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母性本能

文: トイアンナ
トイアンナ
トイアンナ

外資系企業にてマーケティングを約4年間担当。キャリアの一環としての消費者インタビューや、独自取材から500名以上のヒアリングを重ねる。アラサー男女の生き方を考えるブログ「外資系OLのぐだぐだ」は月間50万ページビューを記録。現在もWebを中心に複数媒体でコラム連載中。

唐揚げは可愛い男の子に勝る

「俺って母性本能をくすぐるタイプみたいなんですよ」

ふむ。私は後輩君をまじまじと見つめます。ここは会社の飲み会。わぁおいしそうな唐揚げ! いただきます、と頬張る彼をにこやかに見守るお姉さま方。確かに彼はみんなの弟分として可愛がられ、恩恵を一身に受けていました。厳密に書くと、唐揚げ増量という恩恵を。私は恐れを抱きました。私の、唐揚げ!

「こういう男の子が可愛く思えないなんて、母性が足りないんじゃないの?」という貴重なご批判も馬耳東風、私は唐揚げを確保したわけですが、それには理由がありました。「母性本能」の危険性を何よりも知っていたからです。

母性本能というフィクション

母性本能は科学的に存在しない。こう結論付けたサラ・ハーディーの論文は大きな反響を呼びました※1。児童虐待がニュースに取り上げられるたび「母親としての愛情はないのか」という決まり文句が散見されますが、ハーディーによって子を捨てたり殺してしまったりすることが生物学上「普通」であると提示されたのです。

でも、母性本能が無いにもかかわらず、私たちが抱く弟分を可愛がりたい気持ちは否定できません。もしこの「可愛がりたい欲」が存在しないなら「第2の息子みたい」と男性アイドルへ入れ込む女性たちの動機は、せいぜい性欲しか思いつきません。もし女性が息子と同一視しながら男性アイドルへ性欲を感じているなら、世は近親姦を望むお母さんたちで溢れてしまいます。さすがにこれはリアリティに欠ける妄想でしょう。

仮に性欲ではないとして、私たちが先述の後輩君や男性アイドルへ感じる「母性本能」の正体とは何でしょうか。これには別のバダンテールという学者が「私たちは子供を愛するようにできているのではなく、面倒を見た子供を愛するようになるのだ」と答えています※2。私たちは先輩として面倒を見るから件の後輩君に可愛げを感じとり、アイドルへ貢ぐから執心するのです。

つまり、お母さんたちは子供を「愛しているから面倒を見る」のではなく「育てているうちに愛おしくなってくる」ようなのです。無力な者の面倒を見ているうちに愛情がわくことを「母性本能」とするならば、もはやそれは一種の「情」だともいえるでしょう。

母性本能はダメ男と親和性が高い

ここまでお読みになって、ご聡明な読者は気づかれたのではないでしょうか。無力な他人の面倒を見て愛情を注いでしまう習性、これはダメ男を育てる最良の方法です。

SNSで知り合った年下君。半年ほどやりとりをしてから会ってみたら意気投合、あれよあれよと言う間に一晩は過ぎ、彼はうちに転がり込んできた。数日で出て行くかと思いきや、一緒に暮らすうちに何だか可愛く思えてきちゃって。でも彼って実は無職なの。なおここまで全て実話です。あな恐ろしやアラサー怪談。こうしてまたひとり、ダメ男の強引な作戦に引っかかって結婚適齢期をドブに捨てる魂が生まれてしまったのです……。

ダメ男はワガママを駆使してあなたに「面倒を見させ」ます。「仕方ないなぁ」と尻拭いをしてしまう習慣がつけば、あちらのもの。徐々に沸き起こる母性本能に流されます。

私も若かりし頃にこの手に引っかかりました。デートは相手の家へ行き、寝ている相手をたたき起こしてシャワーに入れて、その間に着替えを用意して料理を作り、歯を磨いてあげる。後から「あのとき、私は彼と付き合っていたんじゃなくて、面倒を見ていただけだった」と悔やんでも後の祭り。あなたの時間は返ってきません。

母性本能を言い訳にするのは万人共通

といっても、母性本能は甘え! 男は女に甘えるな! と伝えたいのではありません。母性本能という言葉に甘えているのは、私たち女性も同じです。無意識に可愛い後輩君を甘やかして、夜遅くまで頑張っている同僚へしわ寄せは行っていないでしょうか。
面倒を見ていない後輩を「あの子は愛嬌がないから」と可愛がらない言い訳にし、自分の部下として頑張ってくれた後輩を贔屓目でレポートしていないでしょうか。

こう考えると、会社でよくある「直属の部下として可愛がられ、上司の出世で一緒に引っ張ってもらう」現象も説明がつきますし、しかもそれが「危険」だなどとは誰も考えていないように思えます。しかし長期的に見れば、会社は優秀な人よりも運によって部下となった社員を出世させることになります。母性本能に従うことは、会社の利益にも反するといえるでしょう。

ここまで、母性本能に従うリスクについて述べてまいりました。自分より無力な者を可愛がることで生まれる情こと母性本能は、長い夫婦関係の礎となり、文字通り子が育つときの愛情源となることでしょう。と同時に、それに振り回されることで失うものが多いという冷静な戒めを恋愛やビジネスの場でも、紳士淑女たるもの肝に銘じておきたいものです。

  1. サラ・ブラファー・ハーディー『マザー・ネイチャー:「母親」はいかにヒトを進化させたか』早川書房 2005年 塩原通緒訳
  2. エリザベート・バダンテール『母性という神話』ちくま学芸文庫 1998年 鈴木晶訳