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オンナ目線

文: 朝井麻由美
朝井麻由美
朝井麻由美

ライター・編集者・コラムニスト。近著に『ひとりっ子の頭ん中』(KADOKAWA中経出版)。構成書籍に『女子校ルール』(中経出版)。雑誌やWebで記事執筆やコラム連載多数。一人行動が好きすぎて、一人でボートに乗りに行ったり、一人でBBQをしたりする日々。Twitterは@moyomoyomoyo

女、女、うるさい

「女、女、うるさい」、と思うことがある。女性ならではの、女としての、女子力、女の子はみんな○○、なぜこうも、いちいち枕に"女"をつけたがるのだろうか。その"女"アピール、要る?

「オンナ目線」は、女、女、とうるさく言う際にしばしば使われる言葉の一つだ。女性の意見を取り入れた商品だったり読み物だったりに「オンナ目線」は登場する。「女目線」ではなく、「オンナ目線」。オンナ、とカタカナ表記することで、より一層、"女"の部分が強調されているように思う。私はこの言葉がたいそう気にくわないのである。
とはいえ、世の中には女性にしか気づきにくいことがあるのは事実だろう。例えば、妊娠や出産、痴漢などの性被害、こういったことについては、おそらく女性のほうが持っている情報が多い。女性の手が加わっていると公言し、その商品や読み物に説得力を持たせることを否定はしない。一介のコンテンツ制作側の人間ではあるが、その効果については理解しているつもりである。だが、そう飲み込んだ2秒後には、いちいち「オンナ目線」と銘打つのは正しいことなのだろうか……と考え込んでしまう。

本当はそうじゃないから、自称する

まず一つ、「オンナ目線」という言葉に対して物申したいのは、この看板を掲げることで、むしろ女という生き物から遠ざかっていやしないか、という点。例えばである。その昔、就職活動をしていた私は、二言目には「人が好き」、「コミュニケーション能力がある」、「好奇心旺盛」と書き連ねていた。履歴書に書くことがない学生が使いがちな三大フレーズを見事にコンプリートしていたのだ。何も考えずに大学生活を送った報いである。私は別に人が好きでもなければ、コミュニケーション能力があるわけでもない。また、アルバイトくらいしかしていなかった当時の私に好奇心が搭載されていたとも思いがたい。中身が伴わない事実からは目を逸らし、その安直な"長所っぽいもの"を引っ提げて、面接の間じゅう言い張っていた。「コミュ力が高いです」と。「僕はコミュ力高いです」と自ら言ってしまう人はどう考えてもコミュニケーション能力が低く見えるし、「マイペースです」と言っている人はきっと本当はマイペースじゃない。本当にマイペースな人は、自分がマイペースなことにすら気づかずに生きるくらいマイペースなのだから。「幸せ」とやたら言う人は、おそらく今現在幸せなのではなく、幸せになりたいからそう言う。それと同じで、「オンナ目線」とわざわざ強調すればするほど、"オンナ目線"の皮をかぶった滑稽な何かに見えてくる。女性の、女性によるもの、と銘打つことで、女性ではない何者かが必死に、「これは女性のものですよ~」と言っているような気がしてしまわないだろうか。

"オンナ"じゃない性別との断絶

もう一つは、言葉の持つ排他性についての話である。かつてあったフリーペーパー『R25』のキャッチフレーズは、「オトコを刺激する情報マガジン」だった。見かけるたびに手に取っていたのだが、表紙の上のほうに躍る「オトコを刺激する~」の文字に気づいたとき、少し手に取りづらくなったのを覚えている。
それでも私は、当時"女性版R25"として作られていた『L25』よりも、『R25』のほうが好きだった。"オンナ"である私は、キャッチフレーズのように "オトコを刺激"されることはないのだろうけれども、『R25』を取り続けた。「オンナ目線」には、それと似たような感覚にさせられる。
オンナ、と強烈に打ち出すことで生まれる、性別の断絶。例えば、オンナ目線の記事コンテンツ、と明言することで、読まなくなる男性は一定数いるのではないだろうか。お呼びでない、自分には関係のない話だ、と。もちろん、女性だけの世界を作って互いに共感し合うことを目的としている場合もある。だが、"共感"よりも"発信"を目的としたオンナ目線の記事とやらには、男性にこそ読んでほしいものが少なくないはずだ。
女性が女性ならではの体験をもとに論じたものを、女性だけが読んで女性同士で共感をし合う――「オンナ目線」と言ってしまった瞬間から、こういった女だけの世界が形作られるように私には見える。

女性が自分で「オンナ目線」と言うのは、「自分たちオンナは男とは違う生き物です」と宣言していることと同義。
男性が女性発信のコンテンツのことを「オンナ目線」と呼ぶのは、「キミたち女性は、僕たちとは違う生き物です」とハナから歩み寄る気がない宣言と同義。

ところで、この原稿が掲載されるサイトのコーナーの名前は『女がモヤモヤするとき』である。果たしてこんなことを書いてしまってよかったのだろうか。なんとモヤモヤすることだろう!