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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 私の編集した本
    小学館の図鑑Z 日本魚類館』
    編集担当 北川吉隆(小学館 第三児童学習局 図鑑)
  • 2018.7
受け入れられた「読む図鑑」
 時流に反して、専門的な図鑑を作りました。全544ページの分厚い図鑑です。なぜ「時流に反して」なのかと申しますと、あらゆる事がインターネットで調べられてしまう昨今、一般向けの図鑑は、まず売れないのです。あまつさえ好況とはいえない時節柄、本体6900円という高額な図鑑を、買ってくださる方がいらっしゃるのか。社内でも心配の声が聞こえておりました。ところが発売直後から、予想をはるかに上回る販売ペースを記録し、発売2週間で重版が決定。1か月後にはなんと3刷まで決まりました。累計1万2000部。みんなが驚く大成功の出足であります。
 なぜ今、一般向けの魚図鑑だったのか。それは第一に、私自身が二十数年前、「魚の図鑑をつくる」ことが目的で小学館に入社してきたこと。そして第二に、既存の一般向け図鑑に満足していなかったことが挙げられます。そこで本書では、京都大学の中坊徹次教授(現・名誉教授)に編纂と監修をお頼みしました。中坊先生は、魚類学の世界的権威。『日本産魚類検索 全種の同定』(東海大学出版会)という、この世界ではあまりにも有名な書籍を編纂した方でもあります。中坊先生が立てられた方針の一つは、意外にも「読む図鑑」。写真もたくさん掲載するが、それ以上にじっくりと「読む」。鞄に入れて、通勤・通学の電車の中で読める図鑑というものでした。文章を読まなくなったといわれる現代の人びとに、果たして受け入れられるのか……。担当編集者の立場から、一抹の不安を感じていたのも事実です。ともあれ、各分類群の魚の専門家47名に、最前線の知見を盛り込んだ解説文の執筆をお願いしました。そしてもう一つの方針は、「誰も見たことのないような写真を載せる」こと。たとえば表紙にも掲載した「閉じた状態のヤツメウナギの口」や「シビレエイの発電器官」「テッポウウオの口の仕組み」などの部分写真です。これらの貴重な写真は、中坊先生が写真家の松沢陽士さんに詳細にわたって撮影の指示を出され、松沢さんがその要望に見事に応えてくださいました。
 さらに発刊までの約2年間、この図鑑の宣伝媒体としてWEB図鑑を立ち上げました。小学館の読書サイト「BOOK PEOPLE(ブックピープル)」に間借りした連載企画です。月1回、1グループの魚をテーマに、書籍版と同じ内容を掲載しました。巻末に「掲載魚を食べる」コラムを掲載したところ、これが意外と好評で、「定期購読者」のような方も現れました。
 さて、この図鑑の47名の執筆者のお一人に、天皇陛下がいらっしゃいます。ご担当いただいたのは、ハゼ科に含まれるチチブ属。下記の見開きは、その一部です。
 チチブ属の魚については、日本で陛下が一番お詳しいということで、魚類研究を通して陛下とご親交のあった中坊先生から、直接ご執筆の依頼をしていただきました。依頼から約1年後に最初の原稿を頂戴し、中坊先生が5か月の間に計8回皇居に通われ、陛下と原稿の詰めをおこなっていただきました。私は皇居から戻られた中坊先生から、議論の末に真っ赤に書き込まれた校正紙を受け取り、整理してレイアウトをつくっていきました。ご納得の行くまで文と写真を吟味し、一字一句にまで拘られた陛下の情熱に圧倒されました。
 そのようにして7年の歳月をかけて出来上がった『日本魚類館』。読者の皆様のご意見をうかがいますと、陛下のご参加はもとより、内容の評価、とくに解説文の情報量と、魚をもっと知りたいという心をくすぐる濃厚な内容に共感してくださる読者が非常に多いようです。WEB書店のブックレビューやSNS上にアップされたご意見もまた然り。文章を読まなくなったといわれる読者に、この図鑑の解説文がしっかり受け入れられたのです。濃厚な内容こそが、現代の図鑑におけるブレイクスルーでした。このことが、今回の発刊で最も嬉しかったことであります。
  • 小学館の図鑑Z 日本魚類館』
    中坊徹次/編・監修
    定価:本体6,900円+税
    A5変型判 オールカラー544ページ
    大好評発売中
    ISBN 978-4-09-208311-0
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