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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第25回
  • 2018.5
橋本保/取材・文
陽だまりのような雰囲気を持ち、いつも笑顔が絶えないが、厳しい世界で生きていることは言葉の端々からうかがえる。「猟の世界は仲間との信頼を第一に考える掟の世界なので、東京の生活とはだいぶ違いますよ。でも私は、両方を行き来できるスタイルを続けたい。どちらか一方になると、バランスが悪くなると思うので」
竹林久仁子(42歳)
1975年12月6日生まれ
料理人・猟師
日本各地で獣害が深刻化するなか、女性の狩猟免許取得者が、僅かながら増えつつあり、業界団体ではそれを歓迎している。ただ、竹林久仁子にとって、食べられる肉を得るためには、その方法しかなかった。彼女の波瀾に満ちた来し方に迫る。
Photographs:Maki Matsuda
いま女性の狩猟免許取得者が微増し、
“狩りガール”などとも呼ばれているという。
そんな軽いノリとは一線を画す
女性料理人が猟師を目指した理由とは?
 最近は認知や理解が進みつつあり飲食店などでその有無を聞かれたり、対策メニューが用意されるなど改善の兆しは見られるが、食物アレルギーがある人にとって外食は恐怖の連続とも言われる。
 東京・世田谷で飲食店「beet eat(ビートイート)」を営む竹林久仁子も、そんな一人だった。以前繰り返し起きた不思議な体調不良は食物アレルギーが原因と振り返る。
「小さいころから牛肉の脂身を食べるとじんましんが出たり戻したり、カキではショック状態になったこともありました。お酒はお猪口いっぱいで急性アルコール中毒状態だし、コーヒーを出されても飲めないので口をつけるだけで飲むふりをするなどしていました。
 みんなは楽しく飲んだり食べたりできるのに、自分は、それができない。病院に行っても、食あたりですねとか、体調が衰えて免疫力が下がったのかもしれないと診断されて、なんか変だな、恥ずかしいなと思って、食べられるものが少ないことを人には隠していました」
 そして竹林の人生を大きく変えたのが十三年前の交通事故。ミニバイクで信号待ちをしているときに、大型ダンプカーに追突されたのだ。左膝が粉砕骨折し、インプラント(体内に埋め込む器具。骨折では金属製ボルトなど)を使った骨接合手術などで入院は二か月に及ぶ。退院してから約三年間は、引きこもり生活。その後も車椅子と松葉杖に頼る日々が続く。
 外出の機会が減ると、家の中で単調な生活が続き、体重が二十キロも増える。その影響は思考にまで及んだ。
「あるとき、自分が面倒くさがり屋になっていることに気づいたんです。出かけたくない、面倒くさいって。足が不自由だったこともありますが、体重が増えて動くのを億劫に感じていたようで。これはいけないと思った」
 生活を見直そうと、情報収集しているときに、地元の食材を推奨する「身土不二」、食材を丸ごと食べること説く「一物全体」、漢方薬などにも共通する「陰陽調和」などをテーゼにするマクロビオティックス(マクロビ)を知る。食事を見直すことを通じて、生活や健康などの改善を図るマクロビは、竹林と相性がよかった。
「最初は、ダイエット法のひとつかなぁ、といった軽い気持ちで興味を持ったのですが、レシピを見て再現しているだけでは味などがわからず料理教室に通い始めると楽しくなっちゃって。結局はインストラクターの資格を取得し、自分で料理教室を開いてました(笑)。マクロビは日本食をベースにしたもので、アメリカで流行した後に、日本へ逆輸入されてきたものです。アメリカほどではないですが、日本でも食品について疑問を持つ女性などが関心を示して普及したんです」
 マクロビの知識を吸収するなかで、過去の体調不良は食事に原因があったのではと気づく。そして有機農法などで作られた食材を使った食事に切り替えて、体調の変化を感じられるようになった。ただし、そうした食生活を日常的に取り入れることは容易ではない。普通に流通している食材よりも高く、入手困難なものもあるからだ。
「マクロビって続けるのが大変なんです。日本には専門のスーパーなどが少ないし、オーガニックな食材って“高級感”が出て、なんか違う雰囲気になる。どうしたら良いかなと思っているときに、それを仕事にしたら続けられるんじゃないか、と思ってマクロビ料理のケータリングサービスを始めたんです。インストラクター資格を取得後の二〇一二年春のことですね」
 現在の店舗は、元々ケータリングをするマクロビ料理の調理場として使っていたところ。いまもケータリングサービスは続けているが、その後は親しい知人などにマクロビ料理を提供するなど紆余曲折を経て、二〇一六年二月からは「ビートイート」して営業を始める。
 こうして交友関係も広がるなかで、自分が安心して食べられるジビエ(野生の獣肉)への興味が強くなった。
「知識が増えていくなかで、一般的に流通している食肉にはアレルギー反応が出てしまうけれど、ジビエはどうなんだろう、と思うようになりました。マクロビ的には捕りに行くんだよなぁ、と猟のことを考え始めたんです」
 少し話は逸れるが、読者のなかにはマクロビは、動物の肉は食べないのでは? と思われる方もいるだろう。その疑問に、竹林は、こう答える。
「マクロビは、古い日本食の考え方などが背景にあるので、結果的に肉食が少ないんです。あとは流通の問題などもあり、避ける傾向があります。ただ、肉を食べることは否定していないんです。もちろん別の考えを持つ人もいますが、私はそう解釈しています。
 あとマクロビに限らず厳格なヴェジタリアンやヴィーガンなどもそうですが、あれはダメ、これはダメと食べられるものを狭めていくと、同じ考え方の人ばかりで偏るのも気になります。私自身が人とは違ったので、人と違うところは個性として大事にしたいので」
 私にも安心して食べられるジビエを入手したい。そんな思いから猟への興味は膨らむ。ただ、当時の竹林は車椅子生活からは脱していたが、野生動物が住む山林を歩くことはおろか東京の生活にも多少の不自由があった。そんな体で動物と命のやり取りができるのか。そうした不安は、生活の不自由さを一層際立たせる。葛藤を抱える竹林の前に、ある日、こんなことを言う人物が現れる。
「(手が使えるなら)引き金は引けますよね。足が悪いことと、何か関係がありますか?」
 現在の猟の師匠である。
「この一言を聞いたとき、この人は信用できると思いました。そしてモヤモヤしていたものが晴れた。あのときの一言がなければ、いま猟に出かける生活ができていたかはわかりません」
 そして二〇一四年夏に狩猟免許(第一種銃猟)を取得し、その翌年に銃の所持認可など必要な準備や手続きが済む。初めて獲物と対峙したのは同じ年の秋の北海道。一生忘れないほどの印象に残る経験だった。
 師匠から、一メートルくらい先にいるシカに「止め(止めをさすの意)を撃ちなさい」と言われて、まず一発目を撃つ。けれど大きく外して二発目。さらに三発目。まったく当たらなかったのである。
「そうしたら師匠が『もういいよ』と、ナイフで止めをさしたんです。いまから振り返ると、あのときは生き物を撃つのが怖かった。いまでもよく覚えています」
 その後、竹林は東京で射撃練習を繰り返す。そして三か月後、再び北海道で初めてシカを仕留める。
 大事故を経験し、マクロビと出会い、その料理を提供する竹林久仁子に、猟師という肩書きが加わった。
獣肉の処理などに使われるナイフと、使用済みの薬莢を入れた装弾ベルト。猟に使う道具は、法律の厳しい規制がある。気さくな会話中でも、こうした部分に触れる話題になると、竹林の表情が引き締まる。
日常的に食べられているのは常識か
根源的な問いを巡るカウンターでの会話
 取材を終え、日を改めて「ビートイート」に足を運んだ。前述のとおり、いまの店舗は調理場にしていた場所を使っているのでカウンター七席の小さな店。確かに狭いが、それゆえに、どこに座っても竹林とのおしゃべりを楽しめる。料理の内容は、昼夜ともに提供するカレーメニュー(ランチ千四百円〜二千四百円、ディナー千八百円〜)と、コースメニュー(予約のみで七千円。禁猟期は五千五百円)の二つで、シカ、イノシシ、クマなどの獣肉を使うことが基本となる。
 いま「ビートイート」は、カレー愛好家のなかでも注目されるようになり、グルメ誌などが繰り返し取材に訪れるほか、日本のカレー文化に貢献した店を表彰する「JAPANESE CURRY AWARDS 2017」のメインアワードを受賞した。なぜカレー? と思われるかもしれないがマクロビに興味を持った時期に、アーユルヴェーダ料理研究家・香取薫に師事してスパイスの世界に興味を持ち、インド料理を身につけたことがきっかけ。最近はパリ、ロンドン、ニューヨークなど世界各地にインド料理やスパイス料理がどんなふうに土着化しているかに関心があり、それらの知見や技を活かした料理を提供する。
「ツーリストが経験できるインドには限界があるし、私の興味が少し変わってきたんですね。世界中に中華街があるように、インド料理も世界中に広がっていて、パリでは食材の良さや移民政策の関係で、いろいろな文化が融合していて面白い。ロンドンは歴史的経緯からして本格的でクオリティの高いインド料理が楽しめる。ニューヨークは、う〜ん、アメリカなんだな、って(笑)。今度はカレー研究家の水野さんと一緒に、クアラルンプールのカレー事情を視察してくるんですよ」
 カレー研究家・水野仁輔氏は、いまや国民食といわれるカレーの来歴を探った著書『幻の黒船カレーを追え』(小学館刊)の著者。そうした人間関係のつながりが、竹林の料理に広がりや豊かさを加えている。
 ただし、コースメニューは、インド料理のカレーをイメージして訪れると、見事に裏切られる。
 二月某日は、上品な出汁が引かれたウニの茶碗蒸しの突き出しから始まり、この時期に栄養を蓄えた鯛をカルパッチョにしたサラダへと続く。この野菜の香りが豊かで、味が濃い。「んっ、これは」と話しかけようとすると、竹林が意を汲んで解説してくれた。
「サラダに使っているベビーリーフなどの野菜は近くの農家さんが低農薬農業でがんばって作っている。そういう方もいるので、地元の野菜が使えるんです」
 ここ数年見聞きするようになってきた、いわゆる“東京野菜”が楽しめるというわけだ。
 その後に出てきたのは、エゾジカのロースト。厚めにスライスされたものを口に含むと、いつまでも旨味が続き、ときどきシカならではの風味がほのかに感じられる。
「ジビエは一頭一頭に個性があるので、そのときそのときに出会ったものが楽しめます。よくシカは臭いと言われるんですが、うちは、そうしたものは扱いません。今日のお肉は、自分で仕止めたものではありませんが、猟仲間のルートから仕入れた新鮮なものです」
 竹林の師匠は、とても昔気質で、きちんと仕留めることを大事にしている。
「エゾジカの場合は、苦しまずに一発で済むように首筋を狙うんです。そういう猟ができるように、普段から射撃の練習も重ねています。ただ、必ず急所に当てられるわけではないのですが、半矢(撃ち損じた状態を指す猟師言葉)になったら、最後まで見つけて仕留める。そのために血痕や足跡などを手がかりにして山中を捜すんです。そうしてあげないといけない。そういう心持ちが大事と思います」
 このほか日本各地で獣害が深刻化している。これについては竹林は、次のように考える。
「動物は餌を求めて行動するだけなので、狩猟免許保持者が減ったから、獣害が増えているわけではない。これは自然開発など、まったく別次元の話で、狩猟人口が増えたからといって解決される話ではありません」
 竹林の話を通じて、私たちは食べなければ生きていけないが、それは別の命を奪う営みであること、また人間の生活が、動物たちの暮らしに深刻な影響を与えていることを改めて気づかされる。それを知ったうえで、どうするかは、それぞれが考えることなので、ひとつだけの正解があるわけではない。ただ、彼女に起きたことを追体験することは、日常の当たり前が常識か、日常にこそ非常識的なことがないかを考えさせられる。
たけばやし・くにこ
  • 群馬県出身。13年前の交通事故で、左膝を粉砕骨折し、約2か月の入院生活後も不自由な生活を強いられ、その療養生活中にマクロビ料理やインド料理などに興味を持つ。2014年夏に第一種銃猟免許を取得。翌年に銃所持など関連法規の認可を得る。2016年3月に、自分も食べられるジビエを提供することをコンセプトにした「ビートイート」を開店。人気のカレー店として予約が取りにくい店になりつつある。
    ●店舗:世田谷区喜多見9-2-18 喜多見城和ハイツB1F TEL03-5761-4577。火〜金:12時〜15時/18時30分〜22時。水:定休日、木:夜営業のみ。空席などはFacebookで確認するのが確実