今森光彦

昆虫(むし)の地図館
日本の里山昆虫記

写真家・今森光彦が贈るフォト日記。
「環境」の視点から日本全国の
取材と撮影を続ける筆者が語る
里山にすむ昆虫の「今」を
最新の美しい写真でお楽しみください!
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日本最小のトンボ、ハッチョウトンボに出会った。

第5回 休耕田のハッチョウトンボ
新潟県胎内市
  • 地図
  • 新潟県北部に位置する胎内市は、飯豊山地に水源をもつ胎内川を中心に稲作を中心とした豊かな里山風景が広がる。湿潤な気候で、水環境に依存するさまざまな昆虫を見ることができる。

新潟県と言えば、米どころ。平野には、おびただしい面積の田んぼがひろがる。でも、ただ田園が広大なだけではない。背後に立ちはだかる巨大な連山からもたらされる豊かな水が、ただの田んぼを豊かな水辺の楽園に変えてしまうのだ。
今回訪れた胎内市は、平野から水源までの水系をカバーしていて、新潟県の環境を余すことなく楽しめる場所。観光旅行では、あまり訪れることがないかわりに、とっておきの里山散策ができそうだ。

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胎内市やその近郊には、田園と森が入り組んだ里山が見られる。遠くには、山形県の県境の連山がみえる。

蟻
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水草が生えて草原のように見えるが、実は水浸しの休耕田だ。

胎内市の郊外には、美しい谷津田がみられた。田んぼの幾つかには、必ず休耕田になったところがあり、スゲの仲間やオモダカなどの水生植物が繁茂していた。それらが、放置されて荒れている状態ではなく、お米の耕作を一時的に休んでいる、そんなデリケートな環境が保持されていた。これも、沢の水が豊かだから維持できるのだと思う。

蟻
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イグサの柄にとまって休むハッチョウトンボ。派手な色をしているのに、意外に目立たない。

ハッチョウトンボの分布は、北海道や離島をのぞく、かなり普遍的な分布をしているので、私も今までにこのトンボには、何度か出会っている。とはいえ、体長2センチほどのハエのようなトンボの動きに目がなれるには、少し時間がかかった。しかし、体をかがめて目を凝らすと、あそこにもここにも、いるではないか。ピンピンと跳ねるように飛翔して、私たちを出迎えてくれた。

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オスは、全身真っ赤。その朱色の体は、湿地の緑のなかで、とても鮮やかに見える。ナツアカネを小さくしたような感じだ。

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メスは、くすんだ橙色をしている。オスの中に混じって飛んでいる。オスよりは、敏捷性はなく、よく静止する。

蟻
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休耕田には、ヘラオモダカが自生していた(左) 体が緑がかった水色のモートンイトトンボのオス(中) モートンイトトンボの未熟なメスは、全身が鮮やかな橙色をしている(右)

里山で真っ先に消えてゆくのが、水辺の環境だ。農薬による汚染や、田んぼの整備によって水の流れが変わってしまうことなど、生きものたちにとって悪いことばっかりがおこっている。今まで、日本中どこにでもあった水辺は、最近では、たいへん珍しい環境になってしまった。
生きものがたくさん暮らしていれば、そこには、豊かな里山が息づいていると言える。とくに昆虫たちは、水辺のなかでも、好みの場所が決まっているので、昆虫の種類を観察することによって、暮らしている環境が推理できるのだ。

蟻
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休耕田には、トノサマガエルもたくさん見られた(左) シュレーゲルアオガエルの卵のう(中) 水田には、オタマジャクシがみられた。水がきれいな証だ(右)

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水面の反射を受けながら休むハッチョウトンボのオス。

あちこちの谷津田を訪れて、ハッチョウトンボが棲む環境がたくさん残っていることに驚いた。地元の観察者に伺うと、以前は、田んぼの休耕田には、どこにでもみられたトンボだという。やはり彼らも、じわりじわりと、棲家を狭めつつあるのだ。こんなチャーミングなトンボがもしいなくなったらどれほど悲しいだろう。今、私たちは、何をしたら良いのだろう。そんなことを考えながら、水の園をあとにした。

協力/小池啓一(群馬大学名誉教授) 大橋賢由
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  • Profile
    今森 光彦

    (いまもり みつひこ)

    1954年滋賀県生まれ。写真家、ペーパーカット作家。
    人と自然が共存する琵琶湖周辺の里山を30年以上にわたって撮影してきた。
    近年は、「ニッポンの里山」をテーマに日本全国を旅し、ここ10年で訪れた里山は、200箇所をこえる。
    一方、熱帯雨林から砂漠まで、広く世界の辺境地も取材している。

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  • カブトムシ
編集後記
  • 6月某日、かねてより計画していたハッチョウトンボの観察に行きました。今森さんは、この地ははじめての訪問ということ。私はハッチョウトンボを見ること自体が初めてでしたので、お互いにワクワクしながらの観察になりました。ハッチョウトンボ…小さいとは聞いていましたが、こんなに小さいとは! 今森さんの記述にあるように「ピンピンと跳ねるように」飛ぶ様は、まるでハエのたぐいが飛んでいるかのようでした。日頃図鑑で眺めている印象とは、だいぶ違いました。このトンボは、一生のほとんどを湿地に依存しているとききます。人間活動によって真っ先に環境が変化してしまいがちな湿地。このハエのような小さなトンボが、いつまでも平和に暮らしてゆけるようにと、撮影に没頭されている今森さんの姿を見ながら、願わずにはいられませんでした。

    (編集部・K)