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出自を知る権利

文: 増原裕子
増原裕子
増原裕子

1977年、神奈川県横浜市生まれ。慶應義塾大学大学院フランス文学修士課程修了。株式会社トロワ・クルール代表取締役 / LGBT研修講師。在学中にパリ第3大学(新ソルボンヌ)へ留学。在外公館(ジュネーブ)、フランス系会計事務所、教育系IT会社勤務を経て現職。2013年、東京ディズニーシーで初の同性結婚式を挙げ国内外で話題に。2015年、渋谷区パートナーシップ証明書交付第1号。LGBT初のオンラインサロン「こゆひろサロン」運営。
パートナーの東小雪さんとの共著に『女どうしで子どもを産むことにしました』(KADOKAWA)、『同性婚のリアル』(ポプラ社)、『ふたりのママから、きみたちへ』『レズビアン的結婚生活』がある。『日経ビジネス』『日経ビジネスアソシエ』『日経ウーマン』などメディア掲載多数。

 

みなさんの日常会話の中に、「出自」(しゅつじ)という言葉が出てくることってありますか? 私は3年ほど前、35歳頃まで「出自」という言葉を発したこともなければ、あまり会話の中で聞いたこともない、自分の人生とは縁のない概念でした。

『大辞林』を引いてみると、このような説明がなされています。

しゅつじ【出自】

  1. でどころ。うまれ。出所。
  2. 文化人類学で、個人が生まれた時から認識される系譜関係。血縁。 「 -集団」

要するに、「自分がどこから生まれてきたか」ということに関係する言葉ですね。私がこの言葉に馴染みが薄かったのは、これまで自分の出自について考える必要がなかったからだと思います。それが突如3年ほど前から、「子どもの出自を知る権利」という言葉として、私たち「ふうふ」の前途に立ちはだかるようになりました。

3年前といえば、同性のパートナーと結婚式を挙げて、子どもを持つことを具体的に考え始めた時期。女性同士のふうふで子どもがほしいとなると、法的な婚姻ができない同性カップルでは、特別養子縁組で小さい子どもを家族として迎えるということが認められていないこともあり、自分で産むということを考えます。問題は2人とも女性であるため、「精子がない」ということ。つまり、社会的に不妊の状態なんです。

誰かから精子の提供を受けて、自分の卵子と提供精子が受精して着床して、お腹の中で無事に育っていけば、晴れて出産ということになりますが、このように、ふうふ以外の第三者の精子を使って妊娠・出産を考えるときにとても大事になってくるのが、「子どもの出自を知る権利」です。

パートナーと私は、精子を提供してくれるドナー探しの旅を続けながら、出自を知る権利について長いこと考え続けてきました。将来子どもが生まれてきてくれたとして、子どもが大きくなったときに、「血のつながったパパは誰?」と自然に思うでしょう。そのときに子どもにどんな説明をしてあげたらいいのか、ドナーと子どもの関係性はどういう形が望ましいのか、子どもはママが2人ということをどう受け止めるのだろうか、など。

これについて考える際の一つの軸となったのが、夫婦の不妊治療の一つの方法として60年以上前から日本で実施されてきた、AID(非配偶者間人工授精)で生まれてきた子どもたちの声です。夫側の男性不妊などの理由で、匿名の男性の精子を利用して生まれてきた子どもたちの苦悩と葛藤は、非常に切実なものでした。「自分の半分が知りたい」「親に隠しごとをされていた」「大人になって事実を知ったときに、アイデンティティの危機に陥った」。AIDで生まれた子どもは、両親からその事実を知らされずに育てられることが多かったのです。

女性同士のふうふは、男女の夫婦と違って、第三者から精子提供を受けて生まれたという事実を隠すのは難しいですし、そうでなくても、出自については子どもが小さいうちから包み隠さずオープンに話していくべきだ、と私たちは次第に思うようになりました。

ただ、どこまでの情報を子どもに伝えられるかは、精子提供者が誰かにかかってきます。精子提供者が知人や友人であれば、少なくとも親はその人がどんな人かはわかります。しかし、例えば海外の精子バンクを利用する場合には、ドナーの情報が匿名で、提供時の年齢と血液型しかわからない場合もあれば、人種や民族、髪の色や目の色、身長などの身体的特徴の他に、生い立ちや学歴、職歴などの付加情報に加えて、子どもが一定の年齢に達したときに氏名と住所といった個人情報にアクセスできる条件がついている場合もあり、得られる情報の種類は様々です。

出自を知る権利についてずっとモヤモヤ考えたり調べたりする中で、3つに分類して考えるとだいぶすっきり整理されることがわかってきました。

  1. 子どもに出生にまつわる事実を伝えること(真実告知)
  2. 生まれた子の生物学的父親であり、子にとっては「自分の半分」である精子提供者について、どんな人物か伝えること(ストーリーの共有)
  3. 子どもが望んだ場合に、精子提供者に会える可能性が担保されていること(アクセス可能性)

最近では第三者が関わる生殖補助医療に関する報道などでも「出自を知る権利」という言葉が使われていますが、今の日本では、出自を知る権利とは「どのような情報についてのどのような権利」で、「なぜ重要なのか」について、一般的にはまだあまり知られていないように感じています。

私はたまたま女性同士のカップルで子どもがほしいというところから、この権利について深く考えるきっかけを得ましたが、実は、養子縁組や里親委託で、実の親と離れたり別れたりして育つ子どもについても、同じ課題が存在しているんですよね。子どもにとっては、アイデンティティ形成に深く影響する、とても大切な部分です。

出自という言葉に出会って、出自を知る権利について考え始めて3年。長いモヤモヤの時期を経て、今では人生の中で出会えてよかったなぁと思える言葉の一つです。自分の頭の中ではなんとなくこういう形がいいんだろう、というシナリオを描けるようになってきました。でも、しょせん想像の域を出ません。だって、結局子どもが実際に生まれてみて、子育てしてみないと、子どもがどう思うかなんて未知の世界だから。子育てに正解がないというのと近いのかなと思います。モヤモヤとわくわくの交錯する日々です。