まえがき

友人に「最近マラソンやってまして」と話すと、大抵の場合「健康のためですか?」と訊かれる。「ひと月で二百kmぐらい走ったりしてます」と続けると「ええっ、そんなに!?」と驚かれ、「ホノルルマラソンにも出ました」と言うと「よっぽど好きなんですねえ」と呆れられ、「完走しました」と答えると「大したもんですね」と感動される。

話が長くなるので、いずれの場合も「そうなんですよ」と答えているのだが、実はどれも正しくない。
健康のために走っているのではないし、走ることが好きなわけでもないし、不可能ごとを達成したという満足感もない(実はマラソンは、時間制限さえなければ、一度も練習しなくても完走は可能なのだ)。

では、なぜ走っているのか? 続けられるのか?
好きでもないのに、なぜひと月に二百kmも走り、わざわざ外国の大会にまで参加するのか?
それを語るのが本書のテーマである。

走る動機は他にある。愉しむ理由はいくつもある。
愉しくなくても、速くなれば、結果的に好きになるんじゃないの? という意見もあるだろう。確かにそれは一つの真理だ。だがそこには、裏を返せば、記録が伸びなくなったときは面白くなくなる、という事実も含んでいるのだ。

それなら、最初から自分だけの走る理由を見つけてやればいい。それがあれば、好きでなくても、毎日走れる。記録が伸びなくても、やめたくなくなる。ラーメンが好きではなくても、そこに自分好みの可愛い店員がいれば、毎日だって通える。簡単に言うと、そういうことだ。

世に〈速く走るための指南書〉は山とあるが、〈愉しんで走るための指南書〉はあまりないと思ったので、書いてみたいと思った。
ラーメンついでに喩えるならば、この連載はガイドではあるが、ここに載っているのは〈美味い店〉ではなく、あくまでも〈可愛い娘のいるお店〉である。素人が何の気なしに走り始めて、毎年外国に行くようになった経過を、気楽なエッセイとして読んでもらう間に、いくつかのヒントを拾ってもらえれば幸いである。

ということで、本書は以下のような人に読んでもらいたい。

○運動は得意ではないが、ちょっと走ってみたい。
○マラソンに興味はあるが、しんどいのは嫌だ。
○走ってみようと調べてみたが、近所にいい練習コースがないようだ。
○ときどき走ってみるが、練習が退屈で続かない。
○以前は大会にも出たが、記録が伸びず、つまらなくなってきた。
○マラソンはどうでもいいが、キクニのファンだ。

ついでに、以下の方々には本書は向いていない。

●オリンピックを目指している。
●大会で四時間を切りたい。
●理想的なフォームが知りたい。
●正しいストレッチのやり方が知りたい。
●東京マラソンに当選する方法が知りたい。
●私は高橋尚子だ。

最後にこのエッセイのタイトルについて。

マラソンコース上ではドリンクだけでなく、色々な食品が配られる。
バナナはその代表格なのだが、マラソン中に食べるこれのおいしさにビックリした。

「たかがバナナが?」

信じられない人にはぜひ確かめてもらいたい。
マラソンに出場して。



08年11月某日、「東京マラソン」三回連続の落選通知を前にして
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