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親のありがたみは、親になってみないとわからない

文: ペヤンヌマキ
ペヤンヌマキ
ペヤンヌマキ

劇作家、演出家、AV監督。劇団「ブス会*」を立ち上げ、全作品の脚本・演出を担当。清掃会社の休憩室やAV女優の控え室など女だけの職場で巻き起こる人間模様、血縁関係にもがく独身三姉妹・・・など醜くも可笑(おか)しい“ブス”な女の実態を描く。著書に半自伝的エッセイ『たたかえ!ブス魂~コンプレックスとかエロとか三十路とか』(KKベストセラーズ)。 ツイッターアカウント @peyoungmaki

 

逃れられないモヤモヤの正体、我が親

日常生活を送る中で、人から言われたことでモヤモヤすることはたくさんあります。私は物心ついた時からモヤモヤしっぱなしでした。思ったことをその場ではっきり言えない性質の私は、自分をモヤモヤさせた相手を心の中のデスノートに刻み、仮想敵に仕立て上げ、いつかあいつを見返してやる! と思うことで心を収めてきました。大人になってからはモヤモヤセンサーが働き、そういうことを言ってきそうな相手とは距離を置いたり、言われそうな場にはなるべく行かないようにすることで、モヤモヤする機会は格段に減りました。それでもモヤモヤは思わぬところからやってきます。そして最近の私に一番モヤモヤすることを言ってくる存在、仮想敵となる存在、それは他ならぬ、我が親なのでした。

親を喜ばせたい。親孝行したい。そういう気持ちはいつも自分の中に漠然とあります。

大学進学と同時に実家を出て、はや20年。自分は中年、親は老人と呼ばれる年齢になりました。親とは年に一度会えるか会えないかくらいなので、元気な親と会えるのもあと何回なのだろうと考えると、会った時くらい親孝行しないとな、と痛切に思います。しかしそういう思いとは裏腹に、いざ面と向かうと、親が言ってくる一言一言に腹が立って、ついつい大人げない態度を取ってしまうのが常。そんな時に親が放ってくる強烈な一言がこれです。

「親のありがたみは、親になってみないとわからない」

この言葉を20代の頃言われた時は、モヤッとしつつも、「そりゃまだなったことないから、わからんわ」と聞き流すことができました。しかし40代に差し掛かろうとする今、子供を産んでいない自分がこの言葉を言われるとモヤッとどころか、いたたまれない気持ちになります。この先、自分は誰かの親になることはないかもしれない。そうしたら、親のありがたみを一生わかることができないのだろうか。そんな自分に親孝行などできるはずがない。なんだか欠陥人間の烙印(らくいん)を押されたような気になってしまうのでした。そもそも、親のありがたみを実感しているからこそ、親を喜ばせたい、親孝行したいという気持ちが沸き起こっているはずなのに。いや、待てよ。本当にそうか? 親を喜ばせたい、親孝行したいという気持ち自体、そういう人間でいたいという単なる自分のエゴなのではないか? そう考え出すと、親孝行の意味さえわからなくなってくるのでした。本当に、親のありがたみは親になってみないとわからないのか? それは今の私には計り知れぬことなので措いておくとして、ここで問題なのは、それを言われた時の自分の受け止め方にあるのではないかということです。

結婚、出産――女同士を「分断」するもの

先日、出産したばかりの幼なじみの家に遊びに行った時のこと。彼女は私にこう言いました。

「親になって初めて、親のありがたみがわかったよ」

私はその言葉を聞いた時に、ふと親に言われたことを思い出して、思わずこう返してしまいました。

「この前、うちの親にも『親のありがたみは、親になってみないとわからない』って言われちゃってさ、何も言えんかったわー」

彼女は、「そうなんだ、それは酷いね」と私に共感してくれた上で、その件に関してそれ以上は語りませんでした。そして私は家に帰ってからものすごく後悔しました。なんで私はあの時、あんなことしか言えなかったのだろう。彼女は、子供を産んで育ててみて初めて実感したことを私に話そうとしただけであって、別に私を貶(おとし)めようとして言ったわけではないはずなのに。

結婚している、していない。子供がいる、いない。女が年齢を重ねていくと、これらの環境の変化が女同士を分断する、とよく言われます。実際に経験してみないとわからないことはたくさんあるし、特に女にとって出産や子育てというのは人生をも左右する大きなできごとです。だけどその経験があるかないかの違いで、これまで親しくしてきた人とわかり合えなくなるなんて、さもしすぎる。そう思ってきました。それなのに・・・。

「親のありがたみは、親になってみないとわからない」

この言葉が、自分を貶める言葉として心に引っかかっていたせいで、私は勝手に被害妄想に陥り、出産を経験した幼なじみと、経験していない自分とを自ら分断し、相手の立場になって話を聞くことができなかったのです。

本当に相手は私を貶めているのか?

そもそも親はなぜ私にあんなことを言ったのでしょう? 私が感じたように、子供を産んだことのない私を貶めるためでしょうか? 自分の子供を貶めたい親なんているのでしょうか? 単純に私に孫を産んでほしいだけなのではないか、そう思います。だとするとその親の願いを叶えられなかったとしたら、自分は一生親孝行はできないのか。そういう考えが頭をよぎり、さらにモヤモヤするのですが、このことを人生の先輩に話したところ、こういう言葉をかけてくださいました。「あなたの親があなたに孫を産んでほしいと思うのは、あなたが生まれて自分が幸せだったから、ということだよ。単に孫が欲しいということではなく、ただあなたに幸せになってほしいと願っているだけだよ」。そうか。孫を産むことではなく、私が幸せでいることが親孝行なのか。そう思うと心の中のモヤモヤがすっと晴れたのでした。