第四話

 古代の自然観においては、天候や気象もしばしば霊的なものとのつながりにおいてとらえられていた。彼らにとって自然は、多分に神的なものだったのだ。前回もご紹介した、磐姫皇后の歌を見てみよう。

秋の田の 穂の上(へ)に霧(き)らふ 朝がすみ いづへの方に わが恋ひやまむ(二・八八)

 ここで詠まれている「朝がすみ(朝霧)」は、田んぼの稲穂の上にぼんやりかかっている水蒸気というよりは、もっと霊的なニュアンスをもっていたのかもしれない。鳥が死者の霊の具現化したものと考えられていたように。ここでは霧が、そのようなものと観ぜられていたのではないだろうか。秋の田にかかった朝霧が、私にはあなたの霊のように見える。それはどこへ帰っていくのだろう。あなたの魂の在所を知ることができるなら、こんなふうに切なく乞い求めることもなくなるであろうに……。 折口も言っているように、飛鳥・奈良の時代に至っても、宮中に仕えていた女性たちはなお巫女としての自覚をもっていた。彼女たちは宮廷の神および神なる君に仕えていたのである。したがって故人を偲ぶ歌にも、そうした巫女的な気分が底流していたと考えても無理はない。磐姫皇后の歌とされる、これらの「恋の歌」が、実際は宮中に使える女性たちによってつくられたものだとすれば、巫女の魂振り(鎮魂)的な歌という解釈も成り立つように思われる。
 家持の時代には、すでに人々のなかから、そうした魂振り的な感受性が失われていた。すると相聞の文脈で読むしかなくなる。「秋の田」の歌などは、主観と客観がうまく組み合わされた、非常に完成度の高い歌として受け取られたはずだ。叙景のなかに抒情を映す「朝霧」は、はかないものの比喩とか、鬱屈した心象風景ということになるだろう。これは歌を受け取る側の自然観が変化したことを意味している。自然から神話的な意味が失われるにつれて、秋の田に漂う霧は、繊細な恋愛感情を投影するための比喩的自然に変容していく。あるいは恋愛の象徴としての自然としてとらえなおされていく。こうして本来は挽歌であったものが、しだいに恋歌として読まれるようになっていったのかもしれない。

   

 挽歌が魂振りの意味合いを失い、恋歌として読まれていくにつれて、今度は挽歌的な表現を手本として恋歌がつくられる、という逆転した現象が生まれてきた。つまり歌の解釈が、歌のつくり方にも反映してくるわけだ。その理由として、短歌の独特の声調が早い段階の挽歌において成立したこと、初期の挽歌が歌として高い完成度を示していたこと、などが考えられる。また何よりも挽歌は、故人への追念や思慕の情を述べるものだから、相聞的な抒情性を表現するのに適したスタイルであったと言えるだろう。
 類型的とも言える挽歌の表現を踏襲しながら、恋愛詩としての抒情性が展開されていく。とくに強い恋情を詠んだ歌では、意図的に挽歌の修辞法が使われるようになっていく。つぎにあげる歌は、そのようなものとして読むことができる。

君待つと わが恋ひをれば わが屋戸の 簾(すだれ)動かし 秋の風吹く(四・四八八)額田王
風をだに 恋ふるはともし 風をだに 来むとし待たば 何か嘆かむ(四・四八九)鏡王女(かがみのおおきみ)

 巻第四におさめられた相聞である。一首目には額田王が天智天皇を偲んでつくった歌という題詞がついている。二首目の作者、鏡王女についてはよくわかっていない。本居宣長は額田王の姉と考えていたようだが、異説も多いようだ。それはともかく、二首とも秋相聞として巻第八にも出てくるから、当時は代表的な相聞歌とされていたのだろう。少なくとも編者たちの目に、すぐれた恋の歌と映っていたことは間違いない。巻第四と巻第八は、ともに大伴家持が編集したと考えられている。彼は後代の詠み手たちに、「これらを手本にしなさい」と言いたかったのかもしれない。

   

 ところで一首目を額田王の作とすることには、早くから疑問がもたれていた。作風が他の額田王の作とされる歌とはあまりにも異なっていること、「簾動かし秋の風吹く」といった繊細な表現が、この時代に突然現れることの不自然さ、などが主な理由である。やはり後代の歌人が仮託してつくった歌と解するのが穏当だろう。つまりフィクションである。額田王や鏡王女といった叙事伝説上の女たちをヒロインとしてつくられた、虚構の恋歌ということになる。
 歌の作者は二人のヒロインを、ともに天智天皇の寵愛を受けた女として想定している。言ってみれば恋敵だ。二人のあいだには嫉妬などの対立感情があったかもしれない。そこで一首目、「簾を動かして秋風が吹いていく」といったデリケートな情感を湛えて、恋する人を待ちかねている切ない女心が優美に描かれる。それに答えた歌、「風をすら恋焦がれているなんて、羨ましいこと。風が吹くたびに、あの人が来たのかしら、と胸をときめかすことができるなら、何を嘆く必要があるかしら」といくらかの皮肉を交えながらも、いじらしく応じる。まさに相聞の形式を踏んだ恋の鞘当てが繰り広げられているわけだ。
 いずれの歌も、誰か特定の人を想定して詠まれたものではないだろう。挽歌の類型を踏みながら、表現の上での洗練と繊細が追求されている。その結果、先の磐姫皇后の歌に比べると、呪術的な暗さ、重さ、激しさ、おどろおどろしさは影を潜め、ずいぶん上品で可憐な印象を与えるものになっている。理解できない言いまわしはほとんどない。そこに表現された、恋する女たちの心情は、現代のわれわれにもすんなりと通じてしまう。その意味では、かなりモダンな歌と言ってもいいかもしれない。
 こうした歌が秋相聞を代表するものとされ、長い歳月にわたって人々に愛誦されてきた。やはり読む者に「いいなあ」と思わせる何かがあったからだろう。受け取る人々の心に共鳴するものがあったから、時代を超えて愛誦されつづけた。フィクションの力とは、そういうものではないかと思う。歌が詠まれた状況は嘘だとしても、歌に詠まれたものは真実であるということだ。

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