今森光彦

昆虫(むし)の地図館
日本の里山昆虫記

写真家・今森光彦が贈るフォト日記。
「環境」の視点から日本全国の
取材と撮影を続けた筆者が語る
里山にすむ昆虫の「今」を
美しい写真でお楽しみください!
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台場クヌギに来たオオムラサキの♂。一瞬だけ羽を広げ、鮮やかな羽色を見せてくれた。

第1回 台場クヌギのオオムラサキ
山梨県韮崎市
  • 地図
  • 韮崎市は「台場クヌギ」とよばれる新薪林が生える。クワガタムシやオオムラサキが多く見られ、古くから昆虫採集のメッカとなってきた。

子供の頃からのあこがれの蝶。それは、オオムラサキ。だれもが魅了されるこの大型のタテハチョウは、全国に分布していて、場所と時期がわかっていれば出会える蝶だ。もちろん私のフィールドである琵琶湖周辺でもみられる。しかし、何と言っても有名なのは、山梨県の里山。プロの写真家になった頃、足繁くこの桃源郷に通ったものだ。あれから35年、久々に、オオムラサキの青紫色の輝きを見たくて、なつかしい山梨県の韮崎を訪れた。

蟻
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台場クヌギが道沿いに並んでいて、なかなかの壮観。

台場クヌギの街道

目の前に現れたのは、幹周りが一抱えもあるクヌギの枯木。このあたりでは、台場クヌギと呼ばれる。堂々とした姿は、迫力満点。この匂い、この奥行き、昔の想い出がよみがえってきて心臓の鼓動が高鳴った。

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この日はカナブンが多く見られた。オオムラサキと樹液を吸う。

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樹液を吸うオオムラサキの♂(左) オオムラサキとカナブン(中) カナブンを威嚇するオオスズメバチ(右)

里山の宴会場

オオムラサキは、台場クヌギの幹からしみでる樹液にやってくる。樹液が好きな昆虫は、たいへん多いので、宴会場のようなにぎわいだ。カブトムシやオオスズメバチは、喧嘩が強いのでいつもいい場所でのさばっている。かつての韮崎界隈では、初夏になると、こうした樹液ポイントが各所にみられた。条件の良い台場クヌギだと、十数匹のオオムラサキが集まることも稀ではなかった。

蟻
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伐採の風景(左) 背丈が低く、その上に新しい幹が伸びる(右)

人がつくる風景

台場クヌギは、人の背丈よりちょっと高いところで、十数年ごとに伐採が繰り返されてこんな個性的な姿になった。切り取られた幹は、薪やほだ木に使われる。この林は、人の暮らしがつくった風景だといえる。しかし、ガスや石炭が出まわってからエネルギーとしてほとんど薪は使われなくなったし、シイタケも手間のかかる国内産のものは、高価なので売れにくくなってしまった。雑木林が見捨てられてしまった現在は、荒廃の一途をたどっている。雑木林の再生は、里山でもっとも重要なテーマだ。

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台場クヌギの雑木林と畑の境界。昆虫が多く見られる。

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放置され周囲が籔と化した台場クヌギ

楽園は、どこへ

台場クヌギのある雑木林周辺は、畑になっている。最近は、ぶどう畑も盛んになってきた。畑は、雑木林のなかに空間をつくり、色々な生きものに暮らしの場所を与え、生物多様性が豊かになる。
しかし、ここ山梨県の里山でも、ぶどう畑に農薬がまかれたり、雑木林に人が入らなくなって放置され、笹薮になってしまい、昆虫たちの棲家がなくなろうとしている。農薬は、益虫、害虫見境なく殺してしまうし、人が出入りしなくなると、ゴミ捨て場になってますます敬遠されることになる。オオムラサキの棲む楽園は、これからどうなってゆくのだろう。

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  • Profile
    今森 光彦

    (いまもり みつひこ)

    1954年滋賀県生まれ。写真家、ペーパーカット作家。
    人と自然が共存する琵琶湖周辺の里山を30年以上にわたって撮影してきた。
    近年は、「ニッポンの里山」をテーマに日本全国を旅し、ここ10年で訪れた里山は、200箇所をこえる。
    一方、熱帯雨林から砂漠まで、広く世界の辺境地も取材している。

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  • カブトムシ
編集後記
  • 6月某日、今森光彦さんがかつて通ったという山梨県韮崎市を訪れました。いきなり現れた台場クヌギの見事な街道に圧倒されましたが、意外にも昆虫は少なめ。お目当てのオオムラサキもちらほらといった感じでした。目が慣れてくると、放置されて草藪と化した「かつての台場クヌギ林」が多く見られます(というか、そんな林ばかり…)。手入れのされていない林は、昆虫たちにとっても棲みやすい環境とはいえないようです。今森さんも、想定外の状況にやや困惑した様子。「昆虫の地図館」記念すべき第1回の取材行は、今後の波乱を予感させる旅になりました。

    (編集部・K)
  • 台場クヌギにやってきたオオムラサキを撮影する今森さん