第十話

 「呑みましたねえ」
 「呑んだ、呑んだ」
 「食べましたねえ」
 「食べた、食べた」
 ほとんど思考力ゼロの会話を交わしながら歩いていく。目的地に着いたころには、すっかり日が暮れかかっている。いったい何時間呑んでいたんだ? 二人ともヘロヘロである。このまま温泉に浸かって帰りたくなるが、まだ仕事は終わっていない。
 観光マップによると「阿騎野・人麻呂公園」となっている。すると、ここがそうなのだろうか。でも、全然らしくない。きれいに整備された普通の公園である。たしかに馬に乗った人麻呂像や、復元された掘立柱建物などがある。軽皇子と人麻呂一行は、このあたりで野宿をしたのだろうか。公園のまわりには稲の実った田んぼが広がる。あのへんに馬を並べて猟をしたのだろうか。当時の面影はまるでないけれど、まあ千年以上も昔の話だからなあ。
 ここが古くから王権の狩場だったのは、神仙思想との結びつきがあったからだと言われている。『日本書紀』には、このあたりの人が紫のキノコを食べたところ、病気をせずに長寿を保ったという記述が出てくる。また推古天皇の時代には、宮廷儀礼として菟田野(うだの 宇陀野)で大がかりな薬猟(くすりがり 薬草摘み)が催されたという記載もある。七世紀ごろには、神仙境として認知されていたのだろう。

   

 さらに宇陀が水銀を産する地であったことも、理由の一つだと言われている。中国では始皇帝の時代から、水銀には不老不死の力があると考えられていた。不老不死の薬を作ろうとする試みを錬丹術という。「丹」は丹頂鶴の丹、すなわち朱であり水銀のこと。水銀を原料とする丸薬が「仙丹」で、これを飲んだ始皇帝は猛毒のために死亡したという、すさまじい話も残っている。持統天皇も若さと美しさを保つために飲んだとか。まさに毒を飲んでいるに等しいが、現在でも健康法とかアンチエイジングとか称して、ぼくたちは似たようなことをやっているのかもしれない。いつまで経っても人間は賢くならないものだ。それはともかく、大和王権が成立するころから、宇陀の地には聖なる力があると信じられていたらしい。このあたりの鳥獣の肉や山草を食べることで、その力を取り込もうとしたのだろう。
 人麻呂が例の歌を詠んだという、小高い丘に登ってみる。「かぎろひの丘」という、もっともらしい名前がついている。遊歩道が整備され、芝生が植えられた丘の上には東屋が建っている。そして人麻呂の歌碑。なんだかなあ……。曇っていて月は見えない。いつのまにかフォトグラファーとはぐれ、ぼくは一人になっていた。一言主のことが頭を離れない。ずっと考えている。地球上の人類が共存して生き延びるための言葉。いや、そんな大袈裟なことを言わなくても、自分の背骨になってくれるような言葉。ぼくたち一人ひとりが、いまそれを切実に必要としているのではないだろうか。なんのために生きるのか。何を心の糧にして生きるのか。神は居留守を使っているらしい。お金と医療技術を頼って生きる、そんな情けない生き方はしたくない。

   

 ほろ酔い加減の頭で考えるには、いささか荷が重いようなことを考えながら歩いているうちに、ふと古の死者たちの気配が濃くなる。向こうから、ぼくと同じ年格好の男が、やはり酒に酔っているのかヘロヘロと歩いてくるではないか。まずい、知らぬふりをしていよう。でも、誘惑に負けて名をたずねた。
 「あなたは誰ですか」
 「一言主」
 やっぱり。こんなところで出会ってしまうとは。善悪を一言で言い放つという神。一言の願いであれば聞き届けてくれる神。ありがたくもあり、ちょっと怖い気もする。とにかく一言だ。たった一言。試しに言ってみる、というわけにはいかない。相手は理不尽な神。間違っていたらどうしよう。
 いま、この世界で、いったいぼくたちはどんな一言にたどり着けばいいのか。殺し合い、奪い合うことをやめない人間に向かって、どんな一言を発すればいいのか。「愛」とか「平和」では、いかにも嘘っぽい。軽い失語の感覚にとらわれかける。いっそ口を閉ざすべきだろうか。
 設問を変えてみることにした。自分が臨終のとき、何ものかに言ってもらいたい言葉はなんだろう? すると一つのフレーズが頭に浮かんだ。うん、これだ! これならどうだ、一言主。ぼくはかなり得意になってその姿を探したけれど、あたりには誰もおらず、ただ初秋の風が静かに梢を揺らしているばかりだった。

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