今森光彦

昆虫(むし)の地図館
日本の里山昆虫記

写真家・今森光彦が贈るフォト日記。
「環境」の視点から日本全国の
取材と撮影を続けた筆者が語る
里山にすむ昆虫の「今」を
美しい写真でお楽しみください!
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満開のソバ畑にやってきたキタテハのメス。晴れ間がのぞくと活動的になり、さかんに吸密していた。

第2回 那須町の里山から
栃木県那須町
  • 地図
  • 栃木県那須町周辺には、クヌギやコナラなどの雑木林が多く、夏にはクワガタムシ採集に子ども達が訪れる。一方、水田や畑地も広がり、良好な里山環境に依存した多くの昆虫が見られる。

東北を貫く巨大な山塊、奥羽山脈。今回訪れた那須町は、その一番南側、言わば、東北の入り口のようなもの。太平洋側にあるので、冬でも降雪が少なく、きっと理想の里山が残っているに違いないと、意気込んで訪れた。私としては、東北地方には、豊かな里山が今でも残っているというイメージがある。西日本に住んでいるので、落葉樹が広がる美しい森は、あこがれでもあったのだ。
やって来て、予想は的中。田畑の中に雑木林が点在するのどかな農業環境が、私たちを待っていた。

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那須町に広がる里山の風景

蟻
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はじめに現れた社寺林。簡素な佇まいだが、凛とした空気が漂う。

社寺林

雑木林をたどってゆくと、急に木々が鬱蒼と茂りだした。スギが林立し、イヌシデやケヤキなど、広葉樹のどれもが古木だ。林というよりは、森という感じで、木々の手入れの仕方が、雑木林とはまったく違うのがわかる。
森のなかには、社が佇んでいた。小さいけれど、とても古そうだ。両脇に安置された大黒様が印象的。大黒様は、江戸時代に五穀豊穣を願って祀られた神様だ。境内の一角には、石仏もあった。よくみると、見ザル、聞かザル、言わザルの3匹の猿が彫ってある。これは、江戸時代のころに農家の人々に愛された庚申塔だ。この土地が、人々の手によって手厚く守られてきたことがうかがえる。

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大黒様が里山を見守る(左) 怖い顔をした青面金剛と3匹の猿たちが彫られた石の神様(右)

蟻
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林縁部の典型的な植生。ヤマハギの花が甘い香りを漂わせ、ハチなどを誘っていた。

神社などが祀られたところは、鎮守の森になっている。スギやヒノキに混じって照葉樹が植えられていることが多い。なので、一年中こんもりと茂っていて、薄暗い感じがする。冬にはまわりの林がすべて落葉し、神様の森だけが浮き上がるので、一目瞭然。
鎮守の森のまわりは、人が程よく管理しているので、環境に変化があり昆虫たちの絶好の住処になる。森や草原に棲む昆虫に同時に出会えるのが特徴だ。たとえば、薄暗い木々の中にいるクロヒカゲやキマダラヒカゲがいるかと思ったら、ミツバチやモンキチョウなど、田畑に多い種類にも出会えると言う具合。
散策していると、色々な植物にも出会える。私たちが訪れた時は、ヤマハギが満開で、ウメモドキも真っ赤な実をいっぱいつけていた。

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セイヨウミツバチは、巣箱から飛んできたらしい(左) クロマルハナバチは、このあたりに巣をつくることもある(中) イチモンジセセリは、ヤマハギが大好物(右)

蟻
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満開のそば畑が現れた。

そばの花畑で

蛇行する川の両側は、のどかな田園風景がつづいていた。お米だけでなく、様々な作物が植えられている。畑は、きちんと世話がなされていてとても美しい。きっと、農業に熟練した年配の方が作っているに違いない。
そのなかで、ひときわ目を引いたのは、そば畑。丁度花が満開で、白い絨毯のようだ。そばの花は、甘い蜜がたくさん出るらしく、数多くの昆虫が集まっていた。秋口は、田んぼの土手にも在来種が花をつけているのだが、あえてここにやってくるのは、やはりそばの花は蜜の量が多いからだろう。それと、白いお花畑は、太陽光線を反射してくれるので昆虫たちも心地よいのかも知れない。

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イチモンジセセリが吸蜜する(左) コアオハナムグリは、花粉も食べているのだろうか(右)

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夏に休んでいたミドリヒョウモンもやって来た(左) ヒメアカタテハも舞う(右)

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イチモンジセセリは、そば畑の隣のケイトウの花にも立ち寄る(左) ベニシジミも吸蜜する(右)

蟻
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雑木林と田畑の境に多くの昆虫が集まる。

那須の里山に見ることができた環境

雑木林に囲まれた田んぼの稲穂にとまって休むキアゲハをみつけた。接近しても逃げようとしない。それもそのはず、時計をみると夕方の5時過ぎだ。きっとこのまま、眠って朝をむかえるのだろう。ここが昆虫たちの安住の場であることを教えられたような気持ちになった。
那須町の里山を散策して、いちばん嬉しかったのは、美しい雑木林や田畑に出会えたことだ。雑木林と田畑が隣接しているところは、昆虫がたくさんみられる。明るさも気温もかなり違う環境が背中合わせにあるのだから、昆虫たちにとっては、住み心地がよいのだろう。私たちも、光と影の端境を存分に歩いていて、心地よさを満喫したことは言うまでもない。

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キアゲハが稲穂にとまり、夜を待っていた。

蟻
  • Profile
    今森 光彦

    (いまもり みつひこ)

    1954年滋賀県生まれ。写真家、ペーパーカット作家。
    人と自然が共存する琵琶湖周辺の里山を30年以上にわたって撮影してきた。
    近年は、「ニッポンの里山」をテーマに日本全国を旅し、ここ10年で訪れた里山は、200箇所をこえる。
    一方、熱帯雨林から砂漠まで、広く世界の辺境地も取材している。

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  • カブトムシ
編集後記
  • 9月某日、栃木、福島の昆虫を取材しようということになりました。昆虫にとって理想的な環境が残っていそうな、那須周辺の里山からスタート。すでに盛夏の昆虫は時期が終わり、初秋の気配が漂っていました。社寺林というのは、この連載のひとつのテーマでもあります。田畑に囲まれた寺社の林縁は、多くの昆虫たちが好む環境だからです。
    予想通り、そこには今森さんのレポートにあるように多くの昆虫が見られ、さながら虫たちの楽園の様相。虫の羽音のみが聞こえる、のどかな時間が流れていました。のんびりした空気の中、今森さんは、昆虫だけでなく寺社や祠など、人間の営みが感じられる物にも盛んにレンズを向けていました。

    (編集部・K)
  • 佇む石像にカメラを向ける今森さん