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  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第26回
  • 2018.6
橋本保/取材・文
月球儀を手にして宇宙を見る袴田。「(宇宙分野で)アメリカはリーダーシップは取るけれど、やはり摩擦を起こしがち。中国も、ロシアも、主張が強い。その点、日本は、仲介役としてバランスを取る役割ができれば、国際間の合意形成で存在感を発揮できるはず。数は少ないけれど、日本は経営者が宇宙ビジネスに挑戦しているのは良い傾向と思います」
袴田武史(38歳)
1979年9月3日生まれ
アイスペース代表取締役
米国では、民間企業がロケットでの惑星移動や、地球上のあらゆる地点を一時間以内で結ぶ旅客構想を発表し、注目されている。この分野で後れを取る日本政府に重い腰を上げさせた経営者が語る、いまのニッポンに必要なこと。
Photographs:Maki Matsuda
宇宙=夢≠ナはなく、
宇宙はリアルなフロンティア
宇宙ビジネスに挑戦する
若きベンチャー経営者・袴田武史の提言
 いま新聞各紙は、毎日のように宇宙関連のニュースを報じている。最近は国主導の事業だけでなく、民間の宇宙ビジネスの話題も目立つ。けれど、日本はこの分野で大きく出遅れている。
 たとえば、こんな違い。いま話題を集めているのは、米国の宇宙ベンチャー、スペースXの取り組み。同社は火星を含む惑星間輸送を想定した大型ロケット「BFR」を今年から組み立て始め、二〇一九年には大気圏外飛行および大気圏再突入の試験を繰り返すプランを発表した。スペースXは、電気自動車メーカーのテスラCEOとしても知られるイーロン・マスクが二〇〇二年に設立。二〇〇六年からNASA(米航空宇宙局)の国際宇宙ステーションへの商業輸送サービスを提供し、設立当時はいくつかあった宇宙ベンチャーとの競争を勝ち抜き、大きなシェアを獲得している。日本ではJAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙ステーション補給機「こうのとり」が同種の任務を行なうが、スペースXが運用する最新ロケット「ファルコン・ヘヴィ」は、「こうのとり」の六回分の補給物資を一回で運んでしまうほどの能力を持つ。
 前述した「BFR」の計画では、惑星間輸送をするほか、地球上のあらゆる地点を一時間以内で結ぶ構想もある。世界最大の旅客機「エアバスA380」と同程度の機内空間があるため、数百人の乗客を、東京〜ニューヨーク間は三十数分で輸送可能となる。つまり、近未来には、飛行機で何時間もかけて海外に出かけることが、その費用負担できる人には昔話になるかもしれない。
 なぜ日本は、こうした宇宙ビジネスの分野で遅れているのか。月面資源開発ベンチャー、ispace(アイスペース)代表の袴田武史は、その理由を、次のように話す。
「よく言われますが、言語の問題はあります。あと、宇宙に限りませんが、経営陣が技術者中心になることも挙げられる。ただ宇宙業界は、米国でも経営者は不足しています。三年前、米国で行なわれたある会議で投資家が宇宙業界の問題は、経営者が十分にいないこと。技術者ばかりで、ちゃんと事業を考えて経営できる人がいない≠ニ話していました。アメリカでそうならば、日本はどうなるんだろうと思いましたね」
 このほか、宇宙に対する人々の認識や関心が、ビジネスと距離を作っているかもしれないと袴田は指摘する。
「普通に暮らしていると、宇宙事業によって、どんな商品やサービスが生まれて、生活が変わるのかが見えにくいのかもしれません。たとえばスマホやカーナビで位置情報を知るために使うGPS(全地球測位システム)や、電波時計などは人工衛星を利用しています。また、今後は携帯電話がつながらないところでも、より快適なインターネットが利用できるように人工衛星が打ち上げられるなど、実は暮らしに影響しているんです。
 ただ、報道などでも宇宙=夢≠ニいうイメージで扱われるので、生活からかけ離れてしまうのでしょうか。宇宙と聞くと、すぐに夢の世界のイメージと回路がつながり、そこで思考停止になってしまうようです。
 あと、国の事業が科学技術の発展の文脈で語られるので、ビジネスと結びつきにくいのかもしれません」
 袴田の言う理解力の差=Bこのギャップを超え、宇宙に関心を向けたい。そのきっかけになりそうだったのが、米NPOのXプライズ財団が主催し、IT大手グーグルがスポンサーしていた月面探査レース「グーグル・ルナ・Xプライズ」だ。このレースは賞金二千万ドルで、①月面に民間開発の探査機を着陸させ、②五百メートル以上走行し、③月面で撮影した高解像度の映像と画像を地球に送信することを競った。二十世紀初頭に二十五歳だったチャールズ・リンドバーグがプロペラ機で大西洋横断を行ない、航空機時代の幕開けを印象づけたオルティーグ賞の宇宙版≠ニも言われていた。袴田が率いる日本の月面探査チーム「HAKUTO」は、二〇一五年一月に中間賞として五十万ドルを獲得し、優勝候補の筆頭だった。約七年間続いた「HAKUTO」の活動には、約七十人ものプロボノ(専門的な職能を持ったボランティア)が関わり、三千五百人もの支援者が集まった。KDDI、JAL、IHI、リクルートなどの企業が協賛し、総額約十一億円の資金調達をした。その様子はNHKの特番で紹介されたり、テレビCMに出演するなど「宇宙のPR」に一役買っていた。
 袴田らは、月面を走る探査機は自前で完成させていたが、それを月に運搬する着陸船、そして着陸船を宇宙へ送り出すロケットは、インドチームのものに相乗りする計画だった。紆余曲折あったが、調達した資金を有効に使うため、月面探査機に集中させる判断だった。けれど、そのインドチームが今年一月に資金難を理由に計画を断念。袴田らは、これに巻き込まれた。
 そして主催者は、どのチームも期限の三月末までに月到達の見込みがないとしてレースの終了を決定した。
「とても残念。悔しさもあります」
 報告の記者会見で、袴田は多くを語らなかった。確かにレースは断念せざるを得なかった。しかし、次の宇宙ビジネスをしっかりと見据えていた。
宇宙は技術者だけが関わる分野ではない
二十年後は、南極と月は似た感覚に
「当初、この組織(ispace)はレース参加が目的でした。が、二〇一三年頃から、それだけではダメと感じていました。理由はふたつあります。ひとつは参加しているメンバーがレースの先を見据えて取り組みたいと考えていたこと。もうひとつは宇宙業界が大きく変わる兆しが見えているので、そのうちに波は大きくなるだろう、それに乗り遅れると大きな損失になるとの感触を得ていたためです。そのあたりからレースで優勝ができなくても、次の事業に進む準備を始めていました。その成果のひとつとして、昨年末に約百億円の資金調達を達成しています」
 ちなみにXプライズ財団は、レースそのものは「ルナ・Xプライズ」としての再開を四月に突如発表した。詳細は未定だが、袴田は再挑戦の機会を得たのである。
 世間の注目が「HAKUTO」に集中したためか、ispaceの前身となる会社の事業は意外に知られていない。彼らの追い風になっているのは、宇宙ビジネスを取り巻く環境変化だ。
 米政府は昨秋に、有人月探査に照準をあて、月の軌道上に基地を作る「深宇宙探査ゲートウェイ」構想を発表し、月を中継基地にして火星探査を進める方針を打ち出した。トランプ大統領は、「再び、月へ」という目標を明確にした。日本も初めての月着陸計画「SLIM」が二〇二〇年度に実施予定など、月探査に注目している。
 月が注目される理由は、いくつかある。
 まずは、火星など、その先への宇宙探査の中継点となりうること。またレアアースなど貴重な鉱物資源があることや、鉄・アルミニウムなど宇宙で作る建造物の材料となる原料を調達できることも利点とされる。さらには、マイナス二百度を下回ると推定されている極域「永久影」には、数十億トン規模の水が固体で存在すると言われている。もし、実際に水が発見されれば、それを水素と酸素に分解し、ロケットや宇宙船の推進剤にできる。そのため、月の水は“宇宙の石油”とも呼ばれる。
 このように、月を舞台にした宇宙ビジネスの商機がやってくるのである。
「百億円の資金は、二〇二〇年を目標に独自開発する月着陸船を打ち上げ、月の周回軌道に乗せる「月周回」ミッションと、二〇二一年を目標に月着陸船を月面に軟着陸させ、探査機で月面探査を行なう「月面着陸」ミッションの技術開発に充てていきます。二〇二一年終盤、つまり、約三年後には、輸送ビジネスの売り上げが立つので、その利益を次の開発に回せる。その後は、資源開発のビジネスが始まります」
 最後のフロンティアともいわれる宇宙ビジネスに挑む起業家。こんな肩書が付く袴田に、エネルギッシュな雰囲気を想像するかもしれないが、彼は、抑揚のない口調で言葉を紡いでいく。そうしたなかでも、ふと気を引くことを言う。本当に淡々とした口調ではあるが。
「大学院に提出したステートメント・オブ・パーパス(志望動機書)には、システム設計を学んでPh.D.(博士号)を取得し、メーカーに就職して、デザインのメソドロジー(体系的な方法論)を日本に導入する仕事に就き、その後はコンサルタントとして、いろいろな事業の立ち上げなどを手がけたいと書きました。
 いまちょっと違っているのは、(自分自身が事業をする)プレーヤーになっていること。最終的な責任は全部自分のところに来るのは、ある意味で大変です。けれど醍醐味もあって、自分たちが動くと、世の中も動く。その実感を持てる。そして、世の中がこう変わるなら、こうしてみてはどうか、それを繰り返すと、こうなるはずというビジョンを納得して作れることですね」
カバンに入れて持ち歩くパソコン、スマホ、キー。出身校のロゴが入ったキーホルダーを指さして「これ、使ったことはないけれど、実は栓抜きなんですよ(笑)」。量は少ないが、息抜き程度にはお酒を飲むそうだ。
 彼の活動は、日本政府を動かし、宇宙政策にも影響を与えている。政府は、宇宙産業育成を目指し、今後五年間で官民あわせて一千億円規模の資金供給することを今年三月に表明した。国庫からの支出では限界があるため、この分野でアイデアのある個人や企業と、投資家を橋渡しするしくみの運用も始まる。チャレンジ精神旺盛な起業家を育成したり、そうした起業家に資金提供する投資家を支援していく狙いだが、そのモデルのひとりが袴田なのである。
「一千億円は、世界的に見ても大きな規模なので、一歩前に進みました。ただ、アメリカが先頭に立っていますし、欧州も基礎体力はある。中国は民間も巻き込んでやっていくので、強力です。日本は、グローバルな交渉力がめちゃくちゃ弱いのが課題です。
 いま宇宙ビジネスを取り巻く環境を歴史にたとえるならば、十九世紀の南極大陸探検と(カリフォルニアの)ゴールドラッシュが一緒に起きているような状況かもしれません。われわれも弁護士と一緒にやるなど、柔軟に対応していますが、たとえば経営者だけでなく、法律の専門家なども必要です。宇宙といえども国際間のルールは過去の事例を参照する。となると、南極大陸でのこと、そこでの合意形成、法整備などを参考にする。その意味では、法律の専門家などは求められる人材です。
 さらには技術者を支えるプロジェクト管理、民間企業なので売り上げを作るための事業計画を立てたり、営業やマーケティングなど、実はいろいろな機能が必要です。宇宙って技術者しかできないのでは、と考えずに参加してほしい。新しい雇用が生み出されることも、民間が宇宙事業を行なう利点のひとつです。そうした新しい人材、新しいアイデアを取り込むことで、新しいことに挑戦していきたいと思います」
 現在、ispaceの従業員は約五十人。その国籍は十数か国、南北アメリカ、欧州、アフリカ、アジアなど様々な地域から集まる。当面は、百人を目標に人材を確保する予定だという。
「二〇四〇年になると、月には一千人の人が住み、来訪者は万単位になる見込みです。イメージとしては、現在南極大陸に行く感覚と、二十年後に月に行く感覚は、似たものになるといわれています」
 これを身近と感じるか、まだまだと感じるかは理解力の差≠ネのだろう。ただし、明るい未来や希望が語られていることは間違いない。これだけ先行きが不透明な時代のなかでは珍しく楽しみな分野であり、期待ができる存在である。
はかまだ・たけし
  • 子どもの頃、映画「スター・ウォーズ」をきっかけに宇宙に興味を持つ。上智大学理工学部機械工学科に入学するが、やはり宇宙への憧れを捨てきれず、航空宇宙工学コースのある名古屋大学へ。同大卒業後、米ジョージア工科大学大学院へ進学。次世代航空宇宙システムの概念設計で修士号取得。仏系コンサルティング会社のロベンダル・マサイ(現エイミングジャパン)を経て、2010年にispaceの前身となる会社を設立。来年度中には、自社開発の月着陸船、月探査機を、月に送る予定。