αブロガーへの道」座談会全文掲載

この座談会は、インターネットで実際に人生をさまざまな形で変革してきた小飼弾さん、青山直美(村山らむね) さんをお招きして、どのように、おふたりの人生がインターネットとかかわってきたのか、ざっくばらんなお話をいただいたものです。

小飼弾さん

小飼弾

1969年生まれ。カリスマプログラマー、投資家。
書評を中心とした評論ブログ(404 Blog Not Found)で知られるαブロガーでもある。
米国カリフォルニア大学バークレー校中退後、1996年ディーエイエヌ有限会社設立、
1999年オン・ザ・エッヂ(現ライブドア)CTO(取締役最高技術責任者)就任。
上場前の同社の礎を築く。2001年オン・ザ・エッヂ取締役退任。現在ディーエイエヌ有限会社代表取締役。

青山直美さん

青山直美

1966年生まれ。消費生活アドバイザー、産業カウンセラー。
慶應義塾大学卒業後、(株)東芝在職中に「村山らむね」としてHP「らむね的通販生活」を立ち上げる。
以後村山らむねとして、電子商取引にかかわる委員やEコマース関連の賞の審査員などを歴任。
ケンコーコム株式会社社外取締役。2004年、有限会社スタイルビズ設立。代表取締役。
「ワーキングマザースタイル」は、同社運営のコミュニティーサイト。

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座談会の様子
勝間
どういうきっかけでおふたりがインターネット・メディアを使い出したか、ということから聞かせていただけますか
小飼
僕の場合は、インターネットは世界有数の早さで1980年代の終わりごろに始めました。一応は作る手側、プロなので、電子メールにしてもなんにしても、伝達メディアは「まかない」だったんです(笑)。
インターネットを最初に作った人たちが何をやりたかったのか、というと、ファイル交換などの情報交換です。FTPというプロトコル(通信手段)がありますけれど、そっちよりも電子メールのほうがよく使われるようになった。最初はコミュニケーション手段ではなくて、あくまでもコンピュータ同士をつなげたら便利、ということでした。ところが、実際につないだのは、コンピュータ同士ではなく、人と人だったというわけです。
青山
私はどちらかというと、負のエネルギーがすごいたまっていたので。
勝間
負のエネルギー?(笑)
座談会の様子
青山
95年に結婚したというのが、きっかけになってHP(ホームページ)を始めたんです。私はひとりっ子で「お婿さんをもらう」というふうにずっと思っていたのですが、あっけなく名字もいまの姓に変わってしまった。それにすごく敗北感があって、それで「村山らむね」という別名を作りました。
勝間
「らむね」さんは、敗北感を解消するための自己表現だったんですか?
青山
当時、会社でも認められていなくて、腐っていたんです(笑)。
95年ごろにHPを作っていた人たちって、電機連合で本業に不満を抱えている人たちが多かったと思います。実はソニーや日立に勤めています、というような…。
勝間
みんなITリテラシーが高くてできるんだけど、本業では、思うようにいっていない…。
青山
会社では、HTMLを書いていると「何やってるの?」と言われる、とか。
小飼
新しいことを始めるのは、ぐれている人たちのほうが始めやすい(笑)。始める動機もありますし、時間もある。
座談会の様子
勝間
力もあるわけですよね。
青山
私は、自分というものがなくなってしまう気がしたので、アバター(分身)的なもので、自分を表現する場所を確保したい、ということでHPを始めたんです。
勝間
95年は早かったですね。
小飼
そもそもインターネットという言葉が知られていませんでしたから。
勝間
たかだかそれが14年前。
青山
私は東芝に勤めていたんですが、インターネットを見たこともなかった。でも95年3月に結婚したら、夫の家族がこぞってコンピュータ関係でした。‘95年11月にウィンドウズ‘95が発売されるのですが、そのほぼ半年前の95年6月に私はインターネットを初めて見て、7月にHTMLを勉強して、8月31日にホームページをアップして、ドメインをとりました。
小飼
材料が周りにあったわけですね。95年というと、僕はフリーでプロバイダーメーカーをしていました。当時雨後のタケノコのようにプロバイダーができたんですが、システムを作れる人が少なかった。全体の3分の1くらい私が作りました。仕事が山のようにありました。

2番手戦略

勝間
私たち3人は、情報の聞こえてくる順番が、小飼さん、青山さん、勝間の順なんです。私自身は、おふたりから話を聞いて、なるほどな、と思って、キャッチアップすることが多いです。
小飼
でも目立つのは、2番目、3番目の人です。1番目の人は、「まかない」が忙しくて(笑)。僕がブログを始めたのは、2004年の終わり。比較的最近なんです。ずっと作る側の人間だったので。
勝間
まず、イノベーター、それからアーリーアダプター、らむねさんですね。私もアーリーアダプターです。その次に、アーリーマジョリティーがあって、アーリーアダプターとアーリーマジョリティーの間にキャズム(大きな溝)があるんです。
小飼
2番目の人はいちばん目立つし、いちばん利得が高いんです。アップルがすごいと言いますが、実はアップルは必ず2番手戦略なんです。
座談会の様子
勝間
アップルの偉いところは、アーリーアダプターだけじゃなくて、アーリーマジョリティーでも使える製品を出せるところです。
クリエィティブの製品のほうが安くていいんだけれども、なかなかブレークしないのは、そういうことですよね。
小飼
1番目の人は、作った愛着があるので自分の欠点がどうしても見えない、捨てられない。2番目の会社、アップルはそれを見ていて、いいとこどりができる。グーグルも2番目の会社です。どっちもそのポジションにいるからいいんです。
1番目というのは、とにかく「作りたい」なんです。使ってもらえるかどうかなんて、どうでもいい。2番目は違います。「使ってもらいたい」。こういうものがあったらいいんじゃないかと発想する人のことは、ビジョナリーといいます。これは、まだ作るには至らないので、ゼロ番目でしょうか。
青山
そういう新しいものが出てきたときって、私は必ず鬱屈(うっくつ)している時期なんです(笑)。なので、わかる人に教えてもらいながら、取りあえず自己表現したい、という気持ちがあります。95年にHPを始めた時期もそうでしたし。メルマガは97年くらいからやったんですが、そのときは、HPを更新するのが面倒くさくなってきていたので、飛びつきました。
勝間
らむねさんは、ぐれているところから始めるじゃないですか。私は、いかにこれが商売になるか、ということから始める(笑)。
小飼
どちらも、ほかの人がついてくることによって、名声を得たりお金を得たりするのに間に合うんです。それ以上遅くなると、 いろいろなものを支払う側に回ってしまうんですね。僕は取りあえず「作っとけ〜」なんです。でも誰か作らないといけないので。
1番目の立場にある人というのは絶対食いっぱぐれないかわりに、大金持ちにもならない。
勝間
弾さんみたいな人が作って、らむねさんみたいな人が使い始めて、私がそれを見て「これって、お金になるんじゃないかな」と(笑)。
小飼
ここまでが、お金をもらう側に回れるんです。
青山
私も本当にこのふたりに比べたらとても話にならないですが、早いおかげで、一応食いっぱぐれになっていない。
95年にHP、97年にメルマガを始めて、転職などをして2004年にブログを始めました。それまでのものを全部ブログ化したわけです。それで再出発しました。ワーキングマザーだったので、勝間さんがやっていた「ムギ畑」のおかげで、どれほど救われたかわかりません。もっとワーキングマザーをかっこいいものにしたいと、雑誌を作りたいと思ったのですが、雑誌を作るには、1000万単位のコストが必要なので、無理だ、と。
ブログだったら、コストなんかいらない。じゃあやってみよう、と「ワーキングマザースタイル」というサイトを始めました。
座談会の様子
小飼
よくあっさりブログに移れましたね。というのは、95年ごろにHPを始めた人というのは、ブログに移行するにはコストがかかるんです。今までためたコンテンツとかノウハウとかどうしよう、ということになる。紺屋の白袴じゃないんですが、作り手側とか、早く始めた人が作っているページというのは、ダサイです。僕のページもわれながらダサイなと思いながらやってるわけですが。
ひとつ前の世代のアーリーアダプターが、次の世代のアーリーアダプターになるのは、意外と難しいんです。
青山
私は2004年の1月に初めてブログを見て、その週に辞表を出して(笑)、ものすごく燃えているころに勝間さんに会ってブログをすすめたのですが。随分書きためていたHPは、ずっと手打ちタグで、データベースにしていく作業がすごくたいへんだったんです。早いうちに勉強してしまうと、その後の新しいツールになかなか対応できない。ところがブログは、ひとつの記事を書くと、自動的にデータベース化されるじゃないですか。「これはすごい」と。
小飼
ブログのように、ブラウザのほうから書き込むものをCMS,コンテンツ・マネジメント・システム、といいますけれども、CMSの場合はいったんデータベースに書くんです。データベースに書いてから、自動生成するわけです。そっちが先にあるんです。
勝間
「標準化」しようという動きなんですね。
小飼
はい。ものすごく乱暴なたとえをすると、ブログ以前の、自分たちでHTMLを書いていたときというのは、弁当を作るときに、弁当箱を毎朝工作していた。でも、そこにブログという既成の弁当箱が出てきた。少なくとも弁当箱を組み立てる、という作業は必要ない、ということです。これが「標準化」です。料理に集中できるんです。
どっちがより自由なお弁当を表現できるか、というと、自分でHTMLを書くほうです。早くから始めた人のブログは、いまでも
中身が生HTMLだったりします。
勝間
既成の弁当箱でも、色は変えられますし、仕切りも変えられます、大きさも変えられます。それがカスタマイズです。そして、何もやらなくてもいい。
小飼
ブログが登場してからネットに入ってきた人たちのほうが、ブログを上手に利用しているな、と思います。しょこたん(中川翔子さん)とか「スゲー」としか。
勝間
私が、らむねさんに「ブログが面白いよ」と聞いたのが2004年。私はその4月からブログを始めました。

合いの手力

座談会の様子
青山
しょこたんとか、勝間さんとかもそうなんですが、ブログやツイッターをああいうふうに自分のものにできるというのは「合いの手力」がすごくある、と思います。
09年7月に勝間さんがツイッターをどうしてあんなに短い時間で使いこなせるようになったかというと、「合いの手力」なんです。
自分に呼びかけてくれた人にきちんと答える、それから「これはどういうことなの?」と聞きながら周りをどんどん巻き込んでいく力は、本当にお見事。勝間さんは、ブログも本もテレビも「合いの手力」がすごくあると思います。
「目立つ力」ということで言えば、私は結構「とがる力」はあると思うんですが(笑)、ひとりっ子なんで、「合いの手力」はないんです。
勝間
とがった人って、あまり広げないんですよね。
青山
のろしをあげるのは好きなんですが、それを見ている人をあまり意識できない。勝間さんは「ムギ畑」のころからそうなんですが、「合いの手」をすごく上手に使います。「集めて返す」んです。
小飼
教わりながら教えている、というのがすごいですよね。
勝間
ツイッターのときは、私が偽アカウントを作ってあらかじめ勉強していたんじゃないかと疑われていましたが(笑)。
座談会の様子
小飼
勝間さんからフォローがきたとき、勝間さんの偽物ができたのか、と思って、中身を見たら、「本物だぁ〜」(笑)。
青山
いきなり「本物!」(笑)。
小飼
どうしても疑ってかかるようになります。ネットってゴミが多くならざるを得ないところなので。
青山
マドンナだけで、20人くらいいます。
小飼
ツイッターって、本当に単体だけでは大したことないんです。ところが、ツイッターをツールとして使うツールというのが簡単に作れるんです。
青山
API(利用できるサービス)がすごい。
勝間
まさしくオープンソースというのですが、いろんなサービスがどんどんつながっていっちゃう。だからツイッターだけを使う人は今のところほとんどまれで、みんな5つくらいを並行して使うんです。
青山
例えば、ブログを更新したときに、ツイッターで自動的につぶやくようにするサービスとか…。
小飼
僕も「はてなブックマーク」に登録したときにツイッターに書き込まれるようにシステムを自分で書いて使っています。
青山
フェイスブックとツイッターを結びつけて“集会がある"などということを上手にリンクして流したりしますね。クロスメディアという感じです。
勝間
フリッカーに写真をアップすれば、ツイッターやフェイスブックに流れる。
小飼
いろんなものをフルスクラッチ、つまり材料から作るのはたいへんですが、ご飯ができたら、おにぎりくらいは自分で作ってみようとするじゃないですか。ツイッターって、そういう意味では白米みたいなサービスなんです。
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『目立つ力』表紙

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