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BOOK PEOPLE × 本の窓
  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第27回
  • 2018.7
橋本保/取材・文
新宿・歌舞伎町のなかでも昭和の佇まいを残す「思い出の抜け道 新宿センター街」の一角。映画のセットに迷い込んだような、異界の雰囲気の木造モルタル造りのビルの3階にあるのがアートサロン「砂の城」。その上階には句会が行なわれる畳敷きのサロンがある。ここが北大路の根城だ。
北大路 翼(40歳)
1978年5月14日生まれ
俳人。新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」家元
花鳥風月を愛で、自然を題材にする俳句。そのイメージから最も遠そうな新宿・歌舞伎町を活動拠点にし、句を詠むアウトローな俳句集団「屍派」。ふてぶてしく、死も恐れない家元・北大路翼の実相に迫る。
Photographs:Chisato Hikita
セックスや暴力などの
写生も厭わないアウトローな「屍派」
自分こそ本物の俳人と
悪びれずに語る家元の北大路翼とは?
 眠らない街、東京の新宿・歌舞伎町。「屍派」は、この街で作句する、俳句集団である。ニート、女装家、元ホスト、カメラマン、小学校の元PTA会長、開業医など、昼間の顔はバラバラで、お互いを詳しく知らないが、ここに集い、酒を呑みながら一緒に句を詠む。
 その家元が、俳人・北大路翼である。
 ネオンが眩しくなり始める宵闇に、「砂の城」と呼ばれるアートサロン、彼の活動拠点を訪ねると「さっき起きたばかりなんだよ。まだ酒が抜けない」とかすれ気味の声で話す、浮腫んだ顔の北大路が現れた。
「きっかけは二〇一一年の冬に、作家の石丸元章と意気投合して、歌舞伎町で吟行したこと。それからギャラリーが集まり、句を作る奴が出てきた。なので、『砂の城』でお題を出し、みんなで詠みあうということになって広がった。
 でも途中で忙しくなって彼が抜けちゃった。だから、僕が引き継いだ。会員? だいたい二百人くらいかなぁ。わかんないよ、数えたことないし、名簿もない。あと本人が名乗っている名前や素性が本当かどうかもよくわからない。句会の告知をすると、勝手に集まって、酒を呑みながら俳句を作って、それで帰っていく。そんなスタイルの集まりだから」
 その活動が〈新宿歌舞伎町 過激なほどアブナイ「アウトロー俳句」名作選〉(『週刊ポスト』二〇一六年二月二十六日号)と、取り上げられ、昨年十二月には選句を集めた句集『アウトロー俳句』(河出書房新社)が出版された。この本がきっかけで、新聞に取り上げられたり、テレビがタレントを連れてロケに来るようにもなった。
 同書は、「屍派」に集う人びとの作品と、北大路のコメントが一組になって構成されている。

  • 駐車場雪に土下座の後残る
  • 咲良アポロ
土下座した頭を踏まれたのだろう。
ホスト同士の小競り合いでよく見かける。

「この年の冬は雪が多かった。閏月の二月二十九日にも雪が降って、幻の雪だってみんなで喜んだよ。雪の日って、人がいなくなって新宿が真っ白になる。雪は『屍派』には大事なモチーフだな」

  • もぐらから雪の降る日を聞いてきた
  • とうま
歌舞伎町にも雪は降る。
一瞬だけなら誰でも白くなれる。

「もぐらは目が見えない。しかも土の中に潜っている。いちばん雪のことがわかってなさそうなのに、そこに聞くのが面白い。僕は昔話とか民話が好きで、これには、その世界観がある。あと、われわれに近い存在なんだよね、もぐらって。好かれるものでもなく、潜ってて」

  • 呼吸器と同じコンセントに聖樹
  • 菊池洋勝
おいおい、お前らは俺の命より
クリスマスが大事なのかよ。
病室に流れるクリスマスソングが虚しい。

「これは筋ジス(筋ジストロフィー)患者で寝たきりの菊池くんの作品。自虐ネタとしては最高だな。筋ジスになって呼吸器をつける奴って、ちゃんと生きる意志を持っている。でも誰かが勝手にコンセントを抜いちゃったら死ぬ。そこにクリスマスツリーのコンセントを差し込むってねぇ」

 単行本『アウトロー俳句』を編集企画する際は、〈法の保護や秩序の外にある者。無法者〉(大辞泉)の意味で、アウトローを使っていた。週刊誌や実話誌などで取り上げられていた数年前も、同様の文脈で扱われていた。けれど、二〇一七年一月にNHKで紹介された後から、北大路ならば打ち解けられる、と感じた自殺願望者などの投句やメールが急増する。「砂の城」までは来たが、木造モルタル造りの古びた建物の外観に圧倒され、怖くなり中に入れなかったと打ち明けるような心が繊細な人たちだ。
 そうした人たちは、アウトローを違う意味で使う。
「野球ファンが多いからかな。ローを、低いって勘違いしているやつがいる。(外角低めの球の意味で)アウトローの逆は、インハイ(内角高め)だって言い張る(笑)。そっちのローじゃないっていうけど、ニッチなところを攻めてたり、ニッチなところに居る(という自分の思い込み)からなのか、アウトローを外角低めの意味で使う」
 息苦しさや、窮屈さを感じながら、社会の外側と内側のギリギリである、外角低めのアウトローで生きている人びとの作品、そう解釈し直すと、「屍派」の作品はニュアンスの違った心象風景が想像できるようになる。
「もう無頼とかも言わないのと同じように、若い人にはアウトローって死語なのかもしれない。言葉は移り変わっていくもの。そう考えると、僕たちがいる歌舞伎町がアウトローなのであって、『屍派』の奴らは、アウトローな歌舞伎町と、昼間の普通の世界を行き来しているので、ストライクかアウトかギリギリのアウトローなのかもね。僕は、『砂の城』は時空を超えた江戸時代の長屋のようなところと思っていて、ここに集まるのはそこの住人である、与太者のようなものたちなんだよ」
↑ポケットから出てきた蛇革の長財布とスマホと目薬。その下には句会で使った短冊が無造作に置かれている。北大路が作句するときに使うのはスマホ。作品はTwitterアカウント「@tenshinoyodare」にも投稿される。
死は恐れないが、老いは怖い
「屍派」は作風においてもアウトローな面を持つ。季語を入れた有季、五七五の定型を重視しない。
「うちは季節感のある季感があれば、季語を使わなくてもいいことにしている。あと大事なのはリズム感。(作品を読み上げる)披講者が読んで、うまく流れればいい。だから五七五が途中で切れたり、字余りもあり。字余りには、はみ出たときのエネルギーがあるからね」
 例えば次の二作はリズム感を重視している例だ。

  • カーネーション父が誰だかわからない
  • ゆなな子
  • 平均が四十路を超えた合コンは臭い
  • 高橋あずさ

 本人はあまり語りたがらないが、北大路翼は俳号で、金子兜太が師事した加藤楸邨の『寒雷』系列の『街』の同人でもある。加藤楸邨が主宰した『寒雷』は、〈「俳句の中に人間の生きることを第一に重んずる。生活の誠実を地盤としたところの俳句を求める」(創刊号、楸邨)〉(日本大百科全書)ことで知られ、これに北大路は独自解釈を加えている。アウトローを標榜するゆえ、異端的印象を受けがちだが、実は、俳句の知識や経験の裏付けがある正統派俳人なのである。なぜ歌舞伎町で活動しているかを聞くと、説得的な話が返ってくる。
「楸邨は、人間探求派とも呼ばれるんだよね。人間って自然のなかのものだから、人間と自然を一緒に考えると、歌舞伎町は自然の多いところ。みんなは自然というと、山とかに行くけどね。歌舞伎町って、人に関心がなく、勝手にやって、勝手に消えていく自由がある。ゆえに街に奥深さが生まれる。人の出入りが激しく、街も店も、看板なんかすぐ変わる。この変化の早さは、季節そのものだし、歌舞伎町の特徴だね」
 そして、いまの俳句は、いろいろなものを排除してきたことへの怒りを持っている。
「セックスも、暴力も、普通は文芸で扱うテーマなのに、俳句だとNGとされる。それはないと思う。僕は正義とか、正しさとかが大嫌い。そういうものに疑問を持とうという意味でもアウトローなの。
 人間の汚いところも詠み、汚さを隠さず、いかに文学的な表現として昇華させるかが大事で、セックスや暴力をそのまま表現したら、ただの悪口になっちゃう。
 俳句はギリギリの文字数の表現だから、笑いの要素を大事にする。他者を対象にする川柳と違い、自分を対象にして、笑いも入れる。すると、それが緩衝材になるし、みんなが共感しやすくなる。そして似た経験を持っていたり、共感ができると、救われるんじゃないかな」
 次の作品には、人間が自然のなかで生活し、そこでの季節感や、滑稽さが浮かび上がってくる。

  • 春一番次は裁判所で会はう
  • 喪字男
  • 浴衣着て立つてるだけのアルバイト
  • 北大路翼
  • そぞろ寒捨てたエロ本もう一度
  • 布羽渡

 何かやりきれない思いを抱え、生きづらさを感じている日々。それを胸に秘めて、歌舞伎町に吸い寄せられる人びと。彼ら彼女らが心に抱えたもやもやを、言葉にできるようにしてあげることで、カタルシスへと導く。それは宗教的感情とも通底することを北大路は自覚的だ。
「みんな句会を楽しみにしている。で、作った作品を見て、言いたいことってこうでしょ、ってきちんと直してあげると、ガラッと作品が変わるので、すごく喜んでくれる。まるで手品。それが、こっちも気持ちいい。そういう万能感、ちょっとした教祖様ごっこだよね」
 ただ、北大路の活動は、俳句界のなかでは蛇蝎のごとく嫌われている、と本人は感じている。当初は、生々しい性表現をしていたが、まったく無視された。それを面白がったのが、現代美術の鬼才・会田誠。以後、交流を重ね、会田が運営していた「芸術公民館」を譲り受けるまで、意気投合する。この場所こそ、今の「砂の城」。
 北大路は、手擦れた言葉で、ずるい俳句を作る俳人には、極度の不信感を持つ。
「俳人は僕のことを嫌いだけど、詩人や歌人、違う表現のジャンルの人は受け入れて、笑ってくれた。外の人が認めてくれたことがきっかけで、俳人としての活動が続けられたし、それが人生の転機になっている。だから、僕はジャンルの違う人とも交わっていく。
 はっきり言うけど、本物の俳人はいま、僕一人だよ」
 いま北大路の活動は、ますます活発になりつつある。今後は、どういうビジョンを描いているのだろうか。
「俳句が儲かるようにしたい。儲かれば、若い奴もどんどん俳句を作ろうって思うようになるから。(短歌を作る)歌人は勉強するし、少しは本を買うけれど、俳人は本を買わない。『アウトロー俳句』もくれと言われるけど、買ってくれるならあげると言って断るよ」
 北大路は今年四十歳。体力的な衰えを感じている。
「死は怖くないけど、老いは怖い。技巧的な『ずるい俳句』を作るようにならないか、それが不安だね」
 日本酒を一升、ウィスキーを数本空けても平気だったが、最近は、酒も弱くなった。体の衰えは、不安を誘い、酒を恋しくさせる。そうした弱さを持ち、自覚する男だからこそ、繊細な心を持ったアウトローを迎え入れ、惹きつける。作句で、社会規範からはみ出す人々の感情を世話をする北大路翼は、「屍派」の教祖なのである。
きたおおじ・つばさ
  • 神奈川県横浜市出身。小学校高学年のときに、自由律俳句で知られる種田山頭火を知り、そのアウトローな生き方に感銘を受け、俳句を作り始める。高校時代、現在も師と仰ぐ俳人・今井聖と出会い、句会への参加や、俳誌への投稿を始める。大学卒業後、風俗情報系の出版社に勤め、歌舞伎町の世界に触れる。その後、別の出版社の俳句専門誌に籍を置き、現在は大手出版社の編集者という顔も持つ。勢いが良いと、日本酒を一升飲むこともあるが、不惑を迎え、体力の衰えを痛感する日々でもある。もともと俳句の知識や技術は持っているため、体力の衰えに抗って、いかにずるい俳句を詠まないか。これが今後の課題と話す。