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  • 「いまどきの若いもん」
    解体新書
    第28回
  • 2018.8
橋本保/取材・文
東京・渋谷では、「福岡」のプロモーションビデオを撮影した。「東京の街はおどろおどろしい。渋谷は、それを最も感じる場所です。なぜでしょうね?」。テレビのラップバトルの映像や、その発言などからは、戦うイメージが強いが、ときどき、ふっと、あどけなさを感じさせる表情を見せることもある。
椿(26歳)
1991年10月9日生まれ
ラッパー
米国の黒人文化から生まれたラップが日本でも根付きつつある。その中でラッパー・椿は、日本のラップシーンにもある差別や偏見的要素を広く知らしめて、注目されている。そんな彼女が目指すものとは?
Photographs:Maki Matsuda
日本でも根付き始めた新たな表現手段。
自らの人生を糧に紡がれる
ラッパー・椿の言葉の重み
 日本でラップが盛り上がっている。
 その影響は、文学の世界にも及んでいると作家の磯﨑憲一郎は指摘する。
 今年度の群像新人文学賞受賞作の北条裕子「美しい顔」(群像六月号)についての考察だ。同作品は、震災被害者の女子高生が主人公である。
〈この作品が特別なものに成り得ているのは、(中略)書き手の苛立ちが見事に体現された文体に依る所が大きい。この文体は恐らく音楽、特にラップの影響を受けているのだろうが、作中の所々で、書き手の意図を超えて一つの言葉が次の言葉を生む、小説の自己生成が起こっているようにも感じる〉(二〇一八年五月三十日、朝日新聞)
 そして、いま日本のラップシーンで、その活動や発言が注目されているアーティストが、椿だ。
「ラップ」とは、〈1970年代にニューヨークで生まれた黒人音楽のスタイル。ビートに合わせた語り(歌詞)に、社会的な主張を盛り込んだもの〉(デジタル大辞泉)。地下鉄のグラフィティアートやブレイクダンスなどを含んだ黒人文化の「ヒップホップ」との関連性も強い。八〇年代から日本でも広く受容されてきたが、最近の盛り上がりは少し違う。
 きっかけのひとつが、テレビ朝日系列の音楽番組「フリースタイルダンジョン」。同番組は、テレビ朝日とサイバーエージェントの共同出資するインターネットテレビ局、Abema TVでも配信されている。出演者がフリースタイル(即興)のラップで舌鋒鋭く対決するMCバトルを繰り広げるのが特徴で、ライブなどの音楽演奏とは違い、エンターテインメント的に盛り上げる演出もある。
 ちなみにMCバトルのMC≠ヘ、マイク・コントローラーの略。ラップは、マイク一本さえあれば表現活動が行なえることから、マイクは特別な意味を持ち、それをコントロールする人、つまりラッパーを指す。
 椿も、同番組で名前が知られるようになった一人だ。

 I'm a ラッパー ラップするお姉ちゃんとは違う
 骨を砕き 溶かした経験と熱量 決めた畑を肥やした
 可愛いだとか ほざくなクソガキが
 隣にスライド もしくは奪い取る
 舞い込むビジネスも 選んで昇華
 like a 観賞用のパン食い競走か
 今更評価 こじゃれた同業者
 愚かな種 温め発芽 従順になるな 面舵は委すな
 発言を考察 信頼はトータル
 これは単なる挑発じゃない
 志の高い者達と動かす 次世代の呼吸

 これは椿の初アルバム『美咲紫』(二〇一七年十一月発売)に収録された「I'm a ラッパー」のリリック(歌詞)の一部。ラップするお姉ちゃんではなく、自分はラッパーであることを強くアピールする。なぜならば、ラップをスタイルとして、音楽の技法として取り入れているのではなく、椿は生き様も含めたラッパーだから。
 いま彼女は、少しずつ、そして断片的ではあるが、自分の過去を話し始めている。
男と同じ荷物を背負って得た、重みのある言葉
「小学校六年生の夏、福岡県太宰府市の自宅が土砂崩れの災害に遭いました。それがきっかけで、その年の冬に筑紫野市に引っ越すことになります。あと少しで卒業という三学期だったので、とても嫌でした。それから家庭の中でも自分のことをわかってもらえない、という気持ちが強くなり、やさぐれていきました」
 そして中学校に進むと、「とことん世の中の酷さを知った」と振り返る、日常的にトラブルがある生活を送る。そんな目の前の生活が精一杯で、学業からは離れていき、「高校進学はまったく考えなかった」ほどだ。
 この頃に、先輩らに誘われて始めたヒップホップダンスをきっかけに、ラップを知る。
「MCバトルなら、言葉と言葉のやり取りなので、男性とも互角に戦えるし、勝つこともできる。これならば負の連鎖を断ち切り、状況をひっくり返せる」
 そう感じた椿は、ラップの世界に引き込まれていく。
 中学卒業後は、工事現場の職人の中でも最もきついとされる型枠大工の仕事に就く。それは男の中で、男と同じ荷物を背負うことで、自分の言葉や、自分のラップに重みが生まれ、認められる、と思ったからである。
 そうした気構えだけでなく、音楽性も認められ、福岡では「姉御」や「お嬢」と呼ばれるラッパーになる。その後、縁あって上京する。東京で活動する男性のラッパーと一緒に住むことになったのだ。
「福岡には一人のラッパーとして自分のことを知る人は多かったし、兄貴分の先輩など温かい人間関係もありました。が、東京に出てくると、自分のことをラッパーとして知る人は少ないうえに、二十二歳の女のコとして扱われる。これが受け入れられなくて、一年間に十回くらいしかライブもできず引きこもり生活のようでした」
 そう振り返るように、東京に出てからの椿は精彩を欠いていた。そして紆余曲折あって、同棲生活は約二年で終わる。それが二〇一五年二月。椿は二十四歳だった。
 このときに福岡に帰る事もできたが、気持ちを前向きに整理して、一人暮らしを始める。
『美咲紫』に収録された「福岡」のリリックでは、上京のときの心境が綴られている。初心を思い出したのかもしれない。

 試してみな 少しも疑わずに。
 旅立ちの前夜 二日市VAVI VAVI
「行ってこい、椿 全てお前次第。
 東京はお前を殺しはしない」
 J‐ZOの涙 絞り出した歌詞が
 言葉にならず 傾けたグラス
 肩並べ歌った give some music
 何度も頷き 振り切るノスタルジー
 迷いはあった 正直な本音
 どこにいても私 福岡のラッパー
 もう「姉御」とも「お嬢」とも呼ばれない
 恋しさばかりがこぼれた路上
 まだ戻れない。がらんどうの六畳
 キャリーケースと たった四つのダンボール
 始まりは 理解されない悔しさ
 根っこを確かめた あの夜のフライヤー

 一人で生活を始めると、憑き物が落ちたように、次々とチャンスが来る。転機となったのは、二〇一七年六月にフィメール(女性の)ラッパーのみで戦う「第二回 シンデレラMCバトル」に優勝し、同年七月に行なわれた「ULTIMATE MC BATTLE 2017」(UMB)の福岡予選で代表に選ばれたこと。UMBは、Libra Records(東京)が主催するフリースタイルMCバトル。全国から二千人を超える出場者が集まる国内最大のイベントで、椿は女性として初めて予選を制し、全国大会に出ることになる。その結果はベスト十六だったが、この前後から彼女の存在は東京でも知られていく。
↑大きいノートはリリックを書き留めるもの、小さいノートには、ライムをメモする。ライムとは、韻を意味するスラングで、ノートには、街でみつけたコピーなどが書き留められている。会った人に曲を贈れるようにCDも携帯している。
 そして彼女の名前を全国区にしたのは、二〇一八年二月の「フリースタイルダンジョン」の出演。用意された舞台上でのパフォーマンス的なMCバトルとはいえ、相手の男性ラッパーから露骨な女性蔑視的な言葉を浴び、それを怯まず跳ね返す様子が、〈ジェンダーを問う ラッパー椿〉(二〇一八年四月十六日、朝日新聞夕刊)などと、メディアの興味を惹く。ラップという音楽の枠を超え、セクハラ問題と向き合う女性としてスポットがあたったのだ。しかし違和感もある。
「正直に言って、こういう注目のされ方は誤解もあって、精神衛生上はポジティブじゃない。世間の関心と、MCバトル界隈のジェンダー観が、たまたま重なった感じと思います。
 もともと、この世界は男尊女卑で女性蔑視的な側面がある。とはいえ仲のいい男性ラッパーはたくさんいます。なので、自分の考えていることとは違うと思う場面でも、目くじら立てても、と我慢するときもある。
 性別だけで、個人を判断するのは変だ、私はそれを言っているだけです」
 今回の取材の際、渋谷の人混みの中で撮影をしているとき、ふと椿は「本当はMCバトルには出たくない」と漏らした。激しい言葉の応酬を人前で繰り広げるのだから、それは当然かもしれない。しかし、彼女がMCバトルを続ける理由は「勝てば、負の連鎖を断ち切り、状況をひっくり返せる」と信じているからだ。そして明確なプランを持っている。
「何がなんでもUMBのような日本一のタイトルをかけた大会で一位になることが目標です。そのために、どんなに険しくても諦めがつかないからMCバトルを続けている。日本一のタイトル獲得という、女性で未だ誰も突破していないことをやれば、男性優位と言われるラップの世界を次のステップに導くことができる。そして、そのタイトルを持ったうえで、より強く、作品やライブで発信したいメッセージがある」
 彼女が、作品やライブで、より強く、発信したいメッセージとは、どんなものなのだろうか。
「リリックで表現することについては、生きるか、死ぬかのことに興味が集中している。ジェンダーの話も、あるけれど、そこだけを深掘りされてもちょっと違う。ジョン・レノンのように、シンプルなことを歌っているけれど、めちゃめちゃ大事なことだねと思われるような作品を作りたい。自分が死んだ後も残るような。だけど、いまは平和とか、愛とかを自分の言葉で綴るためにはインプットが足りていない」
 椿は、言葉の力を鍛えるため、読書を習慣にしている。ベストセラーや実用書などのほかに、太宰治の『人間失格』や夏目漱石の『こころ』を繰り返し読む。きっかけは美しい日本語に触れたいと思ったからである。
「以前は興味なかったんです、純文学には。でも、手に取って、少し読み始めたらなんだこれ、日本語力を試しに来ているな、と思った。絶妙な表現があったり、もっと深く調べてみたい文章があったり。とくに『こころ』は、きれいですね、文章がきれいなのは好きです」
 もともと音楽と文学の関係は、決して遠いものではなく、扱うテーマも重なることが多い。いつか、そこに距離が生まれて、近かったこと自体も忘れられている。けれど、ふとしたきっかけで両者がその近さに気づくことがある。椿のようなラッパーが現れていること、そして、若い小説家の作品にラップの背景がうかがえること。
 平成が終わろうとしているいま、音楽と文学の関係が近づいてきているのか。それは今後の椿が、彼女の活動で、示してくれると期待したい。
つばき
  • 福岡県筑紫野市出身。同市は、『古事記』や『万葉集』で歌われる椿を市の木に制定している。椿という名前には、その地元出身という思いも込められている。東京でも認知されたのは「THE罵倒CYPHER 2016」で奇跡的な連勝をしたときと本人は振り返る。このとき酷い言葉を浴びせてくる男性ラッパーに「私は15の頃から中卒、肉体労働者、型枠大工やりながらマイク握ってんだよ!」とやり返して喝采を浴びた。作業服を着て工事現場で歌う「ルナティック」(2014年にYouTubeに公開)の映像は、型枠大工の頃を彷彿させる。本文で引用した「I'm a ラッパー」「福岡」は、プロモーションビデオをYouTubeで見られる。