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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第24回
  • 2018.3
橋本保/取材・文
全身黒ずくめで『オリヒメ』を手に持つ吉藤オリィ。この黒い白衣≠ヘ、高校卒業後、私服を用意する必要に迫られ研究者らしく白衣を着たとき「なぜ白衣は白くなきゃいけないのか?」と疑問を持ち特注。以後、このスタイルを貫く。『オリヒメ』本体のみは、月額3万円程度(要見積もり)でレンタル利用できる。
吉藤オリィ(30歳)
1987年11月18日生まれ
ロボットコミュニケーター
ロボットやAI(人工知能)が毎日のように話題になっている。それらは人を幸せにするのか、目的と手段が逆になっていないか。分身ロボット『オリヒメ』を開発する吉藤オリィの活動からは、そんな問いが出てくる。その活動を支える使命感を本人が語る。
Photographs:Maki Matsuda
自身の引きこもり経験をバネに、
「孤独を解消する」難題に取り組む
若きロボットコミュニケーターの
リアリズムとは?
黒い白衣=A黒いシャツ、黒いボトム、そして黒い靴と全身黒ずくめ。少し人を寄せ付けない雰囲気もあるが、ロボットコミュニケーターという肩書きを持つ吉藤オリィは、途方もない難題と向き合っている。「孤独を解消する」というのだ。
 そのために開発したのが、高さ約二十センチメートルで重さ約六百グラムと、手のひらに載る分身ロボット『オリヒメ』である。その顔や腕はパソコンやスマホで遠隔地から動かすことが可能で、「うんうん」「いやいや」「おはよう」などとボディランゲージを使うことができる。頭部にカメラがついているので、相手の顔や周囲の様子が離れていてもわかるほか、内蔵されたマイクとスピーカーで会話もできる。
 この『オリヒメ』について吉藤オリィは「AIで動く癒やしなどのロボットではなく、自分の分身の役割を果たす」ことを熱っぽく語る。
「ゲームやネットでは自分の代わりをするアバターが登場します。『オリヒメ』はあれと同じような現実世界のアバター、つまりリアルアバターなのです。病気で寝ていたり、何かの理由で外出できなくても、自分の代わりに会社の会議で発言をしたり、学校の授業に出席してくれる。自分がそこに行けなくても、似たような振る舞いを『オリヒメ』にさせることで、人と人のコミュニケーションを支援するのです」
『オリヒメ』の顔は能面がモチーフになっている。能楽師が無表情な能面をつけながら、その技で喜怒哀楽の表現をしていくように、『オリヒメ』も顔や腕の動きで感情を表し、声のやり取りをすることで、テレビ電話などとは違う臨場感を出すことができる。
 そうした解説をする吉藤は、言葉を聞き漏らしてしまいそうな早口でしゃべり続ける。そして『オリヒメ』を使った男性が社会参加できるようになった例を話し始めると、倍速再生のように、早口に拍車がかかった。
「私のオリィ研究所には、四歳のときに交通事故に遭い、以後二十年間寝たきりだった番田雄太という社員がいました。彼は自発呼吸ができないため呼吸器をつけた状態だったのですが、岩手県盛岡にある自宅から『オリヒメ』で東京のオフィスに“出勤”し、会議に出席したり、私の秘書などをしてくれていました。『オリヒメ』に腕をつけるアイデアや、ボディランゲージをより豊かな動きにするアドバイスは彼からもらいました。残念ながら、二〇一七年九月に亡くなってしまいましたが。
 彼はまったく学校に行ったことがなかったのに『オリヒメ』を使うことで、うちの契約社員として働き、その給料で母親に服をプレゼントしたり、明治大学の授業に参加するなど、従来の頚椎損傷患者では考えられないような人生を過ごしました。そして番田に触発され、社会に参加したいという人が現れたのです」
 これまでは病気や怪我で寝たきりになると、そのまま過ごすのが当たり前とされていた。同じ場所で過ごし続ける寂しさや、家族など支援者に負担をかけている心労は本人を著しく苦しめる。自分は生きている意味はあるのかなど絶望的な孤独を感じ、心身ともに衰弱していくからだ。『オリヒメ』は、病気を克服できるわけではないが、孤独を癒やし、生き続ける希望を与える。
 吉藤は、筋力が低下し、最終的には死に至るALS(筋萎縮性側索硬化症)やSMA(脊髄性筋萎縮症)など難病患者などに向けて、目でパソコンを操作する装置『オリヒメ アイ』も開発した。この入力装置のおかげでパソコンの操作が可能になり、絵を描くソフトで創作活動が可能になったALS患者もいるという。
「ALSで寝たきりになり、筆が持てなくなったにもかかわらず、元気に作品を作り続けている男性がいます。彼の絵をツイッターで投稿すると、四万ツイートもの反響がありました。こうした前例があると、自分も挑戦しようと希望を持つ人が増えてくる。こうした希望の好循環を作ることで苦しんでいる人を支援したいんです」
 こうした難病患者の支援だけでなく、『オリヒメ』は会社に出社せずに働くテレワークでも活用されている。「出産や介護などで職場を離れなければいけなかった人が会社に出社しなくても、『オリヒメ』で会議やミーティングに参加できるんです。書類を作るのは家のパソコンでもできるので、フルタイム勤務と同じとはいかなくてもそこそこの仕事はできる。また介護や育児ばかりで外の世界から遠ざかるとストレスを感じるのですが、これを和らげることができる。仲間の感覚は失わずに済むので、会社への帰属意識が薄れなかったり、職場復帰しても人間関係が損なわれないなど、人材を繋ぎ止めておける観点からも『オリヒメ』は評価されています」
 難病支援、テレワークのほかに吉藤が力を入れているのは、学校での活用だ。
「人前に出るのが怖くなってしまったパニック障害の男の子がいました。その子は人には会えないけれど、オンラインゲームはできる。ゲームの中でのチャットはできた。ならば、いきなり雑談は無理だけれど、そこの世界観のなかでの会話から始め、親睦を深められた人と段階的にやり取りができるようにする。そういうことをだんだん重ねていくと、その後に『オリヒメ』で会話ができるようになる。現在少しずつですが、フリースクール、特別支援学校、私立小学校などで引きこもりの子どもたちに活用してもらっています」
黒い白衣≠ノは大型ポケットがあり、携帯型パソコン、スマホ、メガネ、ペットボトルなどが収納されている。パソコンの上にあるのは、取材時に即興で作ってくれたバラの創作折り紙で、「吉藤ローズ」と呼ばれる。
本当に新しいことはルールを更新できる
 何かの事情で外出ができなくなり、人との関係が持てなくなる。こうした経験を吉藤自身が小学生から中学生の頃に経験した。そのときの様子を自著『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)で、〈気が遠くなるほど天井を眺め続け、不安におしつぶされないために何も考えず、時間が経過することばかりを待つ経験〉と、振り返る。一歩間違えれば自ら命を絶っていたかもしれない。
 その吉藤が考える孤独とは、どういう状態なのか。
「一般的に孤独は、家に一人でいることや、ひとりぼっちをイメージしますが、私は一人でいること自体は悪いとは思いません。ゲームをしたり、絵を描くことを楽しんでいる人もいる。私も集中して作業するのは楽しいですから。一人かどうかは関係なくて、自分は誰からも理解されていない、誰からも忘れられたのではないか、自分は無力だと孤立状態になり、それを辛いと感じている精神的に不安定な状態、これが私の定義する孤独です。
 大事なことは、自分が孤独と感じているかどうかです。人からどう見えるかとは、分けて考えてほしい。あの人は一人で寂しそう、可哀想なように見えても、本人は放っておいてくれ、ということもある。
 私は高校生や大学生のときにも騒がしいところが嫌で、一人でごはんを食べていましたが、それを周りと違うからと同じ行動をさせようとするのはおかしいと思う」
 家族、地域社会、会社のあり方は昭和の頃とは大きく変わった。またケータイやスマホ、メールやSNSなどコミュニケーション手段も増え、対面でのやり取りばかりではなくなっている。そしてさまざまなことが商品やサービスで提供されて便利になり、煩わしさが減り、気ままに暮らせるようになった反面、人と人の付き合いが希薄になっている。心身の不調、対人関係、偶発的な出来事など、理由はさまざまだが、何かのきっかけで吉藤がいう孤独を感じるようになるかもしれない。そんなときに役に立ちたい、と吉藤は考えている。
 繰り返すようだが、吉藤は「孤独を解消する」ためのツールとして『オリヒメ』や『オリヒメ アイ』を開発した。彼は、学生時代に電動車椅子を作り、コンテストで優勝するなどしていたが、これも外出ができずに孤独を感じている人のために役に立ちたいという動機で作られたツールのひとつである。何かの技術や部品があり、それを活かすためにロボットを作ったわけではない。ましてやロボットが成長分野なので参入しようとして、研究するのとも違う。いま世間では、さまざまなロボットが商品化され話題になっているが、そうしたものと吉藤が作るものが違うのは、彼に明確な使命感があること。結果的にビジネス化しているが、それが目的ではない。それゆえ次々と他とは違う新しいアイデアが出る。
 彼が少し自慢げに話すこのプロジェクトもそのひとつ。
「視覚障害者がホームから転落死するなどの痛ましい事故があります。もし『オリヒメ』を肩に乗せ、誰かが『その先に行ったら危ないよ」などと教えてくれたら、そうした事故は防げるはず。その『オリヒメ』を寝たきりなどで外出ができない人が操作してあげたら、出かけた人を通じて外の様子を知ることができるし、人の役に立てる。そんな発想で『オリヒメ』を改良したのが、ボディシェアロボット『ニンニン』です。いま試作機ができたので、今後は何台か作り、実際に使ってもらいたいと思っています。『ニンニン』の良いところは、片方の人が一方的に支援するのではなく、障害に感じていることをお互いにサポートし合えること。場合によっては、それに対価を支払ってもらうこともできる。そうすると寝たきりでも誰かのために働くことができるようになるはずです。私は、労働は、人間の尊厳に関わることと思っています。それは、働くことは、突き詰めて考えると人の役に立ち、それによって対価をもらい、自分の生活ができるから。寝たきりでお金を支給されていたり、引きこもって誰かの世話になっていると、自分は何も生み出していない、誰からも必要されていないと、辛くなる。どんな職業でも働けていれば、社会に役立っていると感じられる。だから働けることは大切。人と人の間で生きるから、人は人間になれるんです」
 吉藤の話には、二つのリアリズムがある。ひとつは孤独を感じている人と直接触れ合って、少しでも具体的に状況を改善したいとツールを開発したり、励ましの輪を広げていくこと。もうひとつは、諦めずに向き合っていけば必ず達成できるという希望を持っていること。その希望は目には見えないが、必ずあると確信できる。この二つのリアリズムが、次々と新しいものを生み出せる。
「本当に新しいことは基本的には他人は理解できないんです。たとえば何人かで集まって新しいことをするとしましょう。でも、そこからは本当に新しいものは生まれません。だって、その何人かには理解できているわけですから。そうした中途半端な新しさって、ルール違反のように見えるんです。だから私は出すぎた杭になる。出過ぎていれば、ルールを更新できる。ルールが更新されるまで続けることが大事と思っています」
 多様性を尊重しよう、個性を大切になどといわれるが、吉藤のような飛び抜けた個性を尊重できているだろうか。彼のような尖った存在を、すり潰して、世間に馴染むようにしてはいないか。彼の活動は、そうした問いを社会に突き付けている。
よしふじ・おりぃ
  • 奈良県出身。小学5年生から中学2年生まで不登校生活を経験。あるロボットコンテンストの全国大会に参加していた地元の工業高校(奈良県立王寺工業高校)の教諭を慕って高校受験。高校卒業後は、国立詫間電波工業高等専門学校に4年次編入するが寮生活に馴染めずに、同校を中退。早稲田大学創造理工学部に入学する。2009年から孤独解消を目的とした分身ロボットの開発に着手し、2012年に「オリィ研究所」を設立。青年版国民栄誉賞「人間力大賞」受賞、米スタンフォード大学 E-Bootcamp日本代表に選ばれるなどの実績をあげる。本名は健太朗。オリィ≠ニいう呼称は、折り紙が特技なことに由来する。