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良妻賢母

文: 爽田するめ
爽田するめ
爽田するめ

1976年生まれのアラフォー主婦。ブロガー、漫画家。個人ブログで発表した『育児しんどいマンガ』で年間300万PVを記録。『するめブログ』や、『みんなのコミック』での育児マンガ連載などで活躍。あまりに片づけが苦手だったことから整理収納アドバイザー2級を取得。好きな家電は食洗機。

「大きくなったら、良いお母さんになりたい」

ずっとそう思ってきた。私は幼い頃から母子家庭で育ち、母親の過剰なまでの愛情を一心に受けてきた。母のように休みなく働いて、自分のことは二の次、三の次で子供に尽くす、そんな母親像に憧れた。しかし30歳を過ぎるまで母親になるチャンスは巡ってこなかったので、ずっと仕事に没頭していた。「母子家庭だからって、私のことも母ちゃんのことも、舐めんなよ!」そんな想いもあったと思う。

転機が訪れたのは33歳で妊娠したとき。「どうやって仕事を続けていくか?」と考えながら、思い切って上司に妊娠を告げた。仕事は生きがいそのもの。昼も夜もなく、業務を優先して働いてきた自負はある。しかし会社からの答えは、「僕たちから辞めろとは言えないけど……」という退社勧告だった。渋る私に追い打ちをかけたのは、次のような上司の言葉だ。
「君は働きたいかもしれないけど、旦那さんと、これから生まれてくる赤ちゃんにとって、本当に良い選択なのかな?」

夫にも母にも世間にも認めてもらいたい!

そこではじめて、ただ漠然と思い描いていた『良いお母さん』とは、どんなお母さんなのだろうか? と考えはじめることになる。「結婚して子供を産んだら『良妻賢母』を目指さなくては」という強い想いが潜在的にあることに気がついた。常に家族を最優先し、夫を立て後方支援に徹し、自分を犠牲にしてでも子供たちを守る、そんな妻であり母親。そうか、これからは、自分の願望は全て禁じて生きていかねばならない。仕事をせねば子供を育てられなかった母と違って、専業主婦という道があるにもかかわらず選択しないのは、私のワガママなのかもしれない、と。

「仕事を続けたい」とは、言えなかった。むしろ長年培ったスキルを潔く捨てて「良妻賢母」の道を行くと決めた方が、夫にも母にも世間にも認めてもらえるような気がした。いつか子供にも、「ママはあなたの方が大切なのよ。自分の全てを犠牲にしたって構わない。これがママの愛情なの」と言ってあげられると思った。考えてみると、これは、母から常に言われてきた言葉だ。心のずっと奥の方でもやもやしたものを感じながらも、会社を辞め、出産。生まれた息子は本当に可愛くて、夢中になった。

アトピー、泣き叫ぶ子供、どん底の子育て

しばらく経つと、息子にアトピー性皮膚炎の症状が出てきた。彼本来の気性の強さと、アトピーのかゆみもあり、生後半年から(3歳頃まで)夜は細切れに起きては泣き叫んだり暴れたりした。自分も子供もまともに眠れない。どんどん追い詰められていく。インターネットでアトピーについて調べては、効果があるのか怪しいものも含めていろいろ購入しては試した。のめり込むほどに、どんどん家は荒れていった。

それも数か月経つと、だんだんアトピービジネスの闇がわかってくる。親の弱みに付け込んで、聞こえの良い謳い文句で高額な商品を買わせる酷いサイトもいっぱい見つけた。そして最後には理解する。病院で言われた通りにするしかないのだ。得意ではない家事育児プラス月に何回もの通院、日に何回もの薬の塗り直し、そしてかゆみで不機嫌な息子に付き合うという果てしない日々。息子が2歳になる頃には第二子が生まれた。新生児のケアが加わり、体力面でも精神面でも限界を迎える。

そこに追い打ちをかけたのは、まさかの実母。毎晩のように電話やメールで「インターネットで、こんなに良い商品を見つけたの!」と薦めてくる。「あのね、お母さん、それは効かないの。お医者さんの言う通りにするしか、ないんだよ」。母は納得できない。どんなに言葉を尽くしても、理解しようとしないのだ。「なぜあなたは、もっと必死にならないの? どうして、諦めてしまうの? もっと息子君を愛してあげてよ!」

実母の呪縛、精神科の効用

え? 私、息子のこと愛してないの? こんなに寝ないでお世話してるのに? こんなに寝ないで、あなたが薦めてきた怪しげなサイトの商品を隈なくチェックして効果がないことを説明してるのに? ……でも確かにそうかもしれない。きっと母なら、365日他のことは全く求めないで私の世話をしてくれただろう。それこそが、私が憧れた『良いお母さん』だったのだ。でも、それは私にはできない。息子がどんなに酷い状況でも、自分は自分でいたい。『お母さん』に徹することができない、ダメな母親なんだ。開き直ると同時に私が選択したのは、精神科への受診だった。

「怒りがコントロールできません。子供に憎しみが向かって抑えられない。人生でこんなことははじめてで、取り返しのつかないことをしてしまうかもしれないと、毎日怖いんです」

その時点で身体に疾患が出ていない私に、お医者さんは言ってくれた。「風邪だって、酷くなる前に病院に行くでしょう? 来てくれて、良かったです。大丈夫、いろんな方法がありますからね」と、まずはお守り代わりに持っていなさいとイライラを抑える漢方薬を処方してくれた。「もしもっと酷くなったら、衝動を抑える薬もあるから、心配しないで」。更に関連したソーシャルワーカーさんも紹介してくれた。とても心強かった。

でも、精神科を受診したことによる一番の効果は、意外なことに、自分で自分に『私は「良妻賢母」なんかじゃない宣言』ができたことだ。世間から求められる理想的な妻や母親を演じようと、大きなストレスを抱えてしまった。いつも笑顔で優しく余裕があって強くておおらかで寛大で、文句も愚痴も言わず常に前向きで、自分のことよりも夫や子供に尽くし、母性愛にあふれた聖母のような女性になろうと必死だった。

でも、そんなことで自分も我が子も壊してしまうのは、本末転倒だ。自分で自分にかけた呪いのような女性像をぶっ壊せる方が、本当の意味で良いお母さんなんじゃないか。世間様が認める「良妻賢母」なんて、くそくらえだ。他人にとって最悪でも構わない。夫と子供たちにとって最高で、私自身も「私って最高!」って笑い合える家族がいいじゃないか! それ以外の何を目指していたのだろうか、私は。

自分自身を「家族」にカウントしてあげること

SNSで、素敵ママ風に話を脚色して書くのももうやめた!!!

「ホームベーカリーで手作りパンを作りましたぁ(*´▽`*)」
(本音)子供に食物アレルギーがあって市販のパンが食べられません!!!

「今日は一日中息子とのんびり♪ これぞ専業主婦の特権!?(笑)」
(本音)朝からイヤイヤイヤイヤ何やっても拒否されてもう気力体力ないから!!!

「念願のマイカー購入! 早く一緒におでかけしようね♡」
(本音)子供が暴れるから公共交通機関を使って外出できないのでね!!!

自分が楽になると同時に、いろんなことが快方に向かった。無理にがんばるのをやめたら、がんばっていたときよりも全てが良くなった。それまでの私は、「家族を幸せにしたい」とイメージしたとき、自分自身を家族にカウントしていなかった気がする。私も家族の一員だ。だから私が幸せじゃなきゃ、家族全体の幸せはやってこない。

いつも夫は言ってくれたのだ。「食事なんか用意されていなくても、部屋が汚くても、みんなが笑っていられる方がいい」と。それでも私は、もっと完璧にやれる! もっと役に立つ! と自分で自分を追い込んでしまっていた。「良妻賢母」という称号を得るために躍起になって、肝心な家族の顔を見ていなかった。

「良妻賢母」は誰のための言葉か

あれから数年。今の私は、「良妻賢母」とは程遠い、子供に怒鳴り散らす、自由気ままなお母さんになった。辛かった育児は、プロの手を借りた。信頼できる保育園を探し日中の育児をお任せすることからはじめた。今は転居の都合で、夕方まで預かってもらえる幼稚園に通っている。子供は毎日とても楽しそうだ。辛かった家事は、夫にシェアしてもらった。前よりもっと好きな仕事もはじめた。そして何よりも、息子も娘も大好きで心から育児が楽しいと思える。もちろん、育児なんか大嫌い! 今すぐ辞めたい! という日も多々あるが……(笑)。

「良妻賢母」とは、誰のための言葉なんだろう。第三者が誰かを指導するための言葉だろうか。女性が自分で自分を律するための言葉だろうか。私は、「良妻賢母」を目指さなくなってからの方が、ずっとずっと健全で、妻としても、母としても、ひとりの人間としても、今の自分をとても気に入っている。