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女子力

文: 北条かや
北条かや
北条かや

86年金沢生まれ。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修了。著書に『整形した女は幸せになっているのか』『キャバ嬢の社会学』(ともに星海社新書)。ウェブ媒体等にコラム、ニュース記事を多数、執筆のほか、NHK「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」、TOKYO MX「モーニングCROSS」などに出演。Twitterは @kaya_hojo、FBページはこちら、ブログは「コスプレで女やってますけど

「女子力高い」は褒め言葉なのか

「A子って、女子力高いよね」「ね~、高いよね」。数年前、友人と集まって飲み会をしていたときのこと。トイレに立ったA子をめぐって、こんな他愛もないやり取りが交わされました。ややぽっちゃり体型のA子は、どことなく色気を感じさせてモテるタイプ。

私は戸惑いました。これって、A子に対する褒め言葉? それとも微妙な悪意が織り込まれた発言? いったい、どう反応すればいいのか。

A子の「ぶりっ子ぶり」は、その場に集まった女子の間で何となく共有されていたように思います。年上女性などからは特に嫌われそうな……だからこそ、かもしれませんが、「A子って女子力高いよね!」のあと、会話はそれ以上発展しませんでした。彼女の「女子力」を深掘りすると、みんなが「女のイヤな部分」を見てしまうような、そんな気がしたのです。

ここ10年ほどで広まった新しい言葉、「女子力」。異性を惹きつける総合的な魅力、という意味では、「女らしさ」を現代風に言い換えた言葉であるともいえます。ただ最近では、外面的な女らしさだけでなく、総合的な「女性たちの前向きなパワー」という意味で使われることも増えました。

「外見が魅力的」から、「美意識が高く前向き」など幅広い意味をもつ「女子力」。悪意を込めて使えば、「男性にこびを売るのが上手い」という、皮肉な意味すら付与できる「女子力」。何気ない会話の中で耳にした「A子の女子力」は、文脈次第でどうとでも解釈できました。にもかかわらず、その場にいた女子たちは皆、「ジョシリョク」という言葉のもと、思考停止に陥っていたのです。

女子力のルーツは「生きる力」!?

「女子力」という言葉が出てきた背景には、1990年代後半以降の「○○力」ブームが大きくかかわっています。「コミュ力」「鈍感力」など、曖昧で数値化するのが難しい「○○力」。このボヤッとした「能力」があふれるようになったルーツは、96年に出た中央教育審議会の第一次答申※1にあります。答申には、「生きる力」というキーワードが何度も登場。中教審によると、生きる力とは「主体的に判断、行動し、問題を解決する力」と「たくましく生きるための健康や体力」だそうです。曖昧で、どうすれば「生きる力」がアップするのかよくわかりません。

ちなみに、この第一次答申をきっかけに、2002~2003年頃「ゆとり教育」は完成するも、その後は批判にさらされ、終焉。同時に「生きる力」も求心力を失います。

代わって登場したのが「人間力」です。02年、政府の「経済財政諮問会議※2」が、これからの経済発展に必要な「人間力」という言葉を使いました。この「人間力」は、96年の「生きる力」よりもさらにボヤッとしたものになっています。ただ何となく「人間力」を磨かなければ人として劣っているかのような、漠然とした不安を感じさせる概念です。

98年には、美術家・作家の赤瀬川原平氏による「老人力」がブームに。この頃から、世間には「○○力」という語があふれるようになりました。「女子力」もまた、こうした「◯◯力」ブームの一端を担っているのです。

高度化する「女子力」

2001年、人気漫画家の安野モヨコ氏が初めて「女子力」という言葉を使いました※3(『美人画報ハイパー』講談社、2001年)。『美人画報』はもともと、美容雑誌で連載されていたイラスト付きエッセイを書籍化したもの。シリーズ3作があり、いずれもベストセラーです。安野氏は同著で、すごいことを言っていたのです。

「女子は仕事ができてもキレイじゃなければ駄目なんです」

この言葉が、どれだけ女性たちにインパクトを与えたかは想像に難くありません。そこまであからさまな本音を言う女性有名人は、ほとんどいなかったからです(露骨すぎて、多くの女性を敵に回すと思われていたのでしょう)。

「女子は仕事ができてもキレイじゃなければ駄目」という、よく考えれば息苦しい価値観は、その後、ポジティブなものとして多くの女性を巻き込んでいきました。

 この頃の「女子力」は、主に「男ウケ」を目指したメイクやファッションの研究といった文脈で使われていたようです。が、次第にスキルアップやライフスタイルなど、内面的な意味が加わっていきました※4

00年代後半以降、テレビや雑誌は、たびたび「○○会社の女子力マーケティング」とか、「女子力で新商品開発」といった特集を企画するようになります。09年にはNHKが、芸能事務所社長の太田光代氏やギタリストの村治佳織氏、ジャーナリストの白河桃子氏などを取材し、「The♥女子力スペシャル」という番組を放送。新語・流行語大賞にノミネートされた同年、「女子力」は、「きれいになりたいと願い、行動する力」だけではなく、「女性であることを楽しむ積極性や、女性特有の魅力を高めていく前向きな姿勢」を指すようになりました※5

『AneCan』が「女子力って、何だ!?」と言い出した

「女子力」がハイパーインフレを起こしていた2011年、『AneCan』が「女子力って、何だ!?」と題した特集を組みました。脚本家や美容ジャーナリストなどの著名人たちが、「これからの女子力とは、周囲の人まで元気にし、幸せにする才能です」とか、「他人に期待されていることではなく、自分のやりたいことに向かっていってください」などと語っている。でも、憧れの有名人に「女子力とはこういうものです」と言ってもらったところで、それは時間が経てば消化されてしまう栄養ドリンクのような、一時的なカンフル効果しかもちません。「これを飲んだらちょっと元気が出る気がする!」でも、数時間後にはもう「疲れた……」となっている。

広告収益で収支をはかる女性誌は、結局「女を上げるための消費」から自由になることはできないのです。ファッション誌における「女子力」とは、単に「女性に、より多く消費させるための力」に過ぎません。

一方、テレビや経済界のいう「女子力」は、「女性ならではの発想やイノベーション力」などを指すようです。こちらは、もはや「女性活用」の別称にすらなっており、やっぱり何だか、うさんくさい。

2013年頃、サイバーエージェントの「キラキラ女子社員」が話題になりましたが、これは「仕事も女らしさも諦めない」彼女たちのエネルギーが、会社の業績にプラスになるという側面から評価されているものです。「キラキラ女子社員」たちのまぶしさは確かですが、既存の「女らしさ」にドロドロした怨念を抱く自分のような者にとって、「仕事も女らしさも、全力投球で頑張ろう!」という価値観は、どこか息苦しいものに感じられます。

「女子力」に馴染める女と、そうでない女の違い

この社会での「女らしさ」はもはや、コスプレに近づいています。つけまつげ、ネイルアートなどはわかりやすい例。スカートやハイヒールだって、女らしさを示す「記号」でしょう。こうした記号をまとえばまとうほど、「女らしさ」の演出ができるわけです。さらに、女性には「化粧」という「化ける」行為が、社会人としてのマナーになっています。外見を装うことで、素の私から「社会的な私」へとコスプレする感覚は、多くの女性が共有していることでしょう。

こうした認識をもっているか否かは別として、ファッションやメイクで「女らしさ」を演出することに抵抗のない女性にとって、特に「女子力」の概念は受け入れやすいものです。逆に、そうでない女性にとっては、「女子力」はいまいちピンとこないかもしれません。

とにかく「女子力」を身につけ、色んな意味で「女らしく」ならねば、なりたい、なろう! というやたらと明るいムードが広がっている昨今。そのまばゆい光には、必ず影があります。

ある調査※6では、20~30代の働く女性のうち、実に6割が「自分に自信がもてない」と回答したそうです。働く女性たちが「最も自信がない」のは、「外見」で、7割が「自信なし」。次いで「中身(人間性など)」「仕事」「恋愛・結婚」でも、6割が「自信なし」と答えています。

どうも、働く女性たちは全体的にネガティブな感じです。もちろん、「自分に自信がもてないんです」という言葉の裏には、日本人女性に特有の謙遜感情もあるでしょう。しかしながら、若い女性の6割が「自分に自信なし」という調査結果からは、日々、職場や家庭で多くの壁にぶつかり、他者からの評価にさらされ、自尊感情をすり減らしている女性たちの図も浮かぶのです。

自分に自信を持てない女性たちが「女子力アップ」と謳うキャッチコピーや商品、セミナーなどに惹きつけられるとすれば、それはもはや「願掛け」でしょう。「女子力を向上させれば、今よりも幸せになれるのではないか」……そんな切実な、他力本願というか、曖昧な期待が「女子力」には掛けられているのです。

「女子力」は語彙力の乏しさに通じる

STAP細胞問題で小保方晴子氏が記者会見を開いた際、コラムニストの小田嶋隆氏が「彼女は『女子力』でここまでやってきた」と発言していました※7

彼は小保方晴子氏のことを、「女を武器にのし上がった」と非難しているわけではありません。重要なのは「女子力を受け止める側」が、それに惑わされないことだというのです。「女子力」という、曖昧で本質を見えなくする「力」ではなく、「実力」で評価すべきだと。 

曖昧で、使い方を間違えればマイナスにも作用しかねない「女子力」。これに代わる、別の表現はないのでしょうか。「社会的地位」か「収入」か、はたまた「美人度=顔面偏差値」か……どれもいまいちしっくりこないのは、現代社会が「数値化できない曖昧な能力」であふれているせいです。女としての総合力を測る(そして測れない)「女子力」の誘引は、思ったよりも強そうです。

「女子力」は、何でも「ヤバい」のひとことで済ませてしまう語彙力の乏しさとも似ています。「ヤバい」と言えば、どんな感動もひとことで表せてしまう。「女子力」にも、そんな便利さがある。

ひとつ確かなのは、世のいう「女子力」に踊らされることなく、その評価軸を徹底的にバラバラにし、自分なりに組み立ててみること、これが今の女性たちに求められる"本当の力"ではないか、ということです。

  1. 中央教育審議会の第一次答申(1996年)
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/960701.htm
  2. 経済財政諮問会議「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002
    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizai/tousin/020621f.html
  3. 大野佐紀子、2009、『「女」が邪魔をする』、光文社、p.36-7の指摘による。
  4. 『女子』の意味作用」河原和枝、2012、「『女子』の時代!」馬場伸彦、池田太臣編、青弓社
  5. 2009年ユーキャン新語・流行語大賞HPより
    http://singo.jiyu.co.jp/nominate/nominate2009.html
  6. 株式会社サダマツの調査より
    https://www.value-press.com/pressrelease/119175
  7. 小田嶋隆コラム「あれは『女子力』のイベントだった」
    http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20140410/262713/?n_cid=nbpnbo_twbn
    日経ビジネスオンラインより