦負けなし。一六年の総合第二戦では、レスリング女王だった山本美憂と対戦し、快勝したことも話題になった。
 連戦連勝と勢いに乗るRENAが、満を持して迎えたのが、昨年の大晦日に行われた、RIZIN第一回女子スーパーアトム級トーナメントだ。大勢のファンや関係者がRENAの初代チャンピオンを予想し、RENAは頂上決戦へと勝ち進んだ。迎えた決勝戦では、妹分の浅倉カンナが対戦相手となった。すると、レスリング少女の浅倉は、何度もタックルを仕掛けた末、RENAの背後へ。その首に腕を回すとチョークスリーパーで絞め落とした。“絶対女王”が、リング上で失神するという衝撃の敗戦だった。
準決勝では、アイリーン・リベラ選手を1RTKO勝ち。「パンチで倒せたのでうれしかった」とRENA。
浅倉カンナとは、一緒に練習で汗を流したり、旅行にも行ったりするほど仲もいい。試合前は互いに「あまりやりたくない」と明かしていたが、ゴングが鳴った途端、ファンが沸き立つ熱戦となった。試合後、すぐに穏やかに語り合う二人。浅倉は優勝会見で「RENAさんがいたからジョシカクが盛り上がった」と繰り返した。
 我に返ったRENAは敗戦直後、リング上でセコンドを務めた浜崎朱加氏の肩に顔をうずめた。だが、彼女が涙に暮れたのはその一瞬だけ。程なく、ツイッターで「ごめんなさい……」とファンに謝罪すると、変わらぬ笑顔で試合後の記者会見に応じた。開口一番、「周りが腫れ物に触るように扱ってくれちゃって」と自虐をさらすと、涙についても、えへへと笑いながら、「うそ泣きだったって言いたいですけど、心の汗が出ちゃいました」といじらしくも会見場を和ませた。さらに、翌日にはブログで浅倉に祝福のメッセージとファンへの感謝の言葉を綴っている。アスリートの鑑である。
 ちなみに、絞め落とされたのは人生初の経験だったという。「絞められたことも、全部覚えてます。腕を回されて、あ、やばい、逃げなきゃ、行けるかな、行ける行ける、カンナの腕を外そうかな、外せるかな、外せるだろうな、あれ?」で試合が終わっていたという。失神していた間の記憶は、夢。「すごい楽しい夢だったんですよ。内容は覚えてないけど、楽しいなあって思ってて、パッと目が覚めたら、六人ぐらいに囲まれてて『大丈夫?』『試合終わったよ』って言われて。あれ?そっか、負けたんだって。敗戦が夢じゃないのかなってそんな感じでした」と衝撃の敗戦劇をネタのように語った。
ジョシカクを牽引するのは私!
まもなく世界の舞台へ「今年は準備期間」
 RENAはすぐに浅倉のベルトを奪い返すと誓った。浅倉本人にも「絶対にやり返すから」と伝えたという。敗れた理由はすぐに分析した。「今まで行けるって思ったら倒せてたけど、今回はそうはいかなかった。油断ですね。これまでがうまく行き過ぎてたんです」と驚くほど冷静だ。「いつも私の人生は分岐点が負けからなんで」。実際、RENAはプロデビュー戦も黒星スタートで、十連勝と波に乗った後のタイトルマッチで敗戦したりと、ここぞというところで敗戦をしては、さらに強くなって這い上がっている。
「これまで、本当に負けた試合は八割、九割の確率で成長につながってるんです。だから、今回もそうなのかなって」と復活を確信する。「もし今回もこれで優勝して、ベルト取ってたら、満足しちゃってたかもしれないし、こんなにも、くそっ、もっと頑張るっていう気持ちにもならなかったかもしれない。それに総合格闘技はやっぱり奥深い」と語る。初代女王の座は浅倉に譲ったが、それも「一番というのを預けてるだけ。譲るのは嫌なので」とプライドをのぞかせる。
 女子格闘技を盛り上げるため、誰よりも努力しながら内外にアピールをしてきた自負がある。〇九年にタイトルを獲得して以来、シュートボクシングの女子に向けて「私が引っ張る。盛り上げていこう」と声を上げてきた。言葉にすることで共感のエネルギーが伝播していくのがわかったという。今や女子格闘技をあらわす「ジョシカク」という言葉も根付くほど、認知された。「これからですよ。もっともっと盛り上げていきたい」とエースの自覚も変わらない。
 ますますの闘志を秘め、近い将来に世界の舞台も目指す。アメリカをはじめ、海外で女子格闘技のレベルは急速に上がった。「自分の伸びしろで期間も決まるのかもわからないですけども、そんなにゆったりはしてられないですね。今のこの流れのまま、とりあえず今年は準備期間としても、来年か再来年には行けたら」と大舞台へのプランを描く。
 敗戦は糧で、ピンチはチャンスなのだ。強くて可愛い「ツヨカワ」のRENAは、これからも笑顔で高みに登り、ジョシカクをもっと盛り上げ、ファンのハートを鷲づかみにしていくに違いない。
RENA レーナ
  • シュートボクサー、総合格闘家。シーザージム所属。1991年生まれ。身長158p、体重49s。大阪府大阪市出身。小学6年生からシュートボクシングを始め、16歳でプロデビュー。初代シュートボクシング女子世界フライ級王者。Girls S-cupのトーナメントでは4度の優勝。通算戦績は、43戦36勝(12KO)6敗1引き分け。MMA(総合格闘技)戦績は、7戦6勝(4KO)1敗。圧倒的な実力とキュートなルックスで、強くて可愛い「ツヨカワ」と絶大な人気を誇る。
    RENA twitter:@SB_RENA
    Instagram:sb_rena